第9話

 降り続く雨。小さな水のソウルがちらほら見えるが、巨人の姿は見えない。


 そんな中、ジャップ・ファムに着くと、祈禱師たちが慌てふためいていた。今回の敵は、【火災】だった。

「ごめんオオトリ君、来てくれて助かるよ」

 駆け寄るヒラヤマさんに連れられ、会議室に入ると、中にはホワイトボードが立てられていた。そのホワイトボードにより、祷師は三人一組に分けられる。僕の組はヒラヤマさん、オンジ君、僕となる。

「僕たちはランクが低いから、小さなソウルを優先的に倒すよ」

 ヒラヤマさんの指示に従い、僕たちは現地へと移動した。


 現地へ着いた僕の前には、恐ろしい光景が広がっていた。消防車、パトカー、救急車が道路に何十台も止まっている。

 燃え続けるのは、昔ながらの商店街だ。既に三件ほど全焼しており、雨など関係ないと言わんばかりに今も尚燃え広がっている。

 何十、いや何百人単位の野次馬がおり、エクソシストの力がなければ通り抜けることは不可能だっただろう。


 周りには火の鳥が飛び回り、周りの家に止まっては炎を広げ続けている。

 先に到着していた祈祷師たちは、自由に空を舞うソウルに、かなり手こずっていた。


「僕達も行くよ」

 ヒラヤマさんの言葉に、僕たちはエクソシストに手を触れる。

 変身するなり、剣を取り出すヒラヤマさんに、銃を出すオンジ君。


 エクソシストを使うと、ソウルに極めて近い存在になることから、水を撒く消防士や警察官には見えず、同時にエクソシストへの攻撃が可能となる。


 ヒラヤマさんは、やはり戦い慣れているのか次々とソウルたちを撃墜する。しかし、ソウル達も黙ってはいない。反撃するソウル達は、ヒラヤマさんに突進を繰り出した。

 すると、今度はボンっという音とともに出た銃弾により、突進するソウルは消え去る。


「ありがとう、オンジ君」

「いえ、次来ますよ」


 初めての実践とは思えないオンジ君の姿。負けてはいられないと僕も武器を取り出そうとする。

 しかし、初めての現場に揚がってしまい「出てこいっ」と、何度も試すが武器は出てこない。その時だった。何もできずにいる僕に、火の鳥が襲い掛かる。

 武器を出すことに夢中でソレに気づかない僕に、ソウルがもう少しで当たるというところで、ヒラヤマさんが左手に持つ盾で弾く。


「オオトリ君、大丈夫?」

 ヒラヤマさんは、苦しそうに顔を歪めており、腕にはわずかにヒビが入っていた。

 弾き飛ばしたソウルは、銃弾によりオンジ君が吹き飛ばす。

「邪魔だ! 何してんだよ!」

 オンジ君の叱責で、僕はハッとした。もしかしたら僕は足でまといなのだろうか……と。

 ヒラヤマさんは、気にしないで良いと言ってくれるが、気にせずにはいられない。

「いいかい、オオトリ君は変身を解いて避難するんだ。ここは危険だ! 死んでしまっては元も子もない」

 ヒラヤマさんの言葉に、僕はおずおずと頷いて現場を離れた。


「誰か助けてくれよ! 中にまだ妹がいるんだ」

 避難途中、逃げ惑う人の波に紛れてそんな声が聞こえてくる。

「待て、レスキューが来るから避難するんだ!」

 と、周辺の人に抱き止められているが、すでにその家は半分以上は焼け落ち、レスキューを待っていれば中の人も助からないと思えた。

「やめろ、離せ! 見捨てろっていうのか!」

 という、悲痛の叫びが聞こえてくる。

 母親と思われる女性は、泣き崩れてしまっている。


 早くしなければ、一人の人が死んでしまう……。

 そう思うと、僕は動かずにはいられなかった。そうして僕はまた、巨人を見たあの日のように無謀に駆け出した。



 エクソシストの力を使い、燃え盛る家の中へとダイブする。

「どこだ、どこにいるんだ!」


 早く……早く。

 そう思い、そこら中を探し回るが見つからない。

 燃えるリビングには、食卓に並ぶご飯。先ほどまで普段通りに過ごしていたのに、日常は束の間に崩れ去っていったのだろう。

 どうか、どうか命だけは救わなければ。


 僕は階段を駆け上がり、燃え始める右のドアを開ける。

「居た……」


 やっとの思いで見つけたその女性は、煙を吸ってしまったのか横たわっている。

 もはや、生きているのかどうか分からないが、僕は変身を解いてその人を抱き上げる。

「重っ! 動けぇぇぇぇぇ!」


 ゆっくりと、ゆっくりとだが少しずつ窓へ近づく。


「おい、見ろ!」

 下にいた人たちが窓枠の僕に気づき、壁際に集まる。

「ゆっくりでいい! 飛び降りるんだ!」

 下の人たちは、機転を利かせて布団を用意していたため、僕は女性をゆっくりと足から落とす。

 高さは四メートルほどで落ちた女性は何とか無事に、地に着いたようだった。


 今更気づいたが、女性に抱きかかえる兄と思われるのは、カラスマル君だった。

 泣きじゃくるカラスマル君の、家族思いな一面に僕はホッと一息をついた。そして、一瞬だけカラスマル君と目が合ったような気がしてスっと隠れる。


 女性を見届けた僕は、その後エクソシストで脱出した。


 確かに、僕は武器を取り出せず皆の足でまといとなってしまったが、今だけはこの成功体験に浸りたいと思った。


 しかし、そういう訳にもいかないらしい。

 僕が避難を完了した頃。ジリリリと鳴る電話に出ると、ヒラヤマさんと繋がる。


「今、火災の元凶が現れて、各リーダーに退避命令が下った! そのまま安全な場所で待機して!」


 退避命令ということは、現戦力では勝利不可能と判断したということ。

 応援が到着するまで、待機らしい。


 最初に合流出来たのはオオチさん達、次にヒラヤマさん達のグループだった。

 段々と祈祷師は集合するが、じっと待つことしか出来ない現状に皆が無力感を感じていた。

「クソっ、こんな時にオンジさんが居たら……」

 イライラを隠しきれないオオチさんは、消えたランク7の名を上げる。どうにか怒りを押さえつけている彼女は、そこであることに気づく。


「あれ、ホノカさんのグループは?」


 その一言で、皆がウスイさん達のグループを探すが、一向に見つかる気配がない。

 

「まさか、ソウルにられた?」

 オオチさんがそう言うと、避難所がザワザワとする。

 一方、一番ウスイさんを心配するであろう、ヒラヤマさんはというと……。


「あれ、ヒラヤマさんは?」

 振り返ると先程までそこにいたヒラヤマさんの姿はない。


「ヒラヤマさん! どこですか、ヒラヤマさん!」

 大声で呼ぶが、今度はヒラヤマさんまで居なくなってしまった。

 そして、避難所は一時混乱状態となった。


ーー☆ーー☆


「ホノカ……どこにいるんだホノカ!」

 携帯を片手に持つヒラヤマは、ウスイの携帯を鳴らすが、その連絡は”繋がらない”。

 彼は、ふらつく足取りで歩いていると、段差に足を引っかけ倒れる。


「どうして出ないんだ」

 いつの間にか炎に囲まれる街中で一人、ヒビ割れたスマホの画面を見る。

 その一本のヒビは、まるでホーム画面に映し出されている二人を真っ二つに切り裂くかのようだった。


「ホノカ……ホノカ……」

 ヒラヤマの涙はアスファルトを濡らし、周りの炎で直ぐに乾いていく。

 燃え盛る業火は、まるでヒラヤマの悲痛の叫びのように、激しさを増していった。

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