第7話 YOUKIN

 しばらく時間が経過して、


「よし……」勇者ヤーがうなずいて、「一応できたよ」

「お疲れ様です」ユーサーはしっかりねぎらってから、「お聞かせください」

「うん。まず護身術。相手が自分の顔を狙ってきたら、かわして相手の足元を蹴りつける。そして転ばせて……」

「転ばせて?」

「逃げる。まぁ、転んだ相手にそのまま関節技がかけられるならかけてもいいけど……」

「一応相手を制圧する方法も考えましょう。しかし、逃げるというのは賛成です。問題は相手のパンチを避けるという行為のハードルの高さですが……それができないようなら護身術は身につけられませんからね」


 ユーサーは黒板に『護身術1 足払いからの逃走』と書いて、


「いいですね。時間を取って動画を撮影しましょう。動画編集はおまかせください」

「あ、それは助かる」


 ヤーは動画編集が苦手なので、誰かにやってもらいたいと思っていた。


「では次ですね……筋力トレーニング」

「うん。素振り」


 簡潔な答えに、ユーサーの返答が一瞬遅れた。


「素振り、ですか?」

「うん。俺はトレーニング方法とかよくわからないけど……実戦的なトレーニングが一番良いと思ってる。だけど戦う相手はもういない。だから……素振りが一番俺の考えに近いかなって。そうしたら必要な筋肉がつくから」

「なるほど……あくまでも実戦的……」ユーサーはうなずいて、「いいですね。勇者らしさがあります。勇者のトレーニングは『やはり実戦的だ』という視聴者の要望も満たせます。魔物がいないとは言え、力を求める人はいますからね。城の兵士等も食いつくでしょう」


 さらにユーサーは黒板に文字を書き加えていく。『筋力トレーニング1 素振り』『動画コンセプト 実戦的な力を身につける』


「動画コンセプトは『実戦的』です。もしも戦いの場面に出くわしても、なんとなく対応できそうな動画を目指していきます。それに対応して……動画に説明も付けましょう」

「説明?」

「はい。たとえば『このトレーニングは〇〇の場面で使う』『〇〇なときにこれは役に立つ』というように、具体的な使用例を提示しましょう。あなたの戦いの実体験があれば、さらに良いです」

「なるほど……『この素振りは一対一の戦いを想定している』『相手が正面から来たときの迎撃用』とか、そういうことだね」

「そのとおりです」


 勇者の使用例付きなら、さらに信憑性が増すということか。たしかにそうかもしれない。相変わらず勇者は自分自身なので実感はいまいちだが。


「では……次に柔軟ですね」

「柔軟は……最初に目標を定めると良いと思う」

「目標ですか……」

「うん。たとえば『蹴りを相手の顔まで届かせたい』とか『180度開脚したい』とか。漠然と『柔軟をする』っていう目標は広すぎるからね」

「なるほど。それからどうしますか?」

「理想のフォームを真似してみる。それも、ゆっくりと。絶対に勢いはつけないこと」

「……ゆっくりと蹴りを行う、ということですか?」

「蹴りを例に出すとそうだね。最初から勢いよくやると怪我しちゃうし……」

「わかりました」意外にも自分の提案が受け入れられて驚いているヤーだった。「良いですね。実戦的というチャンネルのコンセプトとも合致している。唯一怪我をしないように注意喚起だけはしっかりとおこないましょう」

「……わかった……」


 ユーサーはまた黒板に文字を書き足す。『柔軟 目標を定めて、実際に真似をする(ゆっくりと無理のない範囲で)』


「では最後ですね。チャンネル名ですかつて魔王を倒し世界を救い伝説となった最強無敵の伝説の勇者ちゃんねる2に代わるチャンネル名を教えてください」

YOUKINゆうきん

「ゆ……」珍しく動揺したユーサーだった。「……一応聞きますが、由来は?」

「勇者の『ゆう』と、英語の『YOU』を合わせたのと……筋肉の『筋』」

「……悪くない由来ですが……ちょっと怪しいかと」

「やっぱり?」

「はい……他のにしましょう」


 ということなので、第二案を提示する。


「じゃあ……シンプルに『勇者のトレーニング』とか?」

「……それは分岐点になりますね」

「分岐点?」

「はい。勇者のトレーニングに名前を決定すると、トレーニング動画しか投稿できなくなります。他の分野に手を出すつもりなら、もう少し汎用的な名前が好ましいです。サブチャンネルという手段もありますが……まずはメインチャンネルのみを考えましょう」

「なるほど……ちなみに気になってたんだけど、勇者って名称は使わないほうがいい?」

「いえ、使いましょう。たしかに魔王派閥との争いが起こるかもしれませんが……それは今さらでしょう。このチャンネルの経営者が勇者であることは知られているのですから。なら、勇者という名前を有効活用したほうがいい」

「なるほど。わかった」


 ということなので、第3案を提示する。


「次は……『勇者のチャレンジ』とか」

「……なるほど。ゲーム実況等に参入できるので悪くないですが……今度はトレーニング系から離れすぎていますね」

「なら……『勇tube』とかは?」

「……おもしろいですが、なぜか怒られそうです」

「だったら……『勇者の技術大全』」

「ふむ……」ユーサーは吟味して、「なかなか良いと思います。技術的なことを求める視聴者も多いでしょうし、汎用性も悪くない。ですが……」

「ちょっとインパクトに欠けるかな?」

「そう、ですね……」ユーサーは軽く息を吐いて、「……申し訳ない。私が良い案を出せればいいのですが……」

「いや……これは俺が考えるべきことだよ。付き合ってもらってるだけありがたい」

「……お人好しなんですね」


 また照れたように目線をそらすユーサーだった。相変わらずツンデレっぽくてかわいい。


「うぅ……しかしチャンネル名……どうすれば……」ユーサーはひとしきり頭を抱えてから、「……ちょっと保留にしましょうか。今日はもう遅いですし」

「そうだね」気がつけば夜が更けている。「そういえば……ユーサーさんはこれからどうするの?」

「……できればこの家に宿泊させてもらえるとありがたいですね。ちょっと家がないので」

「わかった。いいよ。どうせ使ってない部屋があるから……案内するね」

「ありがとうございます。盗みを働いたりはしないので、ご安心を」

「最初から心配してないよ」


 悪いことをする存在かどうかは見抜けるつもりである。勇者の力と知名度を悪用しようとする輩は大量に見てきたから、ある程度の人を見る目はあるはずなのだ。


 そのヤーから見て、ユーサーは敵ではない。味方かと言われると微妙かもしれないが……とにかく動画投稿に協力してくれるのなら、ありがたい限りである。


「夕食を用意するよ」


 そういって、勇者ヤーは夕食の準備に取り掛かったのだった。

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