第42話 この家の住民を?
ヤーがユーサーに告白してから、2時間が経過。ちょっと気まずい時間だけれど、動画の企画出し等に私情を持ち込むようなユーサーではない。しばらくすればいつものように会話をしてくれた。相変わらず真面目な人である。
そして、その企画出しの途中――
「……」
「……どうしました?」
「……お客様みたいだ」
「お客様……? ネットショッピング……ではなさそうですね」
「そうだね……」
ヤーは精神を集中させて、山の中の人影を探す。木々の揺れ、大地の振動、生き物たちの動きを耳で聞けば、大抵の侵入者はわかる。
「……6人……歩幅的に男性5人と女性1人かな。この家に向かってる」
「……」ユーサーが警戒心を高めて、「……ただの通りすがりや山登り……ではないのですか?」
「それにしてはやけに殺気立ってるし……いろいろと登山には不必要なものを隠し持っていそうだ」
「……そこまでわかるんですか?」
「そうだね……」現役で戦っているときだったら、もっと遠くまで把握できただろう。だが今は周辺の山くらいが精一杯だ。「……うちに誰か……用がある人がいるかな……」
「いませんね。今までもこの家に現れたのは、ネットショッピングを利用した場合のみです」
そうだ。勇者ヤーに友達なんてユーサー以外にいないのだから、この家には誰も来ない。昔は取材やファンが来たりしたが、10年で完全に人との交流はなくなった。
そんなヤーの家に、山奥にあるヤーの家に、人が来るなんて珍しい。しかもここまで殺気立って、複数人で。
「ヤーさんに恨みを持っている人物……誰か心当たりがありますか?」
「多すぎて困るね」
「でしょうね」
勇者時代は魔物を殺して回っていたのだから、魔物全員から恨まれ、嫌われているだろう。そして魔王派閥の人たちからしても、勇者は邪魔な存在だ。
「では……魔物の方たち、ですか?」
「どうだろう……人間の足音に聞こえるよ。若くて……荒々しい。自信が満ち溢れてるね」
「ふむ……」ユーサーはしばらく考え込んでから、「コラボはお断りしたはずですが……」
「やっぱりそう思う?」おそらくヤーの家に向かってきている集団というのは……「リチュオル、だね」
「サチュロスワークスです。リチュオルはゲームキャラクターで……」
そういえばそうだった。せっかくヒゲのおじさんの名前がリチュオルだと覚えたというのに、紛らわしい名前が登場してわけがわからなくなってしまった。
「とにかく……ここに来ているのはサチュロスワークスの方々である可能性が高いですね」ユーサーが推測を述べていく。「サチュロスワークスのメンバーは全部で6人。内訳は男性5人と女性1人……ヤーさんの推測とも一致します」
サチュロスワークスはそんな内訳だったらしい。ヤーもいろいろと調べたつもりだったが、やはり情報収集能力でユーサーにはかなわないらしい。
「なんでその……えーっと……なんとかワークスさんが僕の家に?」
「サチュロスワークスです」いちいち律儀に訂正してくれるユーサーだった。「……なぜでしょうね……コラボは断ったはずですが……無理やり乗り込んでくるつもりでしょうか?」
「なるほど。僕の家に乗り込んで暴れたら、それで向こうとしてはコラボ完了なんだ」
「そうかもしれませんね」
なんとも理不尽なコラボだった。しかし荒くれ者集団のサチュロスワークスならやりかねない。たしか無抵抗の相手にも暴行をするような輩たちだ。いきなり勇者の家に殴り込みをかけてきてもおかしくない。
「……困りましたね……」ユーサーは下を向いて、「……どうしましょうか。居留守、でも使いますか?」
「そうしたいけれど……許してくれないだろうね。窓でも割って入ってくると思う」
「……なるほど……では、結局普通に出迎えるしかないわけですね」
「そうだね……できる限り穏便に、帰ってもらうのが最善かな。ヘタにやりあっても……向こうが喜ぶだけだし」
勇者と戦ってみた、という動画を上げるのは向こうだ。あるいは、勇者の家を破壊してみた……なのかはわからない。動画の内容はわからないけれど、おそらくサチュロスワークス側は勇者の家で暴れるつもりである。
「おとなしく帰ってくだされば良いんですが……」ユーサーはため息をついて、「サチュロスワークスの動画を見ている限り、家屋の破壊行為は平然とやってのけます。侵入を拒んだ住民を殴り倒すことも日常茶飯事……」
「住民を殴り倒す? この家の住民を?」
「……」ユーサーは少しだけ笑って、「たしかに……やれるものならやってみろ、という感じですね」
「そうだよね」ヤーは言わずもがな勇者であり、おそらくユーサーもかなり戦える。「まぁ……お出迎えしようか。向こうは好き放題暴れると思うけれど……」
「こちらからはどうします? やり返すのはありですか?」
「……自分が傷つくと思ったら、容赦なくやっていいよ。でもまぁ……基本的には守るだけで」
「承知しました」
そんな作戦会議をしているうちに、足音が近づいてくる。
そして、ヤーの家の扉がノックされた。
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