第6話 ツンデレかな
勇者ヤーは投稿動画の内容を考える。謎の少女ユーサーに提示されたのは『勇者によるトレーニング動画』である。求められているのは護身術や筋力トレーニング。
人を殺すものではない。あくまでも自分を高めるためのトレーニング。それらをヤーは普段使っていない頭を使って考える。
しばらくノートにアイディアを書き出していく。ヤーのペンの音と、ユーサーがパソコンに何かを打ち込む音だけが響いていた。
やがて、ヤーが一度伸びをして、
「……『やはりに応える』っていのうのはわかったんだけど……『まさかを見せる』っていうのは?」
「ギャップを見せるということです」ユーサーはパソコンの画面から目を離さずに、「そのことについては……後々説明いたします。最初は『やはりに応える』が最重要だと考えますので」
「なるほど。わかった」
ヤーがあっさり引き下がってノートに文字を書き始めたのを見て、ユーサーが、
「……私が言うことではないのですが……よく私のような不審者を信用してくださいますね」
「不審者? そうかな?」
「不審者ですよ。いきなり勇者の家に乗り込んできて、しかもこんな格好です」ローブを深く被って、顔も見えづらい。「そんなやつが、いきなり動画投稿のアドバイスですからね……なぜ受け入れてくれるのです?」
「キミが武器とか仕込んでないのは見たらわかるし……なにより、俺一人だと動画投稿も行き詰まってたからね。とりあえず、キミの言うことを聞いてみるよ」
「……ありがとうございます」
ちょっとだけ照れたように、ユーサーはフイッと顔をそらした。ツンデレかな、とヤーは思った。もちろん声には出さないけれど。
しかし不審者か……ヤーから見れば、たしかにユーサーは突然現れた不審者ではある。敵意を感じないといえば嘘になる。だけど、襲われても絶対に負けない自信があるからこそ、余裕を持って対応できる。
「ついでに聞きます」ユーサーが言う。「このチャンネル名……『かつて魔王を倒し世界を救い伝説となった最強無敵の伝説の勇者ちゃんねる2』なんですが……」
「それがどうしたの?」
「なぜ2なんです? 前も聞きましたが……原因が知りたいです」
「ああ……1回アカウント消されちゃって……暴力的なコンテンツだって。ちょっと魔物の血が多く映りすぎたらしいね」
「……なるほど……」ユーサーはとても納得したようだった。「では、なぜここまで長くなったのですか?」
「長いほうが検索で引っかかりやすいって聞いたから……」
「なるほど……ウェブ小説の手法を動画投稿にも転用したわけですね。悪くない手法ですが……少しチャンネル名を変えることも検討してみてください」
「ふむ……変えるとしたらどんなのに?」
「……候補はありますが……とりあえずヤーさんが考えてみてください。自分で納得することも重要ですからね」
「わかった」
ということで投稿動画の内容に続いて、新しいチャンネル名まで考えることになった。急に忙しくなったものである。
それにしても護身術……護身術……軽い筋トレ……柔軟……ううむ。なかなか難しい。魔物を倒しているうちに気がついたら強くなった勇者ヤーにとっては、とても難しいことだった。実戦に身を置け、というのは今の平和な世の中では厳しいのだろう。戦乱の世でも命がけだ。
たまに自分でも思う。魔王を倒さないほうが良い世の中……勇者にとって良い世の中になったのではないかと。世のため人のために戦うという大義名分があったら、勇者はずっと輝き続けられるのではないかと。
自らが望んで自らが達成した平和が、どういうわけか勇者を締め付ける。こんなに生きづらい世の中は初めてだった。
本当に戦うことしか知らないのだ。だけれど、今は動画投稿という戦場で戦わないといけない。泣き言を言っている暇はない。
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