第8話

 二週間もすれば、剣の形はでき始めていた。

「うんいい感じだね、その調子で鍛錬を怠らないように!」

 ヒラヤマさんに褒められて喜ぶ僕を、一人横目で見て鼻を鳴らすものがいた。


「ふん、まだそんなことをやっているのか」


 それは、二週間前の僕が入団した日、同じく入団したオンジ君だった。彼はより良い収入のバイトだと思ったため、迷わず決断をしたらしい。

 彼の場合、見えるようになったのはつい最近らしいのだが、恐るべき才能と要領の良さで、ぐんぐんと成長していた。


「ははは、僕昔から要領が良くなくて」

 苦笑する僕に、オンジ君は少し怒気を込めて言葉を放つ。

「お前を見てるとバカ兄貴を思い出してむかつくな」


 二週間が経つが、オンジ君の兄はまだ見つかっていない。しかし、それを心配するどころか、まるで清々したと言わんばかりの態度だった。

「そんな言い方はないだろ!」

 怒るヒラヤマさんに、オンジ君は悪びれる様子もなく続ける。

「フン、所詮ランク2のあんたが教えた所で、教え子もこのザマじゃないですか」


 それだけ言って、彼は男子更衣室へと入っていった。

「まったく、オオチちゃんが居ないといつもあんな感じだね」

 オンジ君の世話係はランク3のオオチさんが務めているが、彼女が居ないとオンジ君は暇を持て余し気味になってしまうのだ。

 そんな話をしていると、部活終わりのオオチさんが現れた。


「ちょうど良いところに、ちょっといいかな?」

 そう言ってヒラヤマさんの方から、オオチさんに話を通す。しかし、オオチさんは真剣に話を聞いていないような態度だ。

「それ、この前も聞きましたよ。私の方からは注意してますし、ヒラヤマさん達も悪いところがあったんじゃないですか?」

 その言葉に、ヒラヤマさんは怒りたい気持ちもあるだろうが、一度冷静になってじっくりと考え直している。

「はあ、ごめん。僕たちにも良くないところがあったのかもしれない」

 ヒラヤマさんは大きく溜め息をついてそう謝る。その様子を見て、オオチさんは勝ち誇ったかのような顔を浮かべた。

「それじゃあ私、着替えてきますね」


 そうして彼女は、踵を返して女子更衣室へと入っていく。

 それを見送った後、ヒラヤマさんは再び大きなため息をついた。


「本当にあの二人には困ったものだよ」

 はははと苦笑いを浮かべるヒラヤマさんに、他人ごとではないと、僕も大きく頷いた。


 ーー☆ーー☆


 どん! と強く閉められた女子更衣室のドアの音に、びっくりする者がいた。

「あーびっくりした、どうしたのミドリちゃん?」

 そう言うウスイにオオチは服を着替えながら愚痴を吐く。


「実はまたヒラヤマさんに怒られて……」

「そうなの、どうして?」

 それが、と言ってオオチが一部始終を説明する頃には、二人とも着替え終わっていたが、オオチは少し愚痴り足りないようだ。

「私の前ではそんな所見たこともないのに、きっと二人に悪いところがあるのよ」

「そっか、それは大変ねぇ」


 否定せず、優しく微笑むウスイに、オオチが不思議に思ったのか質問を投げる。


「そういえば、なんでヒラヤマさんなんですか? もっとカッコいい人はいくらでもいるのに」

「そう? ヒトシさんはカッコいいわよ」

「そうですか? なんか顔も能力も平均的っていうか……」

 フフフと笑うウスイは、思い出しながらゆっくりと話す。


「昔、私がこの力のせいで何度も挫けていたところ、いつも隣で支えてくれたのはヒトシさんだったのよ」

 そうなんですか! と、強めに食いつくオオチにウスイは続ける。

「ええ、心が真っすぐで気配りもできて、私にとってのヒーローなのよ。あの人が居なければ今の私はなかったわ」

 ウスイの言葉には、これ以上ないほどの信頼や愛が感じられる。


「だからミドリちゃんも、あの人のことを信じてくれると嬉しいな」

 と、恥ずかしそうに語ったウスイに、オオチは迷いながらも「ホノカさんがそう言うなら」と、頷いた


「話過ぎちゃったみたいね」

 ウスイのその言葉通り、すでに小一時間経っていた。


 ーー☆ーー☆


 その日の帰り道のこと、夏終わりの空は段々と日が暮れるのが早くなっている。その日もバス停へ向かう途中で後ろから声をかけられる。

「あれ、オオトリ君?」

 びくっとした僕は、ゆっくりと振り返って、目線を少し下げる。


「カナエさん?」

「もう遅いのにこんなところで会うなんてね」

 そう言って笑うカナエさんは、今日は前髪を上げており、その整った顔が露になっていた。

 彼女の髪の毛は少し濡れており、わずかな柑橘系の制汗剤の香りが僕の鼻をつつく。


「そ、そうだね。こんなところで何してたの?」

 意識してしまい、目を合わせることができない僕がそう尋ねると。

「私は部活帰りだよ。こう見えて私水泳が得意なの!」

「そ、そうなんだ!」

 たしかに、彼女は小柄だが、よく見ると身体は引き締まっていて結構スタイルがいい。僕の高校のプールは屋内にあり、日焼けなどもしないため、言われないと気づかないものだなと感じた。

 見れば見るほどカナエさんの魅力に気づき、余計に彼女の顔を直視できなくなってしまう。


 そして、ポツリとアスファルトに一滴の雫が落ちる。

「ちょ、ちょっとオオトリ君!?」

 その言葉に、すぐに状況を理解して鼻をつまんだ。

「ご、ごめん! 大丈夫、大丈夫だから!」

 あふれ出る鼻血に、カナエさんはポケットティッシュを渡してくれる。そして落ち着いてところで、先ほどの話の続きをする。


「それにしても凄いね、僕泳ぐの苦手だから」

「私もね、昔は苦手だったんだ」

「へえ、そうなんだ。じゃあなんで水泳部に?」


 そこまで言って、カナエさんの様子がおかしい事に気づく。彼女は俯いて少しだけ哀しそうに笑顔を浮かべる。

「やっぱり覚えてないよね……」

 そういう彼女の言葉に、僕は地雷を踏んだと感じた。

「え、ごめん! 僕何かしちゃった?」

「ううん、こっちの話。そういえばオオトリ君はどうしてこんな時間に?」


 その質問に、僕は言葉を詰まらせる。

(なんて答えればいいんだろう)

 その質問が来ると簡単に想像ができていたが、回答が全く思い浮かばない。

(そうか僕も部活ということにすればいいのか)


「僕も部か……」

「確かオオトリ君って部活入ってなかったよね」


 なぜかカナエさんに僕の情報は筒抜けであり、逃げ道がなくなってしまった。

「ご、ごめん被せるつもりなかったんだけど!」

 そう謝るカナエさんは無慈悲にも、僕の言葉を拾ってくる。

「それで、ぶか……なんて言ったの?」

「あはは、ボランティアってやつ? 外部活動って言おうとしたんだよ」


 焦る僕はテキトーに答えてしまった。さすがに嘘だとばれるだろうか。


「へえ、すごい! 地域貢献してて偉いね」

 良かった、どうにか信じてくれたみたい。


「私も少しボランティアに興味があって、今度付いていっても良いかな?」

 その一言に、再び僕は焦り始める。

「だ、ダメだよ! すごく危険な仕事なんだ」

 慌てふためく僕を見て、カナエさんはそうだよね、と残念そうに謝った。

 申し訳ないとは思ったが、祈祷師であると言っても気味悪がられてしまうだけだろう。


 そして話は変わる。


「あれ、それスマホだよね?」

 カナエさんは、僕のポケットからはみ出るそれに気づいたようだ。

 ポケットが小さいからはみ出ていたに過ぎず、決して見せびらかしているわけではないのだが、このおかげでジャップ・ファムの皆の連絡先をゲットしていた。

 もう一度言うが、決して見せびらかしているわけではない。


「そ、そうそう! やっぱりスマホがあった方がいいなと思って、親に買ってもらったんだ!」

「じゃあ、ライン交換しない?」

「あ、うん。もちろん!」


 こうして無事にカナエさんの連絡先を手に入れた僕にとって、今日はとても良い日になったと思う。

「それじゃあ、私お使い頼まれてるからこの辺で! また連絡するね」

 ニコリと笑って手を振る彼女に、僕もまた手を振って別れる。


 夕暮れの空には入道雲が浮かんでいる。

 それを眺める僕は良い夏の日の思い出となる……と思っていたのだが……。


 その日の夜のこと、僕はベッドのなかでスマホの画面を眺めていた。

 周りに人がいれば気持ち悪いと言われること間違いないほど、この時の僕は顔をニヤつかせていた。

 カナエさんからの連絡はないが、ソワソワしているとスマホがジリリリと音を上げる。


 びくっとする僕は、画面を覗くとヒラヤマと書かれていた。

 どうしたのだろうかと、僕が電話に出ると慌てたような声でヒラヤマさんが言う。


「仕事が出たよ、オオトリ君!」

 その言葉を聞くなり、僕はエクソシストに触れる。

 すでに暗くなった街中に、ポツリポツリと雨が降り始めていた。

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