第47話 そんなこと

 サチュロスワークスたちがいなくなって、家は沈黙に包まれていた。彼らに割られた窓ガラスは散乱したままで、そこから冷たい風が吹き込んできていた。


 あまりにも怖い沈黙だった。ユーサーは泣きそうな顔でうつむいて、ヤーは声をかけることもできない。なにか1つでも間違えると、ユーサーがどこかに言ってしまいそうだった。


「ガラス……修理しないとね」できる限りいつも通り、ヤーは言う。「まぁ……最近は動画投稿で収益出てるし……お金は足りると思う」

「……」


 ユーサーは何も答えない。まったく反応が帰ってこない。


 そりゃそうだろう。彼女が必死に隠していた秘密……それが突然暴かれたのだ。素顔を見せれば秘密を言わない、という嘘に騙されて、結局はすべてを暴露してしまった。


 たぶんネットで話題になっているだろう。人々を虐殺し世界征服を企んだ魔王……その娘が動画投稿をしていた。許さない人もいるだろう。俗に言う、炎上というものを経験することになるだろう。ララ・ラララも勇者チャンネルも、当然ただでは済まないだろう。


「変な人たちだったね」まずは世間話をして、ユーサーの気分を回復させなければ。「ガラスの損害賠償とか申請したら認められるかなぁ……どう思う?」

「……」そこでユーサーは一瞬だけ、ヤーの顔を見た。しかしすぐにうつむいて、「……ごめんなさい……」


 消え入りそうな声でそうつぶやいた。


「……どこに謝る要素があるのか、わからないよ」

「……私は……」声が震えている。泣いている、のだろうか。「ずっと……あなたを騙していました……」

「……騙す?」

「はい……私が魔王の娘というのは、本当です」

「……」

「……私の素性を明かしてしまうと、警戒されると思いました。復讐に来たと思われる……だから、ずっと隠してました。最後まで、騙すつもりでした……」


 ユーサーの懺悔は続く。本当に謝る必要なんてないのだが、吐き出して楽になるのなら静かに聞いていよう。


「その結果、ご迷惑を……魔王の娘だと視聴者に知られたら……きっと多くの人が私を恨むでしょう。私の父……魔王に被害を受けた人は多数いる……そうなれば、私と関係しているあなたも、きっと……」


 そうかもしれない。しかもヤーは勇者なのだ。その勇者が魔王の娘と組んでいる……変な推測をする人達もいるだろうな。魔王派の人たちとか。


「……ごめんなさい……」ユーサーの声が大きくなっていく。溜まっていたものが溢れ出していく。「本当は……本当は、もっと早く、あなたの前から消えるべきでした……私の秘密が暴かれる前に、消えるべきだったんです……でも、でも……あなたといるのが、楽しくて……一緒にいろいろ考えて動画投稿するのが……楽しくて……」


 楽しんでいてくれたのなら、ヤーも嬉しい。もしかしたら迷惑ばかりかけていたのではないかと思っていた。いつか愛想を尽かされるのではないかと恐れていた。

 

「私がもっと早く消えていれば、こんなことには……だから、ごめんなさい……騙していて、ごめんなさい。私は……私は魔王の子です。勇者と一緒になんか、なるべきじゃなかった……」


 そうして、ユーサーの嗚咽だけが部屋に残った。静かな山奥に、女の子の涙だけが取り残された。


 たしかに、これからチャンネルは炎上するだろう。魔王への恨みが、すべてユーサーに行くだろう。そして勇者のチャンネルも攻撃対象になる。再生数にも影響するだろうし、チャンネル登録者も減る……いや、そもそも動画投稿が続けられるかどうかも怪しい。

 

 サチュロスワークスの目的はそれだった。最初から、勇者とララ・ラララのチャンネルを潰すために乗り込んできたのだ。そしてその作戦は、大成功なのだろう。


 しかし……ユーサーの言葉には少し間違っていることがある。


「……魔王の、娘……?」

「……はい……私は――」

「知ってたよ。そんなこと」

「……え……?」ユーサーが口をポカンと開けてヤーを見る。年相応の幼さが見えて、逆に安心した。「……知って、いた……?」

「うん。最初に会ったときから……魔王の血縁だろうとは思ってた。年齢的に娘かなって……」

「……どうして……」

「そうだね……まず、ローブを目深に被ってるのは、ツノを隠すためでしょ? その時点で魔物だなって思って……魔力が魔王に似てるし、顔も雰囲気も似てる。血縁じゃないって考えるほうが、僕としては不自然だった」


 見た瞬間に魔王の関係者であることはわかったのだ。だけれど、敵意は大きく感じなかった。無論少しは感じたが……まぁ復讐目的だったとしたら受け入れようと思っていた。


 だって、彼女の親を殺したのはヤーなのだから。復讐されても、しょうがないと思っていた。


「なら……なぜ?」ユーサーが聞く。「なぜ私が……魔王の子だと知っていて、受け入れてくれたんですか?」

「……それね……」ヤーは頭をかいて、「こっちのセリフなんだよね……なんでユーサーは……僕を勇者だって知っていて、僕を助けてくれたの?」

「そ……それは……」


 しばらくユーサーはうつむいたまま、なにも言わなかった。

 

 ユーサーからすれば、ヤーは親殺しだ。自分の父親である存在を殺しているのだ。そんな相手を、どうしてユーサーは助けてくれるのだろうか。それが気になって、何度か聞いてしまっていた。結局はユーサーが魔王の娘だと気づいていることを言い出せなかったので、ごまかされていたが……今ならわかるかもしれない。


 しかし……


「……ごめんなさい……」


 そう言って、ユーサーは逃げるように自分の部屋に入っていった。もしかしたら家の外まで逃げられるかもしれないと思っていたから、室内に留まってくれたのは助かった。これでまだ対話が可能だ。


 ……とはいえ……どうしたものかな。

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