第23話 僕


 その後かなりの時間を要して、少しずつ各キャラクターの技を発動させていく。すべての技の収録を終えたのは、結局夕食の直前だった。


「お疲れ様です」夕食を準備してくれたユーサーが、「これで……ある程度の量の動画が撮影できました。編集については、また翌日お話させてください」

「わかったよ……」


 ヤーは動画撮影中ほとんど喋ることができなかった。本来は撮影中の言葉をもとにユーサーが後付けで機械音声を付ける予定だったのだが、それもできない。ヤーと話し合わなければいけなくなったのだ。


 もっと器用にゲームができればこんなことにはならなかったのになぁ……なんてことをヤーは思う。ユーサーにも多大なる迷惑をかけてしまっている。

 

 しかしユーサー本人は、


「その努力……頭が下がります」かなり表情が柔らかくなってきたユーサーである。「私も頑張らなければ……」

「……」そんなユーサーの姿を見て、ヤーは思わず聞いた。「……ねぇ……差し支えるなら答えなくていいんだけど……」

「なんでしょう」

「どうして……キミはそこまで僕に良くしてくれるの?」

「……」少しばかりユーサーにとっても話しづらい話題だったようだ。「それは……私にとっても、この動画投稿が……生きるための最後の手段だからでしょうか」

「……」

「私も……いろいろと事情があって町にはいられません。帰る家も、私を待っている存在もない。だけど……私はまだ死にたくない。だからお金を稼がないといけないので……」それからユーサーは結論を出す。「そうですね……勇者の知名度と貯蓄を利用させてもらっている……というところでしょうか」


 その言葉に嘘はないのかもしれない。勇者の知名度が欲しかったという言葉は本当なのかもしれない。だけれど……それだけでは足りない気もする。


 ユーサーは続ける。


「私がヤーさんの家に来たとき……私はもうしばらく何も食べていませんでした。お金もなくて家もなくて……だからお金と知名度を持っていそうな勇者様のところにきました。そして動画投稿を手伝えば、私も報酬をもらえる……報酬目当てですので、ヤーさんが気にする必要はないのですよ」


 報酬目当てなら、もっと再生回数を持っているone-tuberワン・チューバーのところに行けばいいと思うが……再生回数より勇者の知名度? 納得できなくもないが……違和感もつきまとう。

 

 ともあれ……これ以上の追求は野暮というものだろう。


「じゃあ……こっちも再生数のためにユーサーさんを利用させてもらってるから、お互い様だね」

「そういうことですね」

「まぁ僕は……」慌てて、ヤーは言い直す。「俺は……」

「……前から気になっていたのですが……僕、でもいいですよ。むしろなぜ、無理をしてまで俺という一人称を使っているのですか?」


 無理しているのはバレていたらしい。そりゃそうか。似合わないと自分でも思うし、たまに言い間違えていたからな。


 俺という一人称を使う理由……


「……そっちのほうが勇者らしいってさ……」少し過去を思い出して、感傷的な気分になる。「僕だと幼すぎるって……俺のほうが力強くて勇者っぽいからってさ。まぁ別にこだわりはなかったから受け入れたけど……結局慣れなかったよ」

「なるほど……」ユーサーにも覚えがあることだったらしい。「では……私の前では無理をしなくていいですよ。僕のほうが……あなたに似合っている。それに……」

「それに?」

「自分を偽るのは、辛いときもありますからね」


 同意しよう。自らを偽るのは……悪いことばかりじゃない。それは認めるが、当然良いことばかりでもない。自分を偽っていると、自分の本心がわからなくなることもある。自分がどんな人間なのか、わからなくなることがある。


 だから……


「じゃあ……お言葉に甘えて」僕、と自分のことを呼ぶことにしよう。「といっても……10年俺を使ってるからね……間違えちゃうかも」

「問題ありませんよ。この場にいるのは私とあなただけ……自分のことをなんと呼ぼうが、私にさえ伝わればいいのです」


 たしかにそうだ。吾輩でも拙者でも俺様でも俺でも僕でも、なんでも良い。ユーサーがヤーのことだと理解できればそれでいいのだ。


 それにしても……ユーサーが自分の正体について明かしてくれるのは、かなり先のことになりそうだ。まぁ最後まで隠してくれてもいいのだけれど……隠すことが辛くなったら打ち明けてほしい。


 そんな日が来るのかは、謎だけれど。

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