第3話始まり
けたたましくスマートフォンの着信が鳴り響いた。
輝は寝ぼけた頭でスマホを手に取ると画面を確認した。画面には伊奈の名前が表示されている。
時間を確認すると午後13時を過ぎた頃だった。
「はいもしもし・・」
「輝?もしかして寝てたの?」
「そーだよ、だって俺今日の授業は4限目からだからまだ時間あるし。」
「もー、相変わらず不規則な生活しちゃってぇ。」
気持ちよく寝ていたところを伊奈に文句を言われて少々不機嫌にりながらも、伊奈の要件に答えようとする。
「で、何?」
「あのね、大変なの!」
「何が?」
「だから大変なんだってば。すぐに大学に来てよ。」
「なんで?」
「大変なんだってばっ」
「・・・・・」
人がせっかく寝ているところに電話をかけてきて理由もちゃんと答えずにすぐさま学校に来いと命令をする。これが彼女でなければちゃんとした電話対応をせずに着信を切っていたところだ。
「・・わかったよ、今からいくから30分ほど待ってろ。今どこにいるんだ?」
「校内のカフェテリアでお茶してる。」
「・・・分かったよ・・」
人にはすぐさま来いと命令しておいて自分はカフェテリアでお茶してくつろいでいるのか、と言い返したいのをぐっと我慢して電話を切った。どうせたいした事じゃ無いんだろと思いつつも身支度を整え自分が借りているアパートを後にした。
大学の校門にたどり着くとふといつもよりも人が多いことに違和感を感じた。大学の授業日程は前期と後期に分かれており、大体3年生や4年生になると大抵の人は専門科目のみの履修になり、一週間の授業スケジュールに余裕がでてくる。後期日程にもなればなおさら余裕をもった科目選択の時間割にするのが常である。
4年生にもなれば、人によっては習得すべき単位数は1年~3年のうちに全て習得しておき卒論ゼミの授業予定しかない者もいる。
だから後期日程にも関わらず今日みたいに学内に人がごった返しているのは珍しい。
しかもパトカーが何台も駐まっているではないか。
輝は学内の敷地に駐まっているパトカーを横目に伊奈に電話をした。
「もしもし伊奈?今2号館近くにいるんだけど、今日何かあったのか?」
「・・今からそっち行くね。」
気のせいか伊奈の声が沈んでいる。
輝は本能的に何かを察し不安な気持ちになってゆく。学校内に駐まっているパトカー、沈んだ声の伊奈。ただならぬ雰囲気に不安な気持ちと、不謹慎ながらもいつもと違った出来事を体験できるのではないかという気持ちの高揚感が混在させながら伊奈の到着を待った。
「輝」
「こっちこっち。」
伊奈に手を大きく振り居場所を知らせると、伊奈は小走りに走り寄ってきた。
「お待たせ。」
「お、おう。で、何があったのか教えてくれないか。」
「う、うん、実はね・・。」
「・・・・・」
伊奈は息を大きく吸ってから話し始めた。
「実は夕べ、同じ学部の根津戸くんが飛び降り自殺したんだって・・。」
「えっつ!?それ本当のことか?」
「こんなこと嘘言ってどうするの。今朝方警備員のおじさんが血を流して倒れている根津戸くんを発見して大騒ぎになったらしいのよ。」
「何でだ?なんでそんな事をしちまったんだ・・。」
「知らないわよ。んでもって今警察が来ていて、学内でいろいろ聞き込みしたりしてる。」
「マジか・・。根津戸はこの間の文化人類学の授業も普通に出席してたしなんでまた・・・。」
「悩んでいる様子とかなかったの?」
「さあな。俺はアイツとはあまり話さなかったから。ただ、過去に一度筆記用具を忘れたっていうからシャーペン貸してやっただけで、他には特には。」
「そう・・・。私もパソコン部ではあまり根津戸くんと話したりしなかったからなぁ。」
伊奈は幾つか複数のサークル活動に加盟している。茶道 テニスサークル パソコン部 映画研究会の4つだ。もちろん全てのサークルに真面目に参加している訳では無くて、ほとんど幽霊部員状態なのだ。伊奈は義理が高く名前だけを貸して欲しいと頼まれるとつい引き受けてしまう結果だった。
輝と伊奈は大学構内のカフェテリアに移動することにした。
カフェテリア内も学生達が点在しており、どの学生達も声を潜めて話してはいるが恐らく昨夜に起こった根津戸の飛び降り自殺について話しているのであろう。
「根津戸の奴・・・一体なんの悩みがあったんだろうな。いつもスマホ眺めてるイメージしかないんだけど。」
「そうだね、私もあまり接点は無かったしよく分かんないけど、死ぬなんて尋常じゃないよね。川口君なら何か知ってるんじゃない?割と仲良かったみたいだし。」
「智かぁ。確か智も今日来てるよな。アイツも確か何かの授業あったはずだし。」
「あっ!そういえば、今日の授業は全部休講になったらしいよ。」
「お、マジか。そいつは・・・嬉しい・・と言っていいものか・・。」
「だよね。こんな形で休講なんて嬉しくないよね。こんな休講あっていいはずないもん。」
「そうだな・・・。」
「それと部活動も全て休講だって。私今日は久々に茶道部に顔だそうと思ってたんだけど休みになっちゃったから今日は帰るよ。輝はどうするの、うちに寄ってく?」
「ああ、そうするよ。一緒にお前んちにいくわ。」
「じゃ行こうか。」
二人は立ち上がるとカフェテリアを後にした。帰りは大学の正門を通って帰るのでは無く、裏道から帰るのがいつものパターン。裏道に行く途中に大学のロータリー広場を横切っていくのだが、そこには輝の親友の智がベンチに座ってぼーっとしていた。
「智!」
少し離れた所から大声で呼びつけられた川口智は一瞬体をビクンとカラダを震わせた後こちらを振り向いた。その顔は血の気が引いている疲れた表情だった。
「輝・・河井さんも・・・。これから帰り?」
「ああ、そうだ・・。なあ根津戸の事聞いたか?」
「もちろん・・・。こんな事になって知らない奴の方がおかしいだろ。」
「だな・・・。お前、根津戸とは仲良かったんだろ、大丈夫か?」
「大丈夫な訳ないだろ。根津戸とは同じアパートに住んでいて結構仲が良かったんだ。昨日だって話をしたんだぞ。それなのに・・それなのに・・・。」
智はショックを隠さず感情を爆発させる。輝と伊奈にはそれをなだめる事はできず、黙って頷くしかできなかった。
「なぁ・・智。根津戸の自殺の原因って知ってるか?」
「知らないよっ。知ってたら止めてたさ。・・でも最近何かのSNS掲示板にはまってるって言ってたかも。」
「どんなSNS掲示板?」
「さあ、聞いたけどそれだけは教えてくれなかったさ。でもえらくハマっていたみたいで、しょっちゅうスマホを手から話さなかったくらいだから、相当面白いサイトだったんだろうさ。」
「・・・そうか・・。」
暫く考えたが答えが見つからなかった。結局の所は遺書か何かが発見されない限りは真相は闇の中なのだから。
「じゃあ、俺たちはもう行くよ。これから伊奈の家にいくんだ。」
「そうかい。」
輝と伊奈は智を背にして歩き出した。智は再び厳しい顔をしてうつむいた。
次の日、輝はアルバイトの日だった。本日のシフトは昼のシフトで午前中からコンビニの店内にいた。
「池本君の大学で大変な事あったみたいだね。」
先ほどまで奥の事務所で事務作業をしていた店長が店内に入ってきた。
「そうなんですよ店長。同じ学年の奴が自殺しちゃったみたいです。」
「可哀想に・・・。よっぽど耐えられないような悩みでもあったのかな。君も同級生があんな事になって大変だろうに、ちゃんとバイトに来てくれてありがとうな。」
「いえそんなことないっス。それにあんな事あったから何かやってないとこっちまでおかしな気分になりそうなんで。」
「うん・・そうだね。でもまだ若いのに・・死ぬなんて・・。そうだ、自殺の理由はなにか聞いてないの?」
「いえ・・特にはなにも聞いてませんね。」
「そうか。」
店長は肩で息をすると再び奥の事務所に入っていった。なんとなくだが、興味津々な口調に聞こえたのは気のせいだと思うことにした。
それから数日後の事。水曜日の午前中の事だった。先週の月曜の文化人類学の授業で課題を出されていたことを思い出した輝は図書館にいた。今週の月曜は祝日で授業が休講だったのが救いだった。
図書館の民俗学のコーナーで本を物色しているとふと自分を呼び止める声に振り向いた。顔を声のした方向に向けるとそこにいたのは大人の雰囲気を持つ美女が立っていた。明らかに学生という雰囲気ではない。社会人の風格を持っていた。
「あのう・・。ちょっといいですか?」
「あっ・・はい。」
誰だろう、こんな美女学内にいたかな、事務員さんでも見たことはない。それにしても綺麗な肌してるし目もでかいな。ほんの一瞬で輝の脳内はこの目の前の女性を分析していた。
「先週この学校で事件ありましたよね。その事について何か知ってるんじゃないかなって思いまして。」
美女を目の前にしてソワソワしていた輝の心は一瞬にして冷え込んだ。この美女は輝自身に用があるのではなく根津戸の自殺事件を知りたがっていただけだったのだ。
恐らく面白半分な気持ちで知りたがっているだけなのだろう。
輝は返事もせずにくるりと体の向きを変えるとそそくさと図書館から立ち去った。
「待って、待ってください。私、実はこういう者なんです。」
後を追いかけてきた美女は駆け足で輝の面前に回り込むと間髪入れずに名刺を差し出してきた。
名刺には、
月山瑠奈
月刊速報記者
と書かれており、携帯番号も印字されていた。
「つきやま るなさん、雑誌の記者さんなんですね。何も話せる事はありませんよ。自分で調べてください。」
「そういわずに、何か些細な事でもいいから知らないかな。もちろんそれなりにお礼はするから。」
お礼と聞いて少し心引かれる。この場合のお礼と言ったら現金のお礼のことであろうから。
「あ、その顔は何か知ってますね。今回亡くなった根津戸君の事教えて欲しいんだけど。」
「聞きたいって根津戸の何を知りたいの?」
「え~とね、彼のよく見ていたサイトとか知らない?それか実は彼のスマホを持っているとか。」
「そんな訳ないでしょう。アイツのスマホなら多分警察とかが調べる為に持って行ってるでしょうし。」
「う~ん、やっぱそうだよね。じゃあさ、彼がよく見ていたサイトはなんのサイトか知らない?」
「サイト・・。」
一週間ほど前に智が言っていた事を思い出した。
’でも最近なにかのSNS掲示板にハマっているって言ってたかも’
それが何のSNS掲示板なのかまでは分からなかったが、智が言うには根津戸は確かに何かのサイトに夢中になってスマホ越しに入り浸っていたのだ。
「あ、その顔は何か知ってるね。教えて欲しいんだけどナ。」
女性記者は小首をかしげて甘えた様な表情をしてくる。女が男に自分の要求に従わせる時の仕草だ。
「いえ・・。あの・・その・・・大した事じゃ無いけれど、最近なにかのSNS掲示板にハマっていたらしいって聞いたことがあります。」
「もう少し具体的に。」
「俺もそれがなんのSNS掲示板かは知らないんです。でも根津戸の奴、授業中も机のしたにスマホ隠してこっそり何か見ている様子だったし、俺の友達がわりと根津戸と仲が良かったらしいんだけど、でも根津戸がなんのSNS掲示板にハマっているのかまでは知らないって言ってました。」
「ふむふむ。その根津戸君と仲の良かった、キミのお友達を紹介して欲しいんだけど・・。どこに行けば会えるのか教えて欲しいなぁ。今この大学内にいる?」
確信犯的にぶりっ子を装って詰め寄ってくる。大人の色気につい心が浮き足立ってしまう。
「いや、それは・・。個人情報なんで相手の許可無く紹介できません。俺の話はここまでです。大体根津戸がなんで自殺したかなんて俺自身が知りたいくらい何だから。これ以上は何も知りません。」
「ま、いいわ。今日はこれくらいにしておいてあげる。質問に答えてくれたお礼に少しだけ事件の事教えてあげる。」
こちらがお願いされている立場なのに、なんだか上目線のこの雑誌記者の態度に少しイラッとさせられたが、根津戸の事件の事で少しでもこの記者さんが調べ倒した情報を聞けるのは輝にとったらありがたい。
「実はね、あの日、根津戸君が自殺した9月7日の深夜・・自殺したのは彼だけじゃなくて、日本全国に根津戸君を入れて6人いたの。しかも全員同時刻に自殺してるんだよね。」
「えっ、同時刻に6人も自殺してるんですか!?」
「そう、不思議でしょ。たまたま同じ日に亡くなる事があっても同時刻というのはほとんど無いよね。しかも6人もいるって。」
「その人たちってどういう人なんですか?やっぱ根津戸みたいな暗そうな奴とか?」
「そうでもないみたいよ。性別も年齢もバラバラで。しかもその内の一人は自分が自殺する瞬間を動画生配信してたんだって。」
輝の体に衝撃が走った。
「もの好きというか、悪趣味というか、何考えてんだって思うけど兎に角その日動画サイトのMy Tubeは大炎上したって話。」
「そりゃそうですよ、そんなの生配信するなんて普通じゃないっす。」
「その時、リスナーの誰かが警察に通報したそうなんだけど、時すでに遅しで真夜中の高速道路に飛び出してトラックに跳ねられてそのまま・・。」
「その動画My Tubeで検索すれば見れますかね?」
「もう無理よ。My Tubeの運営側に削除されているみたいでもう見れないの。私も見たかったんだけど。」
「そうですか・・。」
「じゃ、今日はこの辺で。また何か分かったら携帯に連絡ください。」
「はい、分かりました。・・・それでお礼の方は・・。」
輝が貰えるはずだった『お礼』の話題をだそうとしたのだが、月山と名乗る女性記者はスタスタと歩き去って行った。
「おーい、お礼はーーー」
大きな声で叫んでみたが、月山は一度も振り返ること無く去って行った。
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