第54話 いつまでも俺は待ってる

 また沈黙が流れた。ユーサーと一緒にいるのだから沈黙なんて気にならない。無言の時間すらも楽しい。ユーサーが一緒にいてくれるだけでいいのだ。


 しばらく月明かりに照らされていた。割れた窓をどうやって修理しようかと悩んでいると、


「……」不意に、ユーサーの笑い声が聞こえた。「……やっぱりヤーさんは……よくわからない人ですね」

「自分でもそう思うよ」

「……動画も最初はわけがわからないものを投稿してましたし……食生活もメチャクチャで、計画性なんてなくて……戦うことしかできない」

「そうだね」

「……さっきの言葉だって……なにを伝えたかったのか、よくわかりません。ただ……ヤーさんが私のことを慰めてくれようとした、というのだけはわかりました。それだけで、十分です」

「……」

「……ヤーさん……」

「なに?」

「……私は魔王の娘です。誰からも好かれない存在です。わたしと一緒にいる限り、呪いのようになにかがのしかかってきます。ずっと動画も炎上するでしょう」


 それから、ユーサーの言葉が一呼吸置かれる。そして、それから覚悟を決めたように、


「それでも……そんな私と一緒にいてくれますか? こんな私でも……受け入れてくれますか?」

「もちろん」迷う必要のない答えだった。「キミが何者であれ、関係ないよ。ユーサーさんは僕にとって大切な存在だから」


 その言葉を受けて、室内から物音がした。ユーサーが部屋から出てこようとしているのを察して、ヤーは扉から少し離れた。


 そして扉が開かれて、その瞬間、


「ヤーさん……」ユーサーがヤーに抱きついた。力強く、不安だった心を打ち消すように。「ありがとうございます……そして、ごめんなさい」

「なんで謝るの?」

「……これ、見てください」ユーサーが手荷物タブレット端末を操作して、「……チャンネル登録者数……順調に減ってます。30万人以上いたのに……もう3万人間近です」


 10分の1になったわけだ。魔王の娘効果というのはすごいんだな。やはり魔王は大物だった。負の方向にも、大きな影響を残しているのだ。


「ごめんなさい……」涙を隠そうともせずに、ユーサーは言う。「……せっかくここまで来たのに……」

「まったく問題ないよ」本当に気にしていない。「そもそも……僕個人でやってたときは、3万人もいなかったよ。その時から比べれば増えてる増えてる」

「……かつて魔王を倒し世界を救い伝説となった最強無敵の伝説の勇者ちゃんねる2、ですね」懐かしい名前が出てきた。「本当……クソみたいですね……」

「それ、久しぶりに聞いたよ」


 はじめてユーサーと出会ったときも、言っていたな。あなたの動画はクソだと言っていた。その言葉から、ユーサーとヤーの関係ははじまったのだ。そう考えると、なんだか感慨深くて懐かしい。


 そのまま、ユーサーの嗚咽を聞きながら、ずっと抱き合っていた。割れた窓から風が入ってきて、ユーサーのローブを取り払った。そこにはツノがあったが、まったく気にならない。ユーサーも隠す様子はなかった。


「これから……どうしましょう……」

「そうだね……」ユーサーが一緒にいてくれるのなら、なんでも良いけれど……「もしよかったら、このまま動画投稿を続けない?」

「……ですが……」

「どうせ炎上したし……もう怖いものはないよ。それに……これ、見てよ」

「……?」ユーサーからタブレットを受け取って、とあるコメントを表示する。「……あ……」


 そのコメントは、あの人からのコメントだ。スマッシュ大五郎。初期からずっと、勇者とララ・ラララを応援してくれている人である。


 その人が、コメントを残してくれていたのだ。


『なんかいろいろあるみたいだけど、俺には関係ないね。次の動画、楽しみにしてる。今はゆっくり休んでもいいけれど、いつまでも俺は待ってる』


 スマッシュ大五郎だけではない。実は、肯定的なコメントもたまにはあったのだ。ユーサーが何者だろうが気にしないという人たちは、存在したのだ。


 そんな人たちがいるのなら、まだ動画投稿を続けてもいい。待っている人がいるのだから。


「全部失ったわけじゃないよ。まだ……残ってるものはある」

「……」またユーサーの涙が大きくなる。「……まだ、いいんですか? 続けても、いいんですか? あなたと一緒に遊んでも、いいですか?」

「もちろん。むしろ……こっちからお願いしたいくらい」


 ユーサーがいなければ、このチャンネルは伸びていなかった。30万人どころか、3万人だって夢のまた夢だった。


 とにかく……2人体制での動画投稿、継続だ。ありがたいことである。まだ一緒に、ユーサーと遊んでいられる。それが嬉しくてたまらない。


「それでさ……次に投稿する動画は決まってるんだけど……いいかな?」

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