第4話

 ジャップ・ファムの食堂は、二階の四分の一程度、広範囲に存在する。

 中に入ると、椅子に腰をかけるカナエさんと、妹のノゾミちゃん、他にも数人、避難していると思われる近隣住民の方がいた。


「あのカナエさん」

「あ、あれ、オオトリくん! 無事だったんだ!」


 ぴょんと跳ね上がるように、こちらに顔を向けるカナエさんは、不安そうに僕の身体を見ている。

 ノゾミちゃんは、不審げな表情でこちらをじっと見つめてきていた。

 僕は、苦笑しながら答える。


「大丈夫だよ、傷もないし」

「そっか、良かった」


 ホッと胸を撫で下ろすカナエさんは、他にも気になることがあるようで、あたふたと辺りを見回していた。


「ミドリさんとは会えた?」


 オオチさんのことをファーストネームで呼ぶ辺りに、二人の関係性はそこそこ良いのだろうと思われる。

 カナエさんの言葉に、僕は初めてオオチさんに会った時のことを思い出した。

(そういえば、オオチさんもカナエさんのことを言っていたような)


「ああ、うん。さっきまで一緒にいたよ」

「そうなんだ……」


 彼女の話を聞くと、バスでの出来事の後、逃げている途中にオオチさんに助けられたとのこと。

 歳が近い事で意気投合した二人は、話をする中でバスでの出来事を話したらしく。


「それで、オオトリくんの話をしたら詳しく知りたいって」


 確かに、事が起こる前に反応した僕のことを不審に思うのは分かる。分かるが……。


「それで話してる最中に急に立ち上がってオオトリ君に会いに行くって……。私は止めたんだけどね?」


 最後に怯えながら、こちらを見やるカナエさん。


 やはりか。どうもオオチさんには、せっかちな性格が垣間見える。僕は、はははと苦笑を返した。


 それにしても……上目遣いで目をうるうるとさせているカナエさんがとてつもなく可愛い。おさげで地味なイメージだったが、こうしてみると顔立ちはとても端麗である。


 ただでさえ、「見える」ことを気味悪がられ、人との関わりが少ない僕は、女性への耐性がとても低いのだ。一度意識してしまうと、オーバーヒートしてしまい、頭が回らなくなってしまう。


「オオトリくん?」


 顔を真っ赤にする僕を、カナエさんは心配そうにのぞき込む。すると、さらに恥ずかしくなって顔を背けてしまった。


「あ、ああ! そういえば、ヒラヤマさんから、お金預かってるからコレで一緒に帰るようにって!」


 目を背けたまま、ヒラヤマさんから受け取っていたお金をカナエさんの前に差し出す。


「じゃあ、僕タクシー呼ぶから公衆電話探してくるね!」

「え、ちょっと待って。たぶん公衆電話はないよ?」


 そういえば、最近は学校の中でしか公衆電話を見かけないし、やはり需要がなくなりつつあるのだろうか。


「え、じゃあ駅まで歩かないといけないの?」

「あ、ううん。私携帯あるから呼ぶね」


 そういって席を立ったカナエさんの後ろ姿を見て、やはり携帯電話は持っていたほうが便利だなと感じた。

 タクシーは数分で到着し、カナエさんと乗り込む。

 すでに暗くなった夜道を進むタクシーは、最初カナエさんの家に寄り、そこから僕の家へ行くのだが、およそ二十分で彼女の家に着いた。

 しかし、その間全く会話はなかった。


 (女の子ってどんな話に興味があるんだろう)

 とか、考えているとあっという間に時間は過ぎていたのだ。


 横を見るとじっと前を見つめているだけのカナエさん。疲れているのかだろうか。そっとしておいて欲しいのかも、とも感じた。

 結局、何にも話さなかったのだが、カナエさんが降りる際に少し振りかえって。 

「オオトリ君、今日はありがとね」

 と、微笑んで家の中へ入っていった。


 今が夜で良かったと心底感じた。辺りが明るかったら今の僕の顔が見られてしまうから。

 にやける顔を、両手で押さえてグリグリと顔の筋肉をほぐす。


 そんなことをしていると運転席のほうから小さな声で、「青春だな」という声がする。ただ、あまりにもカナエさんの言葉に気を取られていた僕に、その言葉は届かなかった。



ーー☆ーー☆



「今日は大変な一日だったな」


 遅い時間になり、やっと帰ってきたカナエは、ベットに寝転がって今日の出来事を振り返っていた。


彼女にとって、今日は”二つの意味で”大きな一日であったことは間違いない。


 一つは、人生で初めて記録的豪雨に見舞われたこと。そして、もう一つは……。


「オオトリ君、久々に話せたな」


 カナエは、手鏡に写る自分の顔をみて両手でグリグリと、にやける顔の筋肉をほぐしている。


「ああ、なんで私オオトリ君と話さなかったんだろう、私のバカ……」


 タクシーの中でオオトリの顔を見た際には、かなり深刻な顔をしていたため、そっとしておいた方が良いと判断した。

 だが、その判断を今、カナエは後悔していた。


「オオトリ君、あの日のことなんて覚えてないんだろうな」

 少し悲しそうな声音を上げ、机の上に置かれた一枚の写真を見る。


 それは、小学校での林間学校で撮った一枚のクラス写真。

 オオトリは、小学生のころ仲の良かった友人とじゃれあっている。そして、後ろの列からその様子を見ている眼鏡の女の子。

 その女の子こそ、カナエ スズメその人である。


 林間学校では毎年恒例で、最終日にナイトウォークがある。そのナイトウォークで足を滑らせて川に落ちたカナエを救ったのがオオトリだった。

 それ以来、カナエはオオトリに恋をしていた。


「オオトリ君、コンタクトに変えたけど私のこと気づいてくれて嬉しかったな」

 と、相変わらずニヤニヤする顔を、両手でグリグリとするカナエであった。

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