第13話 ギャップ
そのまま夕食を食べて、翌日。朝食を食べていつもの作戦会議に移る。
「では……動画のコンセプトも決まり、最初の動画も数本撮影できました。この調子で、護身術、トレーニングの動画を量産していきましょう」
「……そんなに出せるかな?」
「ダイエット用や軽い運動用……いろいろなニーズに対応していけば、ある程度は増やせると思います」それからユーサーはまた黒板の前に立って、「では……本日は少し語らせていただきます。『まさかを見せる』についての講座です」
「わかった。ありがとう」
ユーサーは動画投稿において『やはりに応える』『まさかを見せる』ことが重要だと言っていた。やはりに応えるはすでに教えてもらっているが、まさかを見せるに関してはこれが初めての講義だ。心して聞こう。
「なんとなくヤーさんもお察しかもしれませんが……まさかを見せる、というのはギャップです。普段見慣れない投稿者の姿を視聴者に見せるのです」
「ほほう……例えば?」
「そうですね……かわいい声で売っている投稿者の、ふとした時のイケボ。普段あまりうまくないゲーム実況者が、突然見せる神プレイ。いつもは頼りになるプレイヤーが、そのゲームだけは苦手……そのようなギャップは投稿者への親近感に変わります」
「なるほど……」
なんとなくわかる。完璧超人だと思っていた人物が、他の分野で失敗していると『この人の同じ人間なんだ』と思うことができる。結果としてその投稿者の得意分野が、さらに好きになるということだろう。
「ここで注意点です」ユーサーは『注意点!』と黒板に文字を書く。「炎上につながるギャップは論外です。あくまでも微笑ましい、少し誇らしい……ちょっとしたギャップが理想です」
「炎上……なるほど。清廉潔白なキャラクターの人の不倫とかは、大きく報道されるものだからね」
「そうですね……イメージとかけ離れた不祥事は、一気に燃え広がってしまう。そのあたりのリスク管理は……なかなか気をつけていても難しい。そして燃え上がってしまえば……それは一生の傷になる」
「……怖いね……」
「そうですね……インターネットは便利ですが、当然恐怖も含んでいる。お互いに気をつけましょう」
気をつける……炎上のことなんて今まで考えたこともなかったが……これから動画投稿で生きて行くつもりなら必要になるだろう。
「じゃあ……俺の『まさか』ってなにかな? 炎上するまさかと、微笑ましいまさか……どっちもわからないんだけど……」
「そうですね……私もまだヤーさんのすべてを知っているわけではないので……」そりゃそうだ。出会って数日である。「炎上するまさかは……本当に思いつきませんね。今さら勇者がなにで炎上するのか……強いて言うなら女性関係でしょうか? ですが……」
「この山奥に、人なんてこないし」
「そうですね……まぁ、考えておきます」自分も考えておこう。「では……『微笑ましいまさか』『誇らしいまさか』ですが……」
ユーサーは少し考えてから、
「ヤーさんは……ゲームが得意ですか?」
「苦手です」肩をすくめて、「実は……1回だけゲーム実況に挑戦しようとしてみたんだよ」
「どうでした?」
「操作が難しくて、全然進まなかった。しゃべりのほうもダメダメだったし……難しいね」
普段何気なく見ているゲーム実況者……その凄さを知った。あんなに大変なものを毎日投稿するなんて、はっきり言って普通じゃない。それに気づいてから、ゲーム実況をもっと尊敬して見るようになった。
「なるほど……『まさか勇者がこんなにゲームが上手いとは』というギャップは難しそうですね……」
「そうだね……」そもそも操作方法でつまずいたので、どのゲームをやっても無理だと思う。「俺のギャップ……なんなんだろうね……」
「ふむ……まぁ急いで考える必要もないでしょう。今はとにかく、やはりを満たすのが先決です。まさかを見せるのは……そうですね。10動画中1回や2回あればいいでしょう。しかも、最初のほうはすべてがやはりでいい」
「たしかに……やはりがないと、まさかもないものね」
「そういうことです」
普段の姿を知らないのに、どうしてギャップを感じられるだろうか。まずは普段のイメージを作ることが先決なのだろう。
「そういえばさ……気になっていたことを聞いてもいいかな?」
「どうぞ」
「もしも……『やはり』がなかったらどうするの? 俺は偶然にも勇者っていう称号を持っていたけれど……それがなければ、俺はなにもなかったんだよ。そういう場合は、どうしたらいいの?」
「平凡であることを武器としてください」即答だった。すでに答えが用意されていたようであった。「当たり前に驚いて、当たり前に悲しんで、当たり前に感動してください。そうすれば『やはりこの人は自分と同じ』という特性を手に入れられます」
「それでうまくいく?」
「それが嫌ならば、なにかしらの個性を動画撮影用に作ってください。とにかく……平凡であることは、その人の個性です」
「個性がないのが個性ってこと?」
「そうです。そして、個性がないことに共感してくれる人は多くいる。実際に個性がない人なんていませんが……個性がないと思いこんでいる人はいますから」
「個性かぁ……」自分の個性は勇者以外にあるのだろうか。「まぁ……なかなか難しいよね」
結局ありきたりな言葉を言って、その会話は終わった。
さて……午後はまた動画撮影の時間である。
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