第43話 世界最強の男でーす
ノックをしてくれるなんて、思ったよりも理性的な集団だ。いきなり扉が蹴破られるのではないかと思っていた。
来客はサチュロスワークスのメンバー6人。目的は不明だが……おそらく勇者ヤーと無理やりコラボをしに来た。勝手にケンカでもして動画を上げるつもりなのだろう。
こちら側の対応は、穏便に帰ってもらう対応である。自分のみに危険が迫ればやり返してもいいが、それ以外は基本的には守っていればいい。
ヤーは玄関まで移動して、
「どちら様でしょうか?」
「世界最強の男でーす」そんな軽薄そうな声と、仲間たちの笑い声が聞こえてきた。「ここって勇者の家だよな?」
「……そうだけど……」
「そうかそうか」扉越しの会話なのに、向こうがニヤニヤしているのが伝わってくる。「なぁ勇者様。なんで俺から逃げたんだ?」
「……逃げた?」
「とぼけるなよ。コラボの誘いをしてやっただろ? なのにあんたはそれを断った。それは……俺たちに負けるのが怖かったんだよな?」
なんという理論の飛躍。なんでコラボを断ったら、それが逃げたということになるのだろう。なんで怖がったことになるのだろう。
……どうやら想像以上に話が通じない相手らしい。なんとも面倒だ。
「逃げたって思われたくないのなら、この扉を開けろよ」
「逃げたって思われてもいいよ」別に逃げることは恥ではない。戦ったところで得がないのなら、逃げてしまえばいい。「とにかく……コラボは断った。だから、キミたちと話すことはないよ」
「あんたにはなくても、こっちにはあるんだよ」
どうやら引き下がる気はないようだ。面倒くさい。さっさと帰ってくれたらいいのに。
さて、どうやってお帰りいただくか……そんなことを悩んでいると、
突然、ガラスの割れる音がヤーの家に鳴り響いた。見ると扉から少しはなれば場所の窓が叩き割られて、ガラスが音を立てて地面に落ちていた。
なにしてくれんだ。弁償……なんてしてくれる気はないのだろうな。本当に会話が通じないらしい。
「ナイス!」仲間たちが割られたガラスの周辺に集まってきて、「勇者のくせに弱いガラス使ってんなぁ……」
勇者をなんだと思っているのだろう。なんで平和になった世界で強化ガラスに囲まれて生活しないといけないのだろう。そもそもガラスなんて殴られることは想定してないんだよ。殴るやつが悪いんだよ。
「おじゃましまーす」そして男たちが、窓ガラスからヤーの家に侵入してくる。「……なんか思ってたより地味な家だな……撮れ高がねぇ……」
そう言って真っ先に部屋に入ってきたのは、金髪の男だった。若い男で、結構筋肉質。そのガタイがあれば、おそらくその辺のケンカ程度では負けなしだろうな。
その男は、手にスマートフォンを持っていた。スマホのカメラをこちらに向けて、そのスマホに語りかける。
「こいつが勇者様らしいぞ。俺たちの挑戦から逃げた臆病者だ。勇者が聞いて呆れるよな」
……この言動を見るに、どうやらこの人たちは生放送をしている最中らしい。スマホで映像を撮影して、直接ライブ配信をしているらしい。あるいは動画撮影……いや、ライブ配信を想定して動くべきだろうな。
相手の許可も取らずにライブ配信か……やはり噂通りの人たちらしいな。
ヤーの家の中に、6人の人間が入ってきた。男性5人と女性1人。全員がニヤニヤと緊張感のない顔をしている。そんな覚悟じゃあ、戦場だったら一瞬で死んでいる。
「……キミたち……何者?」
「え?」本気で驚かれた。「俺たちのこと知らないの? 情弱だね」
情弱……? けなされているのはわかるが、言葉の意味はわからない。まぁどうでもいいや。
「悪いけど……いきなり人の家を壊すような人たちに興味はないんだ」
「魔物を殺しまくってたやつが言うか?」
ぐうの音も出なかった。たしかにその通りだった。今さら家を破壊されたところで文句は言えない。
「さぁ視聴者の皆さん」リーダー格らしき男が、スマホに語りかける。「こちらが逃げた弱虫勇者です」
リーダーの言葉に、メンバーが同意していく。
「もう腕が錆びついてるんじゃない?」
「技再現とかも、どうでCGでしょ?」
「そんなことよりララちゃんはどこだよ」
ララ・ラララファンが混じってるな。しかしユーサーを表舞台に出す訳にはいかない。ユーサーは顔出しを嫌っているので、ライブ配信されている今、この場には出てこれない。
つまり……ヤーだけでこの人達をなんとかしなければならないのだ。
さて……どうしたものか。
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