第10話 宝の持ち腐れ

 ユーサーが昼食の準備をしてくれている間に、ヤーはいろいろと勉強を始める。タイピングの練習や、文書編集の勉強である。


 根気だけはあるつもりだ。不器用だけれど、最低限はパソコン機器を使いこなせるようにならなくては。今まではなんとなくでやっていたけれど、チームを組む以上はある程度の知識や技術が必要になる。


 とはいえ、パソコンの類は苦手だ。ヤーが勇者として戦っていた頃には有名じゃなかかったし、やり方を教えてくれる人なんていなかった。


 しかし今は、


「インストール先のフォルダって何?」

「そのソフトがインストールされる場所です……特にこだわりがなければ、初期設定のままで良いと思います」

「ショートカットの作成ってなに?」

「デスクトップ、あるいは自分の好きな場所にショートカットを作成します。ショートカットというのは……そうですね、そのアイコンを押せば、簡単にソフトが起動できるようになるものです。使用頻度が高いなら、作成して良いと思います。邪魔なら消せば良いので」

「ありがとう」


 昼食作りの最中に、いろいろとユーサーに聞くことができる。ユーサーはパソコンに詳しい……少なくともヤーよりは詳しいので、聞けば大抵答えてくれる。ありがたい限りである。


 ただし、


「……ヤーさん……今までにソフトをインストールしたことないんですか?」

「……あるけど……意味がわからずにやってたし……」

「私に聞くのは構いませんが……多少は調べてくださいね。いつでも私がいるとは限りませんから」

「……わかった……」


 こうやって耳に痛い正論を言ってくるから心臓に悪い……いや、ありがたい。たしかにユーサーに頼ってばかりではいけない。なんとかして自分でもパソコンを扱えるようにならなければ。


「おまたせしました」ユーサーはできあがった昼食をテーブルにおいて、「スパゲティです」

「ありがとう」


 礼を言って、ヤーは席に着く。

 目の前には美味しそうなスパゲティ。自分でも作ったことがある料理だが、料理人が違えばここまで匂いに違いが出るのか。冷蔵庫の食材はヤーと一緒のものを使っているはずなのに……


「いただきます」手を合わせて、一口食べる。「……おいしい……」


 自分で作ったものとはレベルが違う。風味が違う。味が違う。食べやすさが違う。なんでだろう。どうしてここまで差が出るのだろう。


 ……まぁいいか。そこまで食にこだわっているわけじゃない。食べられたら良いと思っている。もちろんおいしいに越したことはないけれど。


「……そういえば気になっていたんですが……」ユーサーが言う。「ヤーさんは……魔物を倒して、その映像をアップロードしていましたよね」

「そうだね」

「どうやって動画を撮影していたんですか? 見たところ、一人暮らしだったようですが……」

「ああ……魔法でカメラを移動させて、それで撮影してたよ」

「……高等技術での撮影だったんですね……あそこまでブレのない映像を撮影できるほどとは……」


 なんか驚かれている。どうやら物を安定して浮かせる魔法は結構高度なものらしい。勇者としてはそれくらいできないと殺されるから、当然のようにできるのだが。


「三脚等はありますか?」

「あるよ。使ったことないけど」大抵は魔法でなんとかしていた。「ちょっとまってね。後で出してくる」

「ありがとうございます」


 それから、沈黙。その沈黙が怖いのか、あるいはシンプルに情報収集か、ユーサーが話しかけてくる。


「ヤーさんのパソコン……なかなか性能が良いですね。ノートパソコンもデスクトップも……悪くない性能だ。少し古いように見えますが……」

「ああ……これも勇者時代の報酬だよ。当時の最高スペックだって。その頃はよくわからなかったけど……すごいの?」

「……すごいですよ」ポーカーフェイスのユーサーが驚くほどらしい。「10年前のパソコンですか? なのに今のパソコンと同等かそれ以上の性能がある……まさにオーパーツ……宝の持ち腐れ……」


 ほしかった……とユーサーは小さくつぶやいた。どうやらパソコン好きからすれば垂涎の一品らしい。ヤーは完全に性能を持て余しているので、もはや譲ってあげたいくらいだった。


 しかし譲るとなってもおそらくユーサーが断るだろう。命がけの報酬をもらうわけにはいかないと言うだろう。絶対にユーサーが使ったほうが性能を引き出せるのだが……まぁいいや。


「10年前にも、先見の明がある人物がいたのですね」スパゲティを食べながら、ユーサーは言う。「電波もパソコンも……当時はそこまで重要なものではなかった。なのに、この場所には両方ある」

「そうだね。こんなに山奥なのに」

「山奥……そうだ。これも気になっていたのですが……どうしてヤーさんはこのような山奥に? 魔王を倒した勇者なら、国の中心に豪邸をもらってもおかしくなさそうですが……」

「ああ……もらえることになってたんだけど、断ったよ。少しばかり人間というものが、信用できなくなってたから」

 

 魔王を倒して英雄になって、その力を利用しようとする人間が多かった。勇者が浴びたのは称賛ばかりではなかったのだ。


「それに……守れなかった人もいる。無邪気に大勢に囲まれて称賛されるのが……苦痛だったときもある」

「……なるほど……余計な詮索でした。無礼をお許しください」

「いや……いいよ」


 守れなかった人間のほうが、多いかもしれない。そう考えると、称賛はあまり受け取れなかった。無邪気に喜ぶ人々の顔が憎くなったこともある。だから……町には住めない。


 ……まぁ平和を喜ぶのは良いことなのだ。だから町の人達が悪いわけじゃない。それを受け入れられない自分自身が悪いのだ。ヤーはそうやって自分自身に言い聞かせていた。


「ごちそうさまでした」そんな世間話をしているうちに昼食を食べ終わり、そしてユーサーが、「さて……ではここから実際に動画を撮影してきます。準備はいいですね?」

「もちろん」


 準備ができていなくてもやるけれど。人生において準備が完璧に整うことなんて、ほとんどない。ありえないと言ってもよいほどの確率だ。

 とりあえず舞台が整えばやればいいのだ。舞台が整ってなくても、やってもいいくらいなのだ。少なくとも魔物は待ってくれない。準備ができていなくても、今できるすべてを注ぎ込むしかない。


 ということで……動画撮影開始である。

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