第34話 なぜ私はこんなものを持って、キッチンに?

 それから、1週間が経過した。その間にゲーム『ブルーオーガ』の攻略情報を調べたり、実際にプレイしてみたり、ユーサーは忙しそうにしていた。そしてその合間に動画編集もやって……って、ユーサーの負担が大きすぎる気がする。


 しかし多忙であることをユーサーに言ってみても、


「大丈夫です」

 

 としか言ってくれない。たしかにユーサーの体力がとても豊富にあることは認めるが……それでも大変なのではなかろうか。できる限り手伝っているつもりだけれど……


 1週間の間に、当然他の動画も投稿している。あくまでも『ララ・ラララ』はサブチャンネル扱いなので、本題のチャンネルを疎かにする訳にはいかない。


 そしてそのメインチャンネル『勇者』にて『ララ・ラララ』の配信が行われることは告知してある。いわば宣伝だ。登録者は10万人近いので、そこそこの宣伝になったと思う。


 あとは配信をするだけ……なのだけれど、問題が1つある。


「あの……ユーサーさん?」

「……」

「あのー……聞こえてる?」

「……」

「えーっと……なんというか……」

「あ……」ようやくヤーの呼びかけに気づいたユーサーだった、「なんでしょう」

「それ……黒板消しだよ?」

「え……?」ユーサーは自分の手にある黒板消しを見て、「……なぜ私はこんなものを持って、キッチンに?」

「……さぁ……」


 わからないから聞いている。ユーサーがフラフラと黒板消しを持ちながらキッチンに入っていったから、何事かと思って追いかけたのだ。するとキッチン内で黒板消しを持って立ち尽くすユーサーを見つけた。だから声をかけた。


 そう。最近の問題とは……ユーサーが明らかに緊張して、なにもかも上の空なことである。


 いや……さすがにここまでボーッとしているのは今日が初めてだが……まぁしょうがない。だって配信は今日の夜なのだから。それで緊張しているのだろう。


「……大丈夫?」

「だ……」顔が青い。「大丈夫……では、ないようですね……かつてないほど、緊張しています」

「……」


 ……そこまで苦手なことに挑戦してくれていたのか……ちょっと申し訳なくなってきた。もうずっとユーサーの声が震えている。


「……今日の夕食は僕が作るよ。だから……ユーサーさんは配信に集中して」

「……あ、ありがとう、ございます……」

「……」

「……あ、あの……ヤーさん……」ユーサーはモジモジしながら、「……やっぱり……配信をやめるということは、できますか?」

「いいよ」それは即答できる。「ユーサーさんが嫌なら、無理してやる必要はない」


 もう宣伝はしてしまったが、そんなことは関係ない。体調不良だとでも言えばいいのだ。結果として視聴者の反感は買うかもしれないが、そんなことはユーサーの心の平穏に比べればどうでもいい。


 だから直前になってやめてもらっても、まったく問題はないのだが……

 

「……いえ……やっぱり……やります」

「そ、そうなの……?」

「はい……ヤーさんに苦手なことに挑戦させておいて……私だけが逃げるわけには……」律儀すぎる。ヤーは苦手なことになんてあんまり挑戦してないのに。「いやでも……しかし……あぁ……やっぱり……おぉう……」

 

 またフラフラとユーサーは移動を始める。その場にとどまっているのが落ち着かなくて、ただただ家の中をウロウロしている。ずっと黒板消しを持っている。


 ……今日はずっとそうだ。完全に上の空ってやつだ。今日の夜の配信を気にしすぎて、ユーサーがおかしくなっている。


 いや……これが正常だろう。だって、配信と軽く言っても……全世界に向けて配信するのだ。世界中の人間が見えるようにするのだ。緊張しないわけがない。むしろ緊張すべき事柄なのだ。


 しかし……ユーサーはやる気になってくれている。ヤーのために頑張ろうとしてくれている。


 ……なんとか緊張をなくしてあげたい。できる限りリラックスした状態で配信に望んでほしい。そうじゃないと、視聴者もユーサーも得しない。

 どうすればいいのだろう。どうすればユーサーをリラックスさせてあげられる? 考えてみるが、ヤーにそんなことは思いつかない。


 とにかく、なにか話さなければ。会話していれば多少は気が紛れるだろう。


 そう思ってユーサーを探す。家の中を見て回るが、


「あれ……」


 いない。家の中にユーサーがいない。


 ……配信の緊張感に耐えられず逃げ出した? いや……違うな。ユーサーはそんなことしない。ヤーとしては逃げてほしかったけれど。ユーサーの弱い部分だって受け入れるつもりだけれど。というより、少しくらい弱みを見せてほしいけれど。


 きっと外の空気でも浴びているのだろう。外で深呼吸でもしているのだろう。


 自分も初めての動画投稿のときは、そうしていたな、とヤーは懐かしむ。緊張感に押しつぶされそうになって、自然の中で深呼吸をしていた。


 たぶんユーサーも、同じなのだろう。しっかり者で、いつもヤーを支えてくれるユーサー。


 たまには、こちらが支えなければ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る