第11話 終わりだぜ!

 昼食の片付けと腹休めを終えて、ユーサーが言う。


「では……撮影場所はどうしましょう」

「え……ここでいいんじゃないの?」

「それもいいですが……せっかくですし屋外でやりましょうか。本来なら屋外だと騒音で撮影なんてできませんが……この山奥なら大丈夫でしょう。開放感もありますからね」


 というわけで、家の外に移動する。一面緑に囲われた、静かな山奥である。人なんて本当にめったにこない。魔王討伐直後はそこそこ人が来たが、今は年単位で来ていない。ヤーが人を見るのは、買い出しで町におりたときだけだ。


「ではまず……護身術の撮影です」

「避けてからの足払いだね。服装はこのままでいいの?」


 現状のヤーの格好は普通のジャージである。動きやすくはあるのだが、動画的には盛り上がらないかもしれない。勇者時代の装備でも引っ張り出してこようか。


「そのままでいいのではないでしょうか」ユーサーは三脚にカメラを固定しながら、「あまり格式張ったものだと、視聴者が身構えてしまいますからね」

「なるほど」

「それにしても……これ、良いカメラですね。これも魔王討伐の報酬ですか?」

「そうだったと思うよ」

「……ありがたいことですね。初期費用はほぼゼロだ」


 ありがたいとヤー自身も思う。本当に初期費用はほとんどかかっていない。強いて言うなら命がかかっていたが、まぁ安いものだ。


「では撮影を開始しますが……準備はよろしいですか?」

「準備はいいけど……どんな感じでやればいいの?」

「では……まずは普段どおり、あなたの自由にやってみてください。いきなりOKということはないと思いますので、気楽にどうぞ」

「わかった」

「では行きます……スタート」


 そしてユーサーがカメラの録画ボタンを押す。それをみてヤーがカメラに向かって語り始める。できる限りかっこいいと思うポーズを決めて、カメラを指差してから、


「や、やぁ……! 勇者だ!」


 ユーサーが動揺したのが見たらわかった。カメラとヤーを交互に見て、口をパクパクさせていた。しかしヤーはそのまま続ける。


「こ、今回は……! 紹介するぜ! え……あ、その……なんだっけ……? その……キックだ! じゃなくて……護身術だぜ……!」

「……」

「これをこうやって……こうだ……ぜ!」

「……」

「終わりだぜ!」

「……」

「……」


 しばらく無言の時間があった。風が吹いて落ち葉が舞い上がっていた。


 そして、ユーサーが言う。


「……今のは……なんでしょうか……」

「……動画だけど……テンション上げたほうがいいかなって……」

「……その努力は買いましょう。必死に考えて出した結論ですから……方向性が悪いわけじゃない」割と肯定的な意見を返してくれるユーサーだった。「ですが……少しあなたの良さとは違うものですね……」

「俺の良さ……?」

「……良さ、というよりイメージです。元気な姿もギャップがあって良いですが……その姿を見せるのはもう少し先ですね。今は……寡黙なキャラクターで行きましょう」

「寡黙……」

「はい。技の説明や使い所は、私が編集で補います。ヤーさんは主に実戦部分をお願いします」

「……わかりました……」


 ちょっとへこんで、思わず敬語になるヤーだった。その様子を察して、ユーサーが言う。


「テンションを上げるのが悪いわけじゃないのです。実際にプライベートでは物静かで、動画撮影になるとテンションを上げる投稿者もいます。動画に合わせて自分を演じるのは必要なことですよ」

「……どうも……」慰められている。「……じゃあ、俺のセリフは……」

「なしです。申し訳ありませんが、一言もしゃべらないでください」

「……はい……」


 ということで、撮影再開……なのだが、


「そういえば……相手がほしいんだけど……」

「相手……」ユーサーは目をそらして、「……諸事情がありまして……私は動画に登場するわけにはいかないのです。ご了承ください」

「ああ……そうじゃなくて……分身していい?」

「ぶ……できるんですか?」

「できるよ」


 いうより早く、勇者ヤーは分身を作り出す。全身が紫色の、ゴム人形のような人間だった。形そのものは完全に人間だが、とても人間とは思えない。


 ヤーの分身をユーサーは驚いてみていたが、やがて


「……すごいですね……さすがは、勇者」そう言ってうなずいた。「では……今度はその分身相手にやってみましょう。形だけでいいです。くれぐれもしゃべらないように」

「わかってるよ」


 そうして、淡々と動画撮影をこなしていく。戦闘となれば勇者の分野である。しかも相手は自分が作り出した分身。技を披露するなんて簡単にもほどがある。


 あっさりと護身術の基本の型を披露して、


「OKです」


「……」その声に、ヤーはホッとして、「ありがとう」

「こちらこそ。それと、体力にはまだ余裕がありますか?」

「それは余裕だけど……」


 10年で体がなまっているとはいっても、まだまだ常人を遥かに超える体力がある。全盛期に比べれば落ちたけれど。


「では……続けて筋トレや柔軟の動画も撮影しましょう。動画のストックを作っておきましょうか」

「動画のストック……」


 作ったことなかったな、とヤーは思う。今まではその日に動画を撮影して、その日に編集もせずにアップロードしていた。


 当日に撮ることにもメリットはある。それはリアルタイム感が出ることだ。今日の朝の話題を今日の動画で取り上げることもできる。

 まぁ一日で確実に動画を撮影できる技量がないと成り立たない芸当だが。


 とにかく……ユーサーとの初日の動画撮影は、こんな感じでスタートした。


 はてさて……これからどうなることやら。

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