第5話 最強の勇者が教える筋トレ

 トレーニング系one-tuberワン・チューバーになれ。


 一人暮らしには広すぎる勇者ヤーの家の中で、少女ユーサーはそう言った。


「……トレーニング系?」

「ヤーさんの『やはり』を視聴者に提供し、かつ安全な方法は現状それしありません」

「ほう……」それからヤーは、「ちょっと疲れてきたからお茶飲んでいい?」

「はい」

「ユーサーさんはなにかいる?」

「……では、紅茶をいただけますか?」

「いいよ」

 

 そう言って、ヤーが紅茶を二人分用意する。そしてお互いが一口飲んでから、ユーサーが続けた。


「まず……たとえばあなたがトレーニングをしようと思ったとします。そして参考動画を探す。その時……なんの実績もないヒョロヒョロの人の動画を見ますか?」

「見ないね」

「はい。ではどういう人のトレーニング動画を見るのか……それはムキムキな人です。あるいは、格闘家や冒険者といった、高いスキルを持っている人間の動画に行き着きます」


 言われてみればそうだろう。筋トレの紹介をしている人に筋肉がなかったら、紹介されているトレーニングの信憑性が薄くなる。その動画投稿者の肉体や経歴も重要になるのだ。


「最強の勇者が教える護身術……最強の勇者が教える筋トレ……」言ってから、ユーサーはヤーを見て、「どうです? 多少は興味を惹かれませんか?」

「……まぁ、たしかに」


 勇者は自分自身だから、あまり実感はないけれど。


「要するに、勇者オススメのトレーニング方法を実践すればいいのです。オススメの技もいいですね。なにかありますか?」

「オススメのトレーニング方法……それだと、ひたすら実戦になっちゃう」

「……」

「ずっと殺し合いをしてると、強くならないといけないから。だから……俺はそうやって強くなった」

「……」ユーサーはヤーを見つめて、「……そう、なんですね」

「うん。あ、ごめん、しんみりさせて」

「いえ……あなたの生い立ちが、ちょっとだけわかりました」


 勇者の生い立ち。常に死と隣り合わせ。油断すれば殺される。戦わなければ命はない。殺さなければ生きられない。そんな状態で、常に生きてきた。だから、強くなった。強くならないと生き残れなかった。


「では……オススメの技は」

「最終的には袈裟斬りを一番多用したかな」

「そうなんですか? 心臓とかを突きで狙うほうが効率が良さそうですが……」

「相手が魔物だったからね。心臓の位置が人間とは違うから……結局はできる限り広範囲をえぐり取るのが効果的で手っ取り早かった」

「なるほど……しかし、さすがに今の平和な世の中にはそぐいませんね。刀を持つものも、もはや少数派ですし」

「そんな平和なんだ……」

「はい。あなたがもたらした平和ですよ」


 自分がもたらした平和に苦しめられている状況なわけだ。今が戦乱の世の中なら、誰もが飛びつく情報だろうに。


「……なにか護身術のようなものはありますか? 相手を殺さないような……」

「殺さない……?」ヤーはちょっとだけ皮肉っぽく、「それが戦場で役に立つ?」

「……」

「ごめんごめん。とにかく、俺は……いかに魔物を効率よく殺すか。そればっかり考えてた。殺さないように制圧なんて……したことないよ」

「……そう、ですね……」ユーサーはなにか言おうと考え込んだが、すぐに、「……あなたにとっての戦いは、殺し合いですからね……」


 それから、また沈黙。別に仲良し二人組というわけではないので、会話が途切れることもある。ヤーは紅茶を飲んで喉を潤し、ユーサーはなにか考え込んでいた。


 そして、


「じゃあ、今から考えてください」

「……まぁ、そうなるよね……」

「わかってるなら、今すぐです」ユーサーは黒板に文字を書き加えていく。「必要なのは……そうですね。護身術、筋力トレーニング、柔軟……初心者でもすぐに取り入れられるものと、上級者向けのものを作ってください。危険がなく1人でできるものです。多少キツめで構いません」

「キツくていいの? 最初は簡単なほうが……」

「もちろん簡単なものも投稿します。ですが、簡単なトレーニングは他の動画投稿者にも投稿できますが、勇者による高度なオリジナルトレーニングは勇者にしか投稿できない。それこそがあなたの『やはり』なのです。『やはり勇者のトレーニングは厳しいが効果がある』というものがね」

「……なるほど……じゃあ、オリジナリティがあったほうがいい?」

「欲を言えば……そうですね。しかし変に奇をてらう必要はありません。効果があることを優先してください」

「わかった」

 

 ということで、ヤーはノートを片手にトレーニング案を出していくのだった。

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