第12話 勇者

 しばらく動画撮影に没頭する。筋トレや柔軟体操……戦い方の基礎から考え方……それらをいろいろと実戦していく。例によってヤーは黙って型だけを披露していた。


 そして、


「お疲れ様です」ユーサーがカメラの電源を落として、「本日の予定は終了です。ありがとうございました」

「こちらこそありがとう」昼過ぎからはじめて、現在はすでに夕暮れが見え始めている。「……結構時間がかかるもんだね……」

「そうですね……本日は初日ということもあって、いろいろと不手際や意思疎通のための時間もありましたからね……明日からは、もう少し楽になりますよ」

「そうなんだ……でも、体力的な余裕はあるから、もっと撮っちゃってもいいよ」

「頼もしいですね」珍しくユーサーが笑う。とてもかわいらしい。「では、場合によってはもっとハードになりますので……お覚悟を」

「わかった」それからヤーは機材の片付けを手伝いながら、「ユーサーさんも……体力あるよね」


 動いていたのはヤーとは言え、当然ユーサーだって疲れているはずだ。ずっとカメラの操作や動画の内容などを考えていたのだから、相当疲れているはずだ。

 だが、ユーサーから疲れの色はまったく見えない。


「そうですね……体力は、まぁ生まれつきありました」

「そうなんだ」


 なんとなく触れてはいけない方向に話が進んだ気がしたので、ヤーはそこで会話を打ち切った。たぶんユーサーの出生については触れないほうがいいのだろう。


「そういえば……」ユーサーが言う。「チャンネル名のことなんですが……」

「ああ……」そういえば、まだ決まっていないのだった。「どうしようか……」

「1つ提案があります。もうシンプルに……『勇者』でいいのではないでしょうか」

「おお……本当にシンプルだね」

「はい……前日にヤーさんの意見を否定しておいて、私がシンプルな意見を出すのは気が引けますが……」

「別に気にしなくていいけど」

「ありがとうございます……」それからユーサーは、考えに至った理由を語り始める。「本日動画を撮影していて……勇者の技量に感服しました。さすが勇者だと……やはり勇者だと思いました。あなたの武勇を一言で表す単語は……勇者にほかならない」

「……」

「ヤーさん自身は……もしかしたら不満のある称号かもしれません」たしかに、勇者という称号に不満がないわけじゃない。自分は勇者なんかじゃないと叫びたくなるときもある。「ですが……今はその名声を利用させてください。その……申し訳ありません……」

「謝らなくていいけど……使えるものは使っていこう。一応、俺の称号であることはたしかだし」

「……では、決定でよろしいでしょうか? あまりチャンネル名をコロコロ変えるのもよろしくないので……なかなか変えられなくなると思いますが……」

「じゃあ、今のままやる?」

「……それも選択肢の1つです」

 

 冗談のつもりだったのに、本気で答えられてしまった。どうやらユーサーは、かなり真面目な人物らしい。ちょっと天然なのかもしれない。


「冗談だよ。今のままじゃあ……生きていけないことはわかってる」


 町で働くこともできない。町には行きたくないし、受け入れられない。そんな勇者が生きていく方法は、もう1つしかない。いや、もっとあるのだろうけど……今やりたいことは動画投稿なのだ。


 そのために協力してくれるというユーサーが、一生懸命考えてくれたチャンネル名なのだ。当然否定するはずがない。このチャンネル名こそが至高だと、心の底から思える。


「じゃあ……さっそくチャンネル名は変えておくね」

「……ありがとうございます……」


 相変わらず照れた顔がかわいいユーサーだった。


「ついでに、もう動画も投稿する?」

「それは少し待ってください。動画のストックが、もうちょっと溜まってからにしましょう。投稿時間の相談もありますから」

「わかった」


 というわけで……『かつて魔王を倒し世界を救い伝説となった最強無敵の伝説の勇者ちゃんねる2』改め『勇者』……って、かなり短くなったな。


 ともあれ……勇者、始動である

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