第46話 燃え尽きました

 おそらくその言葉は、ユーサーが隠したい言葉。隠していたこと。誰にも知られたくなかったこと。


 いつか、ユーサー自身の口から言ってくれると思っていた。仮に言ってくれなくても良いと思っていた。知らないままで良かった。そんなことを知る必要はなかった。


『魔王の娘』


 その言葉が、こんなチンピラたちから語られて良いはずがない。ユーサーが必死に隠していたことが、ライブ配信されてよいわけがない。


「……っ……!」言葉を聞いた瞬間、ユーサーの顔が青くなる。「そんな……約束が違います……! 言わないって……!」

「あれ?」してやったり、とばかりの表情だった。「秘密って……そのことだったの? 俺はてっきり……ああ、ごめん。秘密は言わないって約束だったよね」


 なるほど……あくまでも『秘密を勘違いしていた』で押し通す気なのだ。隠して欲しい秘密だと思っていなかった、という詭弁で逃げる気なのだ。ユーサーが魔王の娘だということを隠していたと知らなかった、と言っているのだ。

 白々しい。表情を見る限り、明らかにそれが秘密だと知っていた。そもそもそれ以外に、そこまで秘密にすることもないだろう。ここまでユーサーが真っ青な表情になる必要があるのは、それだけだ。


「あれれぇ?」コイツ……ムカつくな。「魔王の娘って……まさかそれを隠してたの? 俺は知り合いから聞いた話を言ってみただけなんだけど……」

「……!」もうユーサーは平常心じゃないようで、呼吸も荒くなっている。「ち、違う……そんなこと……」

「違う? 魔王の娘じゃないって? でも、だったらなんでそんなに慌ててるんだ?」

「そ、それは……」


 ユーサーはSOSの目線をヤーに送る。そして当然、ヤーとしてもこのまま見過ごすわけにはいかない。


「お引取り願おうか」もう、こいつらに気を使う必要はない。「まだ帰らないっていうのなら、力ずくでも出ていってもらうよ」

「おう。そうか……」言ってから、男は演説でもするように。「なぁ視聴者のみんな……ララ・ラララは魔王の娘なんだよ。俺の知り合いの魔王派が魔物に聞き込みを行って明らかになったんだけどよ……」


 魔王派への聞き込み……なるほど。最近魔物を嗅ぎ回っているというのはその人だったらしい。そして、その人物がサチュロスワークスに情報を回した。余計なことをしてくれたもんだ。


「見てくれよ、この状況を」男はヤーとユーサーを指さして、「魔王の娘と、勇者が一緒にいるんだぜ? いったいなにを企んでるんだろうなぁ……魔王軍再建? いや、世界征服?」


 なんでそんな発想になるのだろう。たしかに戦力的には世界征服できるかもしれないけどさぁ……やったりしないよ。世界征服するつもりなら、なんで動画投稿をしてるんだよ。さっさと征服しろよ。さすがに動画投稿で世界征服は厳しいよ。というより、ヤーなら直接武力行使したほうが早い。


 本当にやってやろうか。このままユーサーを傷つけるやつが増えるなら、この世界に興味はない。もともと、勇者を裏切ったような世界だ。未練なんてない。


「魔王の娘……やっぱ魔王って人殺しだもんなぁ……人殺しの娘が、なにを呑気に動画投稿してんだよ。あんたの動画見ているやつの中には、魔王に親を殺されたってやつだっているだろう。その魔王の娘が勇者になんか肩入れして……多くの視聴者を裏切ってたなぁ……」


 裏切り……そうなのだろうか。それはわからない。ララ・ラララの正体が魔王の娘だと知って、失望する人はいるのだろうか。きっといるのだろう。どれくらいの割合かは不明だが、存在はするのだろう。


 だからユーサーは隠したかった。自分の出自を言いたくなかった。だから顔出しもしたくなかった。だから人前が苦手だった。魔王の娘だと知られたくなかった。


「これで勇者チャンネルも終わりだなぁ……」勝ち誇ったような表情がムカつく。「魔王の娘と勇者が組んでる……そりゃ大スキャンダルだろ。世界を滅亡させようとしたやつと救おうとしたやつがコンビ? となると、そもそも魔王討伐も嘘なんじゃないか? 最初から話はできあがってて、この臆病者を勇者に仕立て上げるための物語だったんじゃないか? そもそもこの勇者に、魔王を倒すほどの力があるようには見えねぇ」


 それはキミの見る目がないだけ……とも言えないな。今のヤーなら、たぶん魔王は倒せない。現役勇者時代のほとばしるような強さは失われている。それを見抜かれたのだとしたら、なかなか見る目がある人だ。おそらく違うだろうけど。


「こうして勇者チャンネルは炎上して、燃え尽きました」それは男たちの勝利宣言。「じゃあな。これで用は済んだ」

「ふぅん……僕たちの秘密を暴いて、炎上させるためだけに、ここにきたの?」

「そうだなぁ……本当ならコラボ動画も撮りたかったよ。『時代遅れの勇者をボコボコにしてみた』とかな」やれるものならやってみろ、という感じである。「でもまぁ……もういいや。あんたらのチャンネルは炎上して終わりだろうし……戦うまでもないよ」


 そのまま、サチュロスワークスたちは家を出ていった。今すぐ追いかけて殴り倒してやりたかったが、それより優先すべきことがある。


 ユーサーだ。彼女を、なんとかしなければ。

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