第3話

 ちょんちょんと小ぶりの雨が降っていた。街に入る頃、やっとオオチさんの後ろ姿が見え始める。


 その頃には、川からは水が溢れ、そこらじゅうの電柱が倒れている光景が見えた。

 そして、何より目を引くのは、数体の水の巨人達だった。先ほど見た災害級の巨人よりは一回り、二回りほど小さいながら、その巨躯はとても恐ろしい。


 彼女はピョンと飛び上がって屋根上にのぼり、ひたすら走り続けている。

 それを追うように僕も屋根上に上がった。


 先ほどから走り続けているが、全く疲れていない。脅威の身体能力に、僕は胸躍らせ街を駆ける。


 やがて、オオチさんと並んだ僕に、彼女は話しかける。

「これでもだいぶ治まったほうよ」

 もう、一時間もすれば雨もやむわ。と付け加えるオオチさん。


「こんな事になってたなんて、知りませんでした……」


 オオチさんは、チラとこちらを見やってから、また正面を見据えて走り続ける。

「まあ知ってた所で、”今”のあんたに出来ることなんてないわよ」

 オオチさんの強い言葉に、口を紡ぐ僕は、それ以上何も言うことが出来なかった。


 学校から見て、家のある方向とは反対側、未だ通ったことの無い道を走っていると、ふと水の巨人から岩が飛んでくる。

 驚く暇もなく飛んできたソレを、黒の着物を着た女性が、太刀で一刀両断する。


「あら、ごめんなさい」

 そんな力強い動作とは裏腹に、眼鏡美人な彼女からは優しい声音が聞こえてくる。

「こちらこそ、ごめんなさい!!」と、逆に申し訳なくなって、僕は大声で謝罪した。


「ったく、何やってんのよ!」

 その様子を見ていたオオチさんに叱責されながら、その場を後にした。

 やはり、小さいながらも身体が大きい分力も強いのだろう。少し侮っていた僕は、いっそ注意深く走る。

 そしてついに、僕たちは目的地と思われる、四階建ての建物の前に到着した。


「ここが私の職場、ジャップ・ファム大幣たいへい支部よ」

 そう言うと、彼女は左手首に付けていたミサンガのようなモノに触れ、変身を解除する。

 そして、スタスタと建物の中へ入っていった。


 僕も真似て、変身を解除すると彼女の後に続く。


「ジャップ・ファムなんて会社、聞いた事ないです」

「それはあなたの情報収集能力が欠如してるってことかしら?」


 こう見えて、世界最大級のNGO法人なのよ? と、嫌味混じりにオオチさんが、スマホの画面を見せて説明してくれた。


「スマホってこんな事もできるんですね」


 初めて見るスマホ画面に関心する僕を見て、オオチさんは首を傾げた。

「あんた、スマホ持ってないの?」

「はい、実はうち母子家庭で、母さんは買うって言ってくれていたんですけど、断ったんですよ」

「そう、なんか悪かったわね」


 無愛想に謝るオオチさんに「大丈夫です」と応え、そのままエレベーターで四階まで上がる。

 支部長室と書かれた部屋の前、コンコンとオオチさんがドアをノックすると、中から「どうぞ」と声が聞こえた。


 中へ入ると、椅子へ座る中年の男性が顔を上げる。

「ああ、オオチくんか。お疲れ様」

 ニコリと笑う支部長は、優しげである。


「お忙しい所すみません。支部長、報告にあった少年を連れて参りました」

 と、先ほどとは打って変わって、オオチさんの丁寧な言葉遣いに僕は驚きつつ、支部長と目を合わせる。


「ほう、君が……」

「は、初めまして。オオトリ タイヨウです」

「オオトリくんか、よろしく」


 浅くアタマを下げる彼は、「急な事で驚いただろう」と言って、続けて謝罪の文を述べる。

 その後、間髪入れずにオオチさんは報告をする。


「オオトリ タイヨウに素質があることは確認済みです」

 と、淡々と述べるオオチさんに、支部長は「ふむ」と頷くと、次には僕を見据えてくる。


「さて、単刀直入に言うと、ここに招いたのは君に私たちの仕事を手伝って欲しいからなんだ」

「手伝うってどんな仕事なんですか?」

「ここはね、ジャップ・ファムという非営利団体なんだ。しかしそれは表の顔。裏の顔は、特殊な能力を持つものを集めて自然災害に立ち向かうことを目的としている。君も特殊な能力を持つものの一人なんだ」

「僕にも自然災害と戦えと?」

「そうだ、もちろんタダでとは言わない」


 重く頷く彼は、「ただ」と続ける。


「この仕事には危険も伴う。すぐに決めるのは困難だろうから、もう少し職場を見て、一度家でじっくり考えてから決めなさい」


 と、優しく微笑んだ。そして、オオチさんの方を向いて「職場を案内して差し上げなさい」といい、話は終わった。


「では、失礼します」

 そう言って頭を下げるオオチさんの真似をして、僕は部屋を後にする。


「びっくりしました。オオチさんあんなにキッチリした話し方出来るんですね」

「ふん、あんたは全然ダメね」


 そんな雑談を混じえながら、僕は四階層の建物の中をオオチさんに案内をしてもらった。


 ーー☆ーー☆


「そろそろ教えてもらえませんか」

 建物内をあらかた見終わった僕は、オオチさんに向かって言う。


「僕たちが見ている精霊や、このヒモの事について」

 そう言うと、ふぅとため息をついてオオチさんが応える。

「あなたが団体に入るかどうかを決める参考にもなるだろうし、仕方ないわね」


 そう言うとオオチさんは、先ほどの案内の中でも見た、休憩室へ招いてくれた。

 和室の空間に机とテレビが一つずつ。テレビは、今ではほとんど見ることのないブラウン管だ。


「さて、まずは先に言っておくんだけど、私達もそれほど詳しい所は分かっていないの」

 その前置きから始まった話に僕は耳を傾ける。


「例えば、さっきのデカブツ達。あんたがなんて呼んでるのか分からないけど、私たちはソウルと呼んでいるの。あれは自然という概念が具現化したものよ」


 自然という概念が具現化したもの……。何となくそうだと思っていたが、どうやら彼女達も、同じ認識であるようだ。


「僕は一度、そのソウルとやらに掴まれた……けど、何にもならなかったんです。それは?」

「概念が私たちのような”普通の”生物に直接的な打撃を与えることはないのよ」


 あくまで直接的には影響しないだけであり、先ほどのように雪崩を巻き起こして生物に影響を与える場合も大いにあり得る。また、なぜかソウルたちは意図的に僕たちを狙っていたような気がした。

 そんなことを考えている僕をよそに、オオチさんは話しを続ける。


「ちなみに、ソウルって人によって見え方が違っていたりするらしいの」

「見え方が違う?」

「そう、あれが透けて見える人もいれば、顔までくっきり見える人もいるってこと」

「見え方が違うと、何か違いが出るんですか?」

「私もそこまでは分からないわ。でも、よく見える人の方が力が強い印象があるわね」


 そこまで話して、話題は切り替わる。


「ソウルのことで私が知ってるのはこれくらい。次はコレ。巨大化したソウルに立ち向かう為の武装”エクソシスト”よ」


 指を指されたヒモは、エクソシストと呼ばれているようだ。確かにこれにより変身したあとは、凄まじい身体能力を発揮した。


「コレは、私たちに宿る特殊能力をエネルギー変換するものなの。ただ、支部長から聞いた話なんだけど、とても貴重なものらしいわ」

「こんなボロいヒモにそんな価値があるんですね。でも、たしかにさっきの力は凄かったです」

「エクソシストの力はあんなもんじゃないわ、私もまだ使いこなせてないけど、上のランクの人はもっと凄いんだから」


 そうしみじみと語るオオチさんの顔には、畏怖の気持ちが表れていた。

 そこまで話して、ガラガラと襖が開く音が聞こえる。


 その方向を見やると、そこに立っていたのは疲れきった表情のヒラヤマさんだった。

 服は着替えているが、髪がまだビショビショな為、先ほどここに到着したのだろうと予想できた。


「あ、いたいた。オオチちゃんちょっといい? 実は、もう一人素質を持った子がいるっていう情報が入ったんだ」

 そう言うと、オオチさんは「えー」と、少し面倒くさそうに立ち上がる。

 ヒラヤマさんに関しては「話し中ごめんね、これ貰ってくよ」と僕に謝り、机の上に置いてあったヒラヤマさんのエクソシストを取り上げた。


 そして、「あ、これ帰りのタクシー代。バスはまだ止まっちゃってるだろうから」と、お金を渡してくれた。オオチさんと違って、ヒラヤマさんはとても優しい。


「すみません、ありがとうございます」

 と、お礼を言うと「いえいえ」と照れくさそうに返して、部屋から出ていった。

「言い忘れてたけど、カナエちゃんもまだここの食堂にいると思うから、一緒に帰りなさいよ」

 と言って、オオチさんも続けて出ていった。


 まだ聞きたいことがあったが、仕事なら仕方ないだろう。そう思い、頭を切り替える。


 カナエさんは、ここに避難していたらしい。食堂も案内されたが、中までは入らなかった為、気づかなかった。

 まさか事態がここまで大事だとは思っていなかった為、オオチさんの言葉でカナエさんの無事を知り、少しホッとした。


 さて、そうしたらカナエさんに会いに行こう。と、僕は休憩室を後にした。

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