第45話 娘


 ユーサー視点からすれば、そうだよな。


 ヤーからすれば、ユーサーの秘密をバラされたくない。そしてユーサーからすれば、ヤーの家を壊される訳にはいかない。お互いがお互いのためを考えると、相手の術中にはまる。


 ……なかなかいやらしい交渉をするものだ。多少侮っていたかもしれない。


 そしてしばらく時間が経過した。その時間は約15分ほど。それから、


「おまたせしました」そう言って、奥の部屋からユーサーが現れた。やはり顔は出したくないのか、お面を被っていた。いつもよりローブも深くかぶっている。「……これでいいんですか?」

「おお……」リーダー格の男がさっそくユーサーに駆け寄って、「ララちゃん? 本物?」

「……あまり答えたくないですね。あくまでもVtuberブイチューバーVtuberブイチューバー。本物かどうかの確認なんて、野暮です」

「その硬い感じ……本物っぽいね」野暮な男だ。その野暮な男はさらにユーサーに近づいて、「わぁスゲェ……素顔見せてよ」


 なんの躊躇もなく、ユーサーのお面に手を伸ばした。しかしその手がユーサーのお面に触れることはなかった。


「失礼ながら」ユーサーが男の腕をつかんで、「出演だけでは許してもらえませんか? 顔出しは……」

「えぇ……空気読めよ。顔出しする流れだったじゃん」空気読むのはお前だよ。「せっかくの機会だし……それに顔出ししないと家を壊しちゃうよ?」

「気にしなくていい」ヤーは言う。「家なんか壊されてもいい。迷う必要はないよ」

「だったら」ヤーの言葉を受けて、男が言う。「ララちゃんの秘密をバラしちゃおうかなぁ……」

「……」秘密というのは、やはりユーサーの急所らしい。「それは……」

「嫌ならそのお面外して、素顔見せちゃいなよ。そうしたら、秘密は秘密のままにしてあげるから」

「……」


 ユーサーは助けを求めるような目線をヤーに向ける。お面で表情は見えないが、困っているのは見ればわかった。


 ……どうする……どうすればいい。家を破壊されるのは気にしないが、ユーサーが傷つくのは嫌だ。ユーサーが自分の秘密を隠したいのなら、隠していればいい。少なくとも、こんなところで暴露されるのはおかしい。


 なんとかしなければならない。素顔の公開も止めなければならない。

 

 こうなったら……もう全員殴り倒してしまうか。そんな場面をライブ配信されたら、おそらく『勇者の暴力』とかいってまた動画で拡散されるのだろう。そうすれば炎上して……動画投稿は続けられないかもしれない。


 ……それでもいいか。勇者の暴力ならユーサーには、ララ・ラララには影響が少ないだろう。


 そうだ。それがいい。自分がこいつらを倒して、動画投稿から身を引けばいい。それが最善だ。


 そう思って拳を握りしめたときだった。


「大丈夫ですよ」ユーサーが言った。「素顔さえ見せれば……それで、帰ってもらえるんですよね?」

「ああ」相変わらずニヤニヤしている男だ。誠実さを1ミリも感じない。「今回のライブ配信でララちゃんの素顔を映したら、帰ってやるよ」

「……わかりました……」


 覚悟を決めたように、ユーサーは自分のお面に手をかける。


 そして、深呼吸をしてからお面を取り払った。少しばかり緊張した面持ちのユーサーの顔が、男たちの前……ひいてはライブ配信でさらされる。それは全世界に向けて発信したようなものだった。


「おお……」その場にいた人間たちが感嘆の声をあげる。「結構かわいいじゃん……それなら最初から顔出ししててもよかったと思うけれど……」


 ユーサーの容姿が良いことは認めよう。そんなことは一緒に暮らしているヤーが一番良くわかっている。彼女が美少女と呼ばれる存在であることは、誰もが認めるだろう。


「おう、みんな」また男はスマホに語りかける。「これがララ・ラララちゃんの素顔だぞ。いやぁ……スゲェスクープしちゃった。Vtuberブイチューバーの素顔を暴くとか、俺すごくね?」


 すごくねぇよ。勝手に詰め寄って、逃げ場のない状況まで持っていっただけだろう。


「ほらほら」男はスマホの画面をこちらに向けて、「コメント見てみなよ。大人気だよ大人気」


 スマホに表示されているライブ配信のコメントは、たしかに盛り上がっている。たしかにサチュロスワークスの動画を見ている人が求めているのは、こんな過激な動画なのだろう。勝手に人の家に押し入って、人の隠しているものを暴く。そんな動画が、求められているのだろう。


 実際にコメント欄は大盛りあがりだ。ララ・ラララの素顔に釘付けのようだった。そりゃユーサーを見てかわいいと思うのは同意だが……本人が望んでいない形での披露になってしまうのが心苦しい。


「ほら、かわいってさ。よかったねララちゃん。俺たちのおかげで、さらに人気出そうじゃん。人気出たらコラボしようね」

 

 罪悪感というものはないようだった。そんな彼らを見て、ユーサーもイライラを募らせる。


「……ご要件はこれで終わりでしょうか? だったら……お帰りください」

「えぇ……? せっかくだし動画撮ろうぜ。そうだね……勇者をぶっ倒してララちゃんを俺のものにしてみた、とか」

「……」ユーサーは男を睨みつけて、「素顔を晒せば、お帰りいただくという約束でしたが」

「そうだけどさぁ……もったいないじゃん。ほら、今この動画、1万人に見られてるんだよ?」


 1万……そんなにいるのか。人気急上昇中のサチュロスワークスとララ・ラララ。そして勇者の知名度が相まって、人が増えているらしい。なんとも面倒なことだ。


「約束ですので……お帰りください」

「つまんないなぁ……こんなチャンスを逃すなんて……動画投稿向いてないんじゃない?」

「……お帰りを……」

「ちぇ……つまんねぇ……」


 ……やけにあっさり引き下がってくれるんだな、と思いつつ、内心胸をなでおろす。これ以上暴れられたら、いよいよ手が出るところだった。これで帰ってくれるのなら、ユーサーに感謝だ。あとで謝らなければ。


「それにしても……やっぱり似てるねぇ。情報通り、そっくりだ。その威圧感とか真面目な感じとか、目の感じが似てる」


 そして男は、そのまま続けた。いくらヤーでも相手の心は読めない。だから、その言葉を止められなかった。


「さすが魔王の娘って感じ?」

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