第44話 考えるまでもない

「とりあえず……」できる限り冷静に、聞いてみる。「キミたちの目的を聞いてもいいかな。なんで、わざわざこんなところに来たの?」

「は?」なんで驚かれるんだろう。「だから……コラボだよ。メール送っただろ?」

「それは断ったはずだけど……」

「断る? なんで? 絶対コラボしたほうが数字あるじゃん。だから、来てやったの。あんたもさっさとカメラ回せよ」


 だったら最初からメールなんかするなよ。いきなり押しかけて……って、それも迷惑か。


 とにかく……この人たちの目的は『コラボ動画を撮影すること』だろう。ならば、すでに目的は達成しているのかもしれない。彼らの動画投稿スタイル的には『勇者の家に殴り込んでみた』という動画も投稿できる。


 やはり彼らはサチュロスワークスで間違いないだろう。動画投稿のためにヤーの家に乗り込んできたのだ。


「よーし……」リーダー格らしき男が指をポキポキ鳴らして、「じゃあ、さっそく勝負しようぜ」

「勝負……?」

「ああ。勇者なんか、もう昔の伝説なんだよ。それをぶっ倒して、俺が新たな伝説になる」


 カッコいいことを言う。これが修練を重ねた上での命がけの宣言ならカッコいいが……この状況だとアホにしか見えない。


「キミと戦う気はないよ」そんなことしたら、向こうの動画ネタになるだけだ。「伝説になりたければ、どうぞご自由に。勇者を超えたって、勝手に言いふらせばいいでしょ?」

「じゃあ、負けを認めたってことでいいのか?」

「いいよ、別に」それくらいで戦いが避けられるのなら、安いものだ。「だから……この家に動画のネタなんてないよ。だから、早く帰ってほしいな」

「そんなに俺が怖い?」ある意味怖い。言葉が通じない怖さがある。だから逃げる。「みんな聞いたか! 勇者が俺の圧にビビって降参したぞ!」


 そんな勝利宣言で、彼らは勝手に盛り上がる。勝手に盛り上がっててくれ。称号や名声なんて興味ない。ここは無益な争いを避けることが重要だ。彼らの土俵に上る必要はない。


「じゃあ……目的の1つは達成だ」

「まだあるの?」

「ああ。あと2つある」マジで? もうやめてほしい。「1つは、この家の破壊だ。全部破壊するから」

「えぇ……」そこまで行くのは面倒だな……立て直す資金もない。「できることなら、やめてほしい」

「オッサンに拒否権はねぇよ」まだ24だ……って、24はオッサンなのか? 「もう1つの目的は、ララちゃんに会いに来た」

「ユ……ララに?」


 Vtuberブイチューバーララ・ラララ。それはヤーの同居人であるユーサーのVtuberブイチューバーとしての顔だ。


「……バーチャルの存在に直接会おうとするのは、ちょっとばかり野暮なんじゃないかな」

「はぁ? オッサン、なに言ってんだ?」


 本当に会話が通じない。なんなんだコイツら。面倒くさい。イライラしてきた。


「彼女は顔出しNGだよ」

「もっと自分の殻を破りなよ。初顔出しをさせてやろうって言ってんの」毎回毎回上から目線の人だ。「顔出ししたら人気になるかもよ?」

「……」Vtuberブイチューバーが顔出し……それはあまり望まれてないだろう。あくまでも架空の人物なのだから。「今のところ、興味ない」

「そうか……」リーダー格の男はなにか思いついたように。「じゃあこうしよう、二択だ。ララ・ラララを差し出すか、家を壊されるか……どっちかを選べ」

「壊していいよ」悩むまでもない。「家とララ・ラララ……どっちが大切かなんて、考えるまでもない」


 ユーサーのほうが大切だ。彼女が顔出しを拒むというのなら、なにを失っても守ってみせる。家なんかなくたって、生きていける。


「……はぁ?」思い通りにことが運ばないと、すぐにキレるタイプらしい。「なに言ってんの? 話聞いてた? 家、壊されるんだぞ?」

「わかってるよ。どうぞ」職人さんたちが精魂込めて作ってくれた家が壊されるのは、心苦しいが。「それで見逃してくれるんでしょ? 好きにやって」

「……ムカつくなぁ……そのヒーロー気取り……」勇者ですから。「じゃあ条件を変えよう」


 途中で条件を変えるのはズルい。それはタブーだ。交渉じゃあない。


 だが、そんな理屈が通じる相手ではない。リーダー格の男はさらに続ける。


「ララ・ラララの秘密……それを今この場で暴露してやるよ。それが嫌なら、今すぐララ・ラララを差し出せ」

「……ララの秘密? なに、それ?」

「知らずに一緒にいたのか? 相変わらず情弱だね」だから情弱ってどういう意味だよ。「とにかく……」


 リーダー格の男は、家全体に向かって大声を出す。おそらく家の中に隠れているであろうユーサー……ララ・ラララに向けての言葉。


「おい! 今すぐ出てこないと、お前の秘密をバラすぞ! そんで、家も破壊する! それが嫌なら」


 ユーサーの秘密……それを言われると弱い。だってそれはユーサーが隠していることなのだから。どうしても知られたくないことなのだから。家を壊されるのなんて知ったことではないが……ユーサーの秘密はバラされたくない。


 しかしユーサー視点からすれば……


「……わかりました……」観念したような声が、奥の部屋から聞こえてきた。「今から行きます。少々お待ちください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る