第35話 あわせてぴょこここ6ポコポコ
家の外に出て、ユーサーの気配がする方向に歩いていく。すると、
「あー、あー……」ユーサーの声が聞こえてきた。「生麦生米生卵、生麦生米生卵、生麦生米生卵……除雪車除雪作業中……魔術師魔術修行中……隣の柿はよく客食う柿だ」
逆だ。食人柿が完成してしまった。滑舌としては完璧だが……いや、完璧なのか? 今のは噛んだうちに入るのか?
「ふぅ……」ユーサーは大きく深呼吸する。「……骨粗鬆症訴訟勝訴、アンドロメダ座だぞ、カエルぴょこぴょこ3ぴょこぴょこ、あわせてぴょこここ6ポコポコ。よし」
いいの? 最後豪快に噛んでたけど……ポコポコって言ってたけど……
……まぁ、いいか。別にユーサーの配信に滑舌を期待している人はいない。今のままでも相当驚かれるレベルの滑舌のはずだ。最初からユーサーの声はかなり聞き取りやすい。
ユーサーの声は低くて落ち着いていて、聞いているだけでこちらも冷静になれる。声に力があるタイプの存在なのだ。だから……落ち着いて喋ることができれば、きっと支持を得られる。
落ち着かせるのは、ヤーの役目だ。
「お疲れ様」できる限り優しく、ヤーは声をかける。「いよいよ今日は配信だね」
今までは触れてこなかったけれど、ここは話さないといけない。
配信の時間は今日の夜。夕食を食べ終わってしばらくしたらだ。それまでに、ユーサーをリラックスさせないといけない。
「……ヤーさん……」ユーサーは青い顔で振り向いて、「あ……今、夕食を作りますね」
「……今日は夕食は僕が作るよ」
「あ……そうでしたね。すいません」やっぱり完全に上の空だな。「……ごめんなさい……ちょっと、緊張してしまっていて……」
「まぁ……そうだよね」誰だって初配信は緊張する。いや、初じゃなくても緊張するのだろう。「ねぇ……ユーサーさん」
「なんでしょう」
少し間が空いた。なにを言えばいいのかわからなかったが、結局素直に気持ちを伝えることにする。
「緊張しないって、無理だと思うんだ」
「……?」
「僕は……命がけの戦いを何度も経験したよ。それは怖くて怖くて……何度経験しても恐怖が抜けなかった」スリリングで楽しさもあったが、恐怖も大きかった。「最初は緊張しないように、できるかぎり努力したんだ。緊張するのは弱さの証だとか、自信を持てば緊張しなくなるとか、場数が重要だとか……いろいろ考えてた。でも……結局最後まで戦うのは怖かった」
ユーサーが静かに話を聞いてくれているので、ヤーはそのまま続ける。
「でも……戦いってのは命の取り合いだよ。緊張していても、してなくても、関係ない。相手からすれば関係ないんだ。こっちからしても、相手の緊張なんて関係ない。ただ相手の命を、できる限り正確に奪う……それだけが目的。だから……」
ここから何を言おう。言葉がまとまっていない。今までの言葉だって、何を伝えたいのかがわからない。
だけれど……もうここは自分の心に従おう。
「だから……今日の配信では、緊張しててもいいよ。ガチガチで、なにもできなくても構わない。途中で逃げ出したって構わない。僕は何も気にしないから……だから……ユーサーさんらしく、緊張してる中での自分らしさと……今できる全力で、その……」
結局言葉が出なくなってきた。なにを言ってるのかもわからない。緊張してもいいから自分らしく、ということが伝えたかったのだと思うが……口下手なヤーにかかればこの通り、曲がった表現になってしまった。
「だからね……えーっと……」ヤーのほうが焦ってきた。これではユーサーを落ち着かせるどころか混乱させてしまう。「なにが言いたいかって言うとね……その、なに? 僕はなにがいいたいの? そのね……えーっと……」
ワタワタと、ヤーは手を振って弁明する。まったく弁明になっていない弁明だったが……
「……」そんなヤーを見て、ユーサーの表情が少し和らいだ。「……ありがとうございます。ヤーさんの気持ちは、伝わりましたよ」
「ホント?」
これで伝わったの? 理解力高すぎない……って、言葉が伝わったんじゃないんだろうな。気持ちが、伝わったのだ。
「ふぅ……」ユーサーは大きく息を吐く。そして目をつぶって、「……」
しばらく集中状態に入った。立ったまま目をつぶって、数分が経過した。
……集中力が高まっているのが伝わってくる。威圧感と、どこかで感じたことのある空気があたりを包む。
「……よし」ユーサーはそのまま目を開ける。凛々しくて、カリスマ性がある……そんな強い目だった。「……準備は万全です」
なんとも頼もしい空気感だった。やっぱりユーサーは、誰かの上に立つカリスマ性を持ち合わせていると思う。ついていきたくなるような雰囲気が、彼女から滲み出しているのだ。
この雰囲気、そしてこの目……
やっぱり、似てるよな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。