第55話 ちょっと、わがままを……

 次に投稿する動画は、ヤーの中では決まっている。ある程度動画の期間が空いても、その動画を投稿したい。


 内容を伝えると、ユーサーは苦笑いで、


「……本当にやるんですか?」

「当然だよ。人類滅亡よりはマイルドでしょ?」

「……そうですね……さすがに、やり返さないわけにはいかないでしょうからね」

「よし……じゃあ決まり」

「承知しました。明日の朝一番に、メールを送っておきます」

「ありがとう……じゃあ、今日はどうしようか。夕食食べる? それとも、もう遅いから寝る?」

「……夕食を頂きます。せっかく作っていただいたので……」


 そうして、2人で席に着く。向かい合って、ちょっとお互いに意識してしまって変な気分になって、やはり失敗していた自分の味付けに驚いて、遅めの夕食を食べ終わる。


 なかなかに塩っ辛い野菜炒めだった。あれこれ味を変えているうちに濃くなっていたらしい。こんなものをユーサーに食べさせるのは気が引けるが、ユーサーは美味しいと言って食べてくれた。


 思えば……こちらが全力で取り組んだことに対して、絶対にユーサーは文句を言わない。まずは受け入れてくれる。昔のヤーの動画は……はっきり言って、ほぼ何も考えてなかった。自分では考えていたつもりだったが、今にして思えば考えなしだった。だからユーサーにクソだと言われたのだ。


 さて、食べ終わって腹休めをする。ちょっとだけぎこちなく世間話をしてから、


「じゃあ……そろそろ寝ようか。明日は忙しくなりそうだし」

「そうですね……」ということでさっさと寝てしまおうかと思っていると、「……あの……」

「なに?」

「……なんでもないです……」

「そう……」


 ……なんだろう。ユーサーはなにを言いかけたのだろう。気になるけれど、あまり突っ込んでも聞けない。ユーサーを傷つけてしまうといけないので、ここは引き下がっておこう。


「じゃあ……おやすみ」

「はい。おやすみなさい」


 ヤーは自室に入って、少し伸びをする。


 ……今日は疲れた。サチュロスワークスが襲来して、ユーサーの正体が暴かれてしまった。そして炎上してユーサーが塞ぎ込んで……これからの対策も考えないといけない。


 ……これからのことは、また考えよう。動画投稿は続けるつもりだから、まぁなんとかなるだろう。なんとかならなかったら、別のことを考えよう。


 明日に備えてさっさと寝てしまおう……そう思って目を閉じた瞬間だった。


 ヤーの部屋をノックする音が聞こえた。


「どうぞ」どうせこの家にはユーサーしかいない。「鍵はかかってないよ」


 ユーサーがこの部屋に侵入して、いつでも復讐を成し遂げられるように、鍵は開けていた。鍵がかかっていなくても侵入者には気がつく自信があったので、鍵が必要とも思わなかった。


「……失礼します……」


 ユーサーがゆっくりと扉を開ける。まくらを片手に、なんだか恥ずかしそうな表情をしていた。


「どうしたの?」

「……あの……」ユーサーはまくらで顔を隠して、「……ちょっと、わがままを……子供みたいなことを、言っても良いですか?」

「いつでもどうぞ」


 むしろ、もっと子供っぽいことを言ってほしい。もっとわがままになって欲しい。それくらいじゃないと、ヤーが困る。もっとユーサーは自由奔放になっていい。


「……」ユーサーはまくらで顔を隠したまま、「一緒に……寝てもいいですか?」

「いいよ」なんだそんなことか。首をくれとか言われるのかと思った。「どうぞ……って、布団をもう一つ用意しようか」

「いえ……その……同じ布団がいいです……」

「あ、そう……」


 ということなので、ユーサーがヤーの隣に入り込む。そしてその勢いのまま、ユーサーはヤーに抱きついた。力いっぱいヤーを抱きしめて、


「……ごめんなさい……朝起きたら、あなたがいないかもしれない……そう思うと、怖くて……」

「なるほど……でも、心配はいらないよ。僕がいなくなることは、ないから」

「……ありがとうございます……」

「むしろ僕は……ユーサーさんがいなくなるんじゃないかって思ってたよ。だから……キミもどこにもいかないでね」

「……善処します……」


 約束してほしいけれど……まぁ善処するならいいか。


 ユーサーの体温を感じる。緊張しているのか、人とは基礎体温が違うのか、とても暖かかった。柔らかくて心地よくて、なんだか一瞬で眠気が襲ってきた。


 ユーサーも疲れていたのだろう。ヤーに抱きつくなり、眠りに落ちた。規則的な寝息を聞きながら、ユーサーの顔を眺める。

 キレイな顔だ。こうして寝ていると本当に子供っぽくてかわいらしい。ここまで無防備なユーサーの顔を見るのは初めてだった。


 ずっと、この穏やかな寝顔が見られるといいな。そう思いながら、ヤーも眠りについたのだった。

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