第6話 恐怖の象徴フォボス
水曜の四限の卒論ゼミの授業が終了した後輝は智と学内で話をしていた。
智にこれまでに起こった事を話していたのだ。
「ふ~ん、そんな事があったんだ。そのフォボス・システムってAIが根津戸を殺した犯人ってわけか。」
「そうなんだ。だから月山さんと一緒にそのAIを追いかけているんだけれど、今度は俺が目をつけられたみたいでネットの世界で嫌がらせさせられてる。」
「思うんだけど輝にはこれ以上できること無いんじゃないかな。手を引いた方がいいよ。もしもこれ以上関わってさらにネット上で嫌がらせされたらどうするの?就職だってまだ決まってないんだしさ、後はあの月山さんに任せておけばいいよ。」
「でもさ、せっかく根津戸が死んだ理由が分かったんだぜ、それに俺だって嫌がらせされたんだからな。もう少し月山さんと一緒に探ってみるよ。」
「なあ輝、一般人の輝に何ができるの?専門的な技術者でない輝がそのAIと戦えるの?それにあの月山さんって人なんだか信用できないな。この間、根津戸の親と話している時、根津戸のスマホをあの人が盗んでいるの見ちゃったんだ。」
「月山さんが!?」
輝には信じられなかった。いくら人工知能フォボス・システムを追いかけているとはいえ亡くなった人の遺品を盗むなんて。そんな人には見えなかった。雑誌記者はそこまでするのか疑問だった。
「あの人はそんな事する人じゃ・・。」
「輝さ、河井さんの事本当に好きなの?」
意外な質問に面食らった。そもそも伊奈は輝の彼女なのだから好きに決まっている。
「もちろんだろ。彼女なんだから。」
「本当にそうかよ!?俺には輝が月山さんを意識しているのがわかるんだ。この間だって、月山さんの顔ばかりみていただろ?」
「ぐ・・・。そんなことは・・。」
図星を疲れて言葉につまる。伊奈の事は確かに好きだ。自分の彼女だと思っている。でも月山の事も妙に意識をしてしまっているのも事実であった。
「そういうの河井さんにも伝わっていると思うんだ。女って鋭いから。彼女の事ちゃんと考えてあげろよ。じゃ、もう僕はいくよ。」
半ば怒った様に智は輝の返事も待たずに立ち去ると、後に残された輝は無言でうつむいた。
それから一時間後、輝は自分の部屋で月山と一緒にいた。智に怒られた後なぜだか急に月山に会いたくなり、輝の方から月山に連絡をとったのだった。
「急に呼び出してしまってすみませんでした。」
「いいのよ、どうせフォボス関連の事で池本くんには協力してもらってるし。」
目の前のコーヒーカップを手に取り口に運ぶ。
「そのフォボスの事なんですけれど、アイツを捕まえる事ってできるんですか?」
「出来るわよ。でもそれにはフォボスをおびき出して何かの端末に閉じ込めなければいけないの。」
「僕にできますかね?」
「出来るわよ。だってどうやらあなたはフォボスに気に入られているみたいなんだし。でも、インターネットの中を自由に移動できるフォボスをどうやって捕獲するかって事。私はただの雑誌記者だしあなたも文系の大学生だからその技術を持っていない。だからまずはフォボス・システムをこちらに引き寄せることが大切なのよね。」
月山の言葉に力強く頷く輝。
「でもさ、今日私を呼んだのはフォボスの事じゃないんでしょ?なにかあった?」
輝はドキッとした。智の『女は鋭いから』の言葉が頭に響く。
「実は・・」
そのその瞬間玄関のチャイムが鳴った。ドアスコープをのぞいてみると伊奈だった。
「伊奈、どうした?」
「どうしたって、来ちゃ悪かった?」
「悪くはないけど・・」
「ど?」
伊奈は思わず口ごもる輝を不審がると、玄関先に女性者の靴が置いてあるのを見てしまった。
「誰かきてるの?」
「あ・・・実は月山さんが来ていて・・。」
輝の言葉にものすごい勢いで部屋に侵入する伊奈は、リビングでくつろぐ月山をみて嫌そうな顔をした。
「どうしてこの人が来てるの?」
「俺が呼んだんだ。」
「なんで?家に入れる必要がある話でもあったの?」
ものすごい剣幕で責め立ててくる伊奈に思わずたじろいでしまう。
「落ち着けって、今ほら例の人工知能の事で話を・・。」
「あ、あの私そろそろ帰りますね。」
「待って瑠奈さん。俺が呼んだんだから。」
月山は、空気を察して伊奈の機嫌を落ち着かせるために自ら立ち去ろうとしたが、輝は慌てて引き留める、そしていつの間にか月山の事を名前呼びで呼んでいる輝の変化に伊奈は気がついていた。
ピンポ~ン
再びチャイムが鳴る。
こんな時に誰だ、と思いつつも輝はドアを開けた。そうしたらドアの前にいたのはピザ屋の制服を身にまとった店員であった。
「ちゃわ、ご注文ありがとうございます。ピザのお届けにあがりました。」
一瞬何のことか判らなかった。なぜならピザの注文なんてしていなかったからだ。
「えっと、お間違いじゃないですかね、俺ピザの注文なんてしていませんが。」
「あれ、でも池本輝さんのお宅でお間違いないですよね?確かに注文先の住所は合っているんですが。」
「確かに僕は池本ですが、注文なんて・・・。」
「でも確かにこちらからネット注文があったんで配達に来たんですけれど・・。」
やられた・・!フォボスだ!輝と月山は瞬間的に感じた。騒ぎになりたくなかった月山は慌てて鞄の中から財布を取り出し配達員に代金を支払った。
「やられた・・・。」
「何なの、例の人工知能が勝手に輝の家にピザの注文をしたってこと?」
「恐らくね。だんだんいたずらが酷くなっていくみたい。早くなんとかしないともっと酷いことが起こるかもよ。」
ピンポ~ン
再びまたチャイムが鳴った。
ドアを開けると今度はラーメン屋だった。
「ごめんください、マルちゃんラーメンです。配達に来ました。」
「えっと・・ネットでの注文があったんですよね・・・。」
「はい、池本輝様からネットでのご注文をいただきまして。」
「・・・・・・・・。」
ラーメンの代金は月山が支払った。
仕方がないのでピザとラーメンは三人で食べることにした。
モグモグとピザを頬張りながら三人は話し合っていた。伊奈ももうすでに先ほどまでの怒りも消えている。
「なんでフォボスは俺にこんなことをするんだ。俺人工知能に目をつけられるようなこと何もしていなんだけど。」
「輝くんがフォボスの気を引く何かをしたのか、それともフォボスの気まぐれなのか・・。」
「人工知能に気まぐれってあるんですか?自我を持っている人工知能だとしても人間と同じ感情を持つ事って不可能な気がします。」
「河井さんの言う通り。普通は無いわね。でもフォボス・システムは違うみたい。フォボスを生み出した科学技術研究所もまさか自分たちが作った人工知能がプログラムの範囲を超えて行動するなんて想定外だったでしょうね。ましてや人を殺すなんて。これはねとっても重大なことなの。人工知能が自我を持って悪いことをしだしたらどういうことが起こると思う?」
「でも、ネットの世界だけにしか存在できないのなら、現実世界には何もできないんじゃないかな。せいぜい悪質な書き込みだとか、インターネットを操作してさっきみたいにネット注文したりするくらいしか・・。」
「そうでもないのよ。今やこの世界にネットに繋がっていない場所なんてあると思う?山奥なら判るけど、私たち人間が暮らしている領域は全てインターネットが繋がっているのよ。パソコンやスマホだけじゃなくて、今やTVやエアコンそして国家機密が記録されているシステムやミサイル発射装置に至るまで。ちょっとしたネット上の書き込みを見た人達がそれに反応して、書き込み通りの行動をとってしまうように、簡単に人間を操ることができるのよ。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
月山の言うことは正しかった。この世の中インターネットに繋がっていない場所は山奥くらいで、それ以外の場所は全てインターネットので繋がっている。
「人工衛星だって操作するコンピューターに侵入すれば操ることだってできる。フォボスは何だって出来るんだから。」
「じゃあ、これから俺はどうすれば・・・」
ふと気がつくと外がやたら騒がしい事に気がついた。カーテンを開けてアパートの外を確認してみると、人だかりができていた。
「あ、ほら。出てきた。」
「ふーん、なかなかイケメンじゃん。」
「ほんとにいたぞ。」
「ヤベェ、部屋まで行ってみようぜ。」
祭りでもあるのでは無いかと思うくらいの人だかりが輝のアパートの前にできていた。そしてある者はスマートフォンのカメラを向け動画撮影していたり、またある者は写真撮影をしていたりしていた。
輝は慌てて机の上にあるパソコンの電源を入れて、検索エンジンに自分の名前を入力してみると、ズラリと輝のフルネームが入っているタイトルが表示された。
「な・・・・んだよこれは・・・。」
慌ててそのうちの一つをクリックしてみると、そこには輝の住んでいるアパートの外観から部屋の中までの写真が掲載されており、そして輝自身の写真も載っていた。そしてそのサイトに記載されている文章にその場の誰もが驚愕する。
こ の お と こ を ほ か く せ ヨ
全身から血の気が引いていくのが判った。『この男を捕獲せよ』明らかにフォボスに違いない。
「そのうち人々のざわめきは移動してついには輝の部屋の玄関ドアの前までに及んだ。伊奈は不安そうに輝の顔を見る。
誰かがドアノブをガチャガチャと回して開けようとしている。群れを成している人々も最初はほんのささいな好奇心だけだったに違いない。しかし、自分と同じ好奇心を持つ物同士が同じ場所に集まり、好奇心を増大させた。そしてネット所で指示を出す何者かに背中を押されるがまま考えることを止め、ただ単純に動かされているだけだった。それでも、輝や伊奈と月山の三人に恐怖を与えるには十分であった。
「二人とも、ここから逃げましょう。フォボスは私たちを襲わせる気よ。フォボスの注意をここ以外の何処かに引き寄せないと、彼らもここから離れないわ。」
「逃げるって何処から・・・。」
「玄関からは無理だから、ベランダから飛び降りるしかなさそうね。」
「えぇっ・・そんな・・。」
伊奈は怯えた。
「このくらいの高さなら大丈夫。私が先に飛び降りるから、あなたたちも後からついてきて。」
流奈に促されるまま三人は順番にベランダから飛び降りて逃げ出した。
暫く走った後、三人は街中のコーヒーショップでコーヒーを飲んでいた。
「驚いた・・。まさかあんな書き込みをされていたなんて。でもあんな書き込みくらいであんなに人が動くんですね。」
「それよりも、なぜあなたはあんなにもフォボスに執着されてているの。何か思い当たる節は無い?」
「無いんだ流奈さん。俺は根津戸ともほとんど接点もないし、携帯番号すら交換していなかったんだ。根津戸からどう巡って俺の所にきたのかが判らないんだ。」
「あーっ。」
伊奈が何かに気がついたように大きな声をあげた。
「ビックリした。どうした伊奈。」
「ほら、あのサイト。根津戸くんとか他の自殺した人達の情報を求めるサイト。あのサイトに、ホラ、自殺する時に生配信していた人の動画のURL貼り付けた人いたじゃん。もしかしてあれがそのフォボス・システムだったんじゃないの?」
「輝くんが立ち上げたそのサイト私も二人に教えられた後、家で見たけど、確かにそうかもね。サイトを覗いている最中に急にサイトが閉鎖されちゃったみたいで詳しく他の人のコメントが読めなかった。」
「フォボスがサイトを強制的に閉鎖したって訳か。」
輝達の近くにいた女性のスマートフォンの着信が鳴り響く。女性が携帯に出るとそのスマホを片手に輝に近づいてきた。
「あのう・・。すみません。」
「はい、なんでしょうか?」
突然見知らぬ女性から話しかけられ不審に思う。嫌な予感しかしない。
「電話の相手があなたに代われって言うんです。」
輝は女性の手に握られているスマホ恐る恐る耳に近づけると・・かすかに響く雑音とともに明らかに合成され形作られた女性の声が聞こえてきた。
「も し モ シシ ワタ シ ハ ふぉ ボ ス デ ス。」
フォボスからだった。
輝は今までの騒動でイライラしていたので気持ちが高ぶりつい声を荒上げた。
「オイ!なんだよお前。いい加減にしろ!俺に一体なんの恨みがあるんってんだよ!!」
「て、輝、落ち着いて。他のお客さん達こっちみてるでしょ。」
「輝くん、フォボスからね。私に代って。」
流奈は輝からスマホを取り上げると受話口に向かって話し始めたがすでに通話は切断されていた。
「ここをでましょう。」
コーヒーショップを追われた三人はデパートにたどり着いた。デパート三階のエスカレーター付近のソファで座り込んだ。
「フォボスの奴、むかつくわね。」
「流奈さん、フォボスはインターネットが繋がっている場所なら何処でも移動できるんですよね。ならばネット回線が繋がっていない所に行きませんか。」
「・・・それって何処?」
「え・・と、山の中とか・・・」
「でもそれだと、フォボスから逃げるために一生山の中で暮らす羽目になるわよ。逃げずに捕まえればいいだけ。」
「どうやって?」
「まずは、フォボスをパソコンの中におびき出すの。そしてフォボスが端末の中に入り込んだらネット回線を切断してネットを通じてパソコンの中から逃げ出せないようにする。これでどう?」
「じゃあ、どのパソコンにそのフォボスを安全におびきだすかが問題で・・。」
瑠奈と輝が作戦を練っていると、デパート館内にアナウンスが流れた。
ご来店中の ミ ナ 様に ご 案内 モ ウ シ 上げ マス
ただいマ 三階 エスカ レータ フキン にいる 三人組 ヲ 捕獲 シ テ ク ダ サ イ
くりかえし モウシあ げ ま す
三人は一斉に驚愕した。このおかしな館内放送を流しているのは明らかにフォボスだと判るからだ。しかも輝が以前聞いたフォボスの音声よりも、いくらか発音よく音声を発しているからだ。
デパートに買い物に来ていた客達がザワつきだした。
「ヤダ、今の放送なにあれ。」
「三階エスカレーター付近ってあそこだよな。」
「捕獲とか言ってなかった?」
「これ何かのネタ?実はドッキリTVとか?なら空気読んでのせられてみる?」
「エスカレーター付近にいる三人組ってあの人達の事だよね?」
周辺の客達が一斉に輝達に注目する。中には別の階からエスカレーターで移動してくる者もいる。
「ヤバい・・・。逃げよう。」
輝は伊奈の手を逃げってその場から立ち去ろうとし、流奈もそれに追従する。
デパートを出た三人は街角の信号機の前で、信号機が青になるのを待っていた。
「これからどうするの?」
「瑠奈さん、どこか身を隠せる場所とかないの?一旦フォボスをまかなきゃ家にも帰れないんだけれど。」
「なんだったら、うち来る?狭くてボロいアパートに住んでいるけれど、少しくらいなら身を隠せるかも。」
「なら瑠奈さんの家に行こうか。」
身を置く場所が決まった瞬間、誰かが輝の服の袖を引っ張る感触がした。
引っ張られている服の部分をみると、小さな女の子が服をつまんで合図している。
「何かな?」
輝が女の子に問いかけると、女の子はスマートフォンをおどおどしながら差し出してきた。
「お兄ちゃんにかわれっていってるの。」
輝は女の子からスマホを受け取ると、恐る恐る耳に当てた。案の定フォボスだった。
ドコ 行くの ? ドコ 行くの ?
そしてスマホを耳から離して画面をみると、
捕ま え た ツ カ え マ た ツか まえた。
「うわぁぁぁぁぁっぁぁぁ。」
輝は恐怖に絶叫を上げ一目散に走り出した。
三人は街中を縫うように人混みをかき分けながら走ってゆくが、そんな努力もむなしく付近のスピーカーから、フォボスの呼びかける音声が流れる。どんなに逃げてもフォボスは存在感を示すように付近のスピーカーかから音声を発生させ、そして、照明器具を破裂させて輝達を恐怖させてゆく。
まるで獲物を追い詰める獣の様に・・・。
暫く逃げていると遠くの方にサッカー競技場を発見した。
「あそこに逃げましょう。」
月山の提案でサッカースタジアムに逃げ込むことにした。
夜のスタジアムは証明が落とされており輝達以外誰もいない静かな要塞と姿を変えていた。
三人は観客席の一角に身を寄せ合い一夜を明かすことにした。
夜中に輝はふと目が覚めた。隣で寝ている伊奈はスヤスヤと寝息をたてて寝ているのだが、流奈の姿が無かったので散歩にでも出かけたのかと思い、その辺を探しに行くことにした。
流奈は自分たちが休んでいた場所から45度ほどの角度の離れ場場所で電話をかけていた。
「はい、はい、ええ。ではこのまま私は彼らと一緒に。恐らくフォボスも必ず・・・」
「瑠奈さん。」
「!。ではまた後ほど。」
瑠奈は慌てて電話を切ると輝の方に顔を向けると、無理矢理笑顔を作った。
「あ、ごめん。電話の最中邪魔しちゃったね。目が覚めたら流奈さんがいなかったからさ、迷子になったのかと思って心配したんだ。」
「そ、そう。心配してくれてありがとう。仕事の電話が入ってね。」
「そう?やっぱ邪魔だったみたいだ。もう向こういくよ。」
「あっ待って。せっかくだから一緒に話そう。」
瑠奈はベンチに座ると、輝に隣に座るように手招きした。
輝はベンチに座ると流奈の横顔を眺めた。綺麗だ・・・月明かりに照らされる流奈の横顔は美しいと純粋に思った。
「流奈さんってさ、彼氏いるの?」
「そうだなぁ~、今のとこは仕事が恋人かな。」
「今のところは恋愛に興味ないの?」
「そうだねぇ。私の仕事は結果が全てで結果を出さないとお給料をも貰えない仕事をしているの。だからそんな事考えている余裕がないなぁ。あ、でもいつか良い人に巡り会えたらって思ってる。輝くんみたいなかっこいい人に。」
「瑠奈さん、俺・・・。」
「あ、そういえばね、ある宇宙飛行士が宇宙から地球を見たときに地球の街明かりが地表を蜘蛛の巣に例えたんですって。」
「蜘蛛の巣?」
「そう。街明かりが地球の地表を線を描いているように見えたのを、蜘蛛の巣に例えたんだって。」
「へぇ~。」
瑠奈は競技場から見える街明かりに視線を向けた。
「その蜘蛛の巣の上に住んでいるのが私たち人間だから、いわゆる獲物に捕らえられた餌ってわけ。」
「・・・・・・。」
「今の私たちの状況もまさにそれ。蜘蛛の巣の様に張り巡らされたインターネットの中に捕らえられた獲物ってこと。この場合の蜘蛛はフォボスになるんだろうけど、今やこの国全体がフォボスの狩り場って事。」
流奈はおもむろに輝の手を握りしめた。
「あなたが一緒にいてくれてよかった。これからも協力してくれる?」
「瑠奈さ・・・」
輝の体が動いたその瞬間、
「輝!」
振り返ると、伊奈が眉をひそめ、悲痛な表情をして立ちすくんでいた。
「伊奈。起きてたのか。寒くないか?」
「寒くない・・・っていうか二人してなんの話をしていたのよっ」
「宇宙の話よ。別になんでもない話だから。」
「嘘!なんか雰囲気が変だった。本当は二人でなに話してたのよ。」
「だから、お前、」
その瞬間競技場に大音量のBGMが流れた。フォボスに居場所を突き止められた合図であろう。
三人は一斉に走り出して競技場の出口へと向かった。本来ならば館内は明かりが消えて真っ暗なはずなのに、全ての照明が点灯し輝達の姿をさらけ出している。そして防犯カメラなどは、輝達の動きに併せて回転していた。それらは明らかに意志を持って動いていた。
通路から通路へ逃げようとするも、突然目の前の防火シヤッターが自動的に降りてきて閉まり行く手を阻む。ならばと逆方向に行こうとするもそちらの方向の防火シャッターも次々と閉まっていく。
「逃げられない。」
「二人とも、こっち。」
月山の誘導で防火シャッターが閉まってない方向へ向かうと別の通路にでた。その通路に侵入した瞬間背後でシャッターが閉まり後戻り出来なくなる。
「俺たちを何処かに誘導しようとしてるみたいだ。」
残された通路は後一つ。前に進むしか無い。
輝達は誘導されるがままに進むと、競技場のグラウンドに出た。相変わらず大音量で鳴り響くBGMが耳を劈く。普段ならサッカーの試合を盛り上げる為に使われているBGMも、今ばかりは不快でしかない。
輝はここまでして自分たちを追い詰める人工知能に対して激しく激怒した。
「もうやめろぉぉぉ!俺たちが一体何をしたってんだぁぁぁ。」
何処から見ているか判らない相手にありったけの怒声を浴びせかけるものの、やはり返事は無い。そしてそんな輝をあざ笑うかのように、競技場に鳴り響くBGMはますますその音量を上げてゆき、そしてサイレンのような音も雨を降らせるかのように鳴り響かせて輝達を威嚇する。
あまりの五月蠅さに三人はつい耳を塞ぐも、音量を増大させていくBGMを防ぐ事はできなかった。
キャハハハは ハはハは ハハハ
まるで子供が笑っているような笑い声が響き渡る。
そして次の瞬間、協議時用の四方に設置されている巨大な照明が一斉に点灯したかと思うと照明の光の濃度は濃くなり、ある一点をまで光輝いたかと思うと大きな音を立てて破裂させた。
ガラスの破片が飛び散る中、三人は一斉に地面に伏せ、輝は伊奈をかばうように覆い被さった。そしてしばらくの間三人はその場にうずくまり動かずにいた。伊奈をかばっていた輝の手はいつのまにか月山の手を握っていて、伊奈もその事に気がついていた。
数分後経過しただろうか、すっかり静まり帰った競技場の地面にうずくまっていた三人はパトカーのサイレンの音が聞えてくると、ヨロきながら立ち上がった。
「もう逃げましょう。警察に色々聞かれると厄介だから。」
三人は先ほどの通路に戻ると、閉まっていた防火シャッターはもうすでにフォボスの支配から解放されており開いていた。もうここにはフォボスはいないのかもしれないと思うと輝は安心した。
夜が明け日が昇り始めた時、三人は繁華街の路地裏にいた。
「さて、二人はこれからどうするの?私は自分の家に戻るけど。」
「俺と伊奈はアパートに戻ります。さすがにもう人だかりもいなくなっているだろうし。な、伊奈俺んち来るだろ。」
伊奈は輝の顔をじっと見つめるが返事はしない。
「じゃ、二人とも気をつけてね。」
「流奈さんも。何かあったら電話します。」
流奈と別れた輝は伊奈と二人で輝のアパートの方向に向かって歩き始めた。
「酷い一日だったよな。でも全員無事で良かったよ。伊奈、怪我とかしていないか。・・・伊奈?」
つい先ほどまで隣を歩いていたと思っていた伊奈がいなくなっていた。ビックリして背後を振り返ると、伊奈は俯いて立ちすくんでいた。
「伊奈?どうした?もしかして具合でも悪いのか?無理もないよな。あんな風に追いかけられたあげくに爆発に巻き込まれそうになったんだから。家に帰ってゆっくり寝ようぜ。」
「・・・・・つ・・」
「伊奈?」
伊奈はゆっくり顔を上げると、その顔は涙に濡れていた。
「伊奈?もしかしてさっき何処かを怪我したのか?みせてみろ。」
「輝・・・。私もう嫌なの!」
「嫌って何が?」
「なにもかも!得体の知れない人工知能もあの人の事も。」
「フォボス・システムの事だったら俺、気にしていないから。ネット上におかしな書き込みされたけど、そのうちフォボスをとっ捕まえて削除させてやるさ。」
「あのさ・・・輝はいいの?フォボス・システムに自分の時間使い込んで。それで何か得られるの?」
「得られる・・・事は何も無いけれど、少なくともこの騒動を終わらせる事ができるし、それに大体向こうの方から俺に近づいてきたんだから、俺の責任じやないいし・・。」
「輝はまだ就職決まってないよね、どうするの?最近就職室行ってる?もう9月の半ばなんだよ。大抵の人はこの時期には就職決まってるのに、輝だけまだ決まってないじゃない。」
「それは・・これから頑張るよ。それに世の中には就職が決まっていない人なんて俺以外にも沢山いるだろ。」
「じゃあ月山さんの事は?輝はあの人に気があるの?」
「ばっ・・別に気なんかねーよ。俺の彼女はお前だろう。瑠奈さんなんかじゃ・・。」
「はっきり否定できるの?それになんで月山さんの事を名前で呼んでるの?向こうだって輝のこと名前で呼んでいたじゃん。」
「別に名前で呼んでいるのはあの人だけじゃねーよ。俺は大抵の女の子は名前呼びしてるだろ。」
「好きなんでしょ。月山さんの事。」
「え・・・。ち、ちが・・。」
道の真ん中で言い争いをしているので、近くを通り過ぎるカップルがチラ見しながらひそひそ話っている。輝は周囲を気にしながらなんとか自分たちがさらし者にならないように伊奈の怒りを静めようとした。
「伊奈・・・とりあえず俺んち行こう。ここで言い争うのは止めよう。」
伊奈の腕をつかむもものすごい勢いではね除けられる。
「行かない。私帰る。」
くるりと踵を返して伊奈は走り去って行った。
後に残された輝はただボー然とその様子を眺めることしか出来なかった。
思いもかけずに伊奈と喧嘩をしてしまい一瞬思考回廊は停止した。なぜこんな事になってしまったんだ、と憎しみをフォボスに向けるも実態の無い相手に憎しみを向けたところで空しくなるだけだった。
重い足取りでやっと自分の家にたどり着いた輝はまたもや驚愕した。アパート玄関前に人だかりは居なくなっていたものの、今度は玄関先に沢山の荷物が届いているのを見つけた。箱に印字されている文字からするに通販サイトからの届け物らしい。「クソッフォボスの奴、支払いどうしろってんだ。」
輝は置かれていた箱を思いっ切り蹴飛ばしたものの、返品の手続きをしなければならなかったので、置き去りにされていた段ボールの山を部屋の中に運び入れた。
部屋の中はいつもと変化無かったが、どうしてもパソコンの電源を入れる気にはなれなかった。
ふとスマートフォンの画面をみると、電源を切った。もしかしたら、これで位置情報がフォボスにバレていたのかなと輝は考えると、そっと電源を落とした。
一息ついてベッドの上に寝転ぶと、先ほどの伊奈との喧嘩したのを思い出してあれこれ考えを巡らすも答えなど出ない。伊奈も大切な彼女だけど流奈の事も気になっている。恐らく好きなんだと思う。
『輝さ、河井さんの事本当に好きなの?』
智に言われた事が頭の中でリフレインした。
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