第3話 完全に幻想ですがね
魔王討伐後10年が経過。その10年で急速に世界は発達し、戦うことしか知らなかった勇者は時代に取り残されてしまった。
それだけでも大変だというのに、勇者を取り巻く現状はさらに悪い状況にあるらしい。
「魔王派閥、という言葉をご存知ですか?」
「だからご存知だと思う?」
「そこまで自分を卑下することはないですよ。知らないことは知らない、知ってることは知っている、でいいのです」
「……じゃあ知らない。魔王派閥って何?」
「簡潔に申しますと……魔王の統治を評価する者たちです」
「統治……ああ、なるほどね」ヤーは思い当たる節があるようで、「たしかに魔王って……統率力あったよね。あれだけ多くの魔王軍を一人でまとめ上げて……」
戦争開始前は、魔物という存在はそこまで大きな存在ではなかった。数は多かったがまとまって行動はせず、人間個人個人が気をつける程度でなんとかなる存在だった。
だが、
「はい……魔王は烏合の衆だった魔物をまとめあげた。そして魔物たちに力を与え、統治した。魔物たちは自分たちの生活品質を底上げし、ついには人間たちと肩を並べるほどの文明を作り上げるに至った」
「……すごいよね……」
「はい。魔物サイドからすれば、魔王は英雄です。魔物を虐げていた人間たちをなぎ倒し、魔物たちを守った勇者です」
「わかってるよ、そんなこと」ヤーはあっさりと言い切った。「俺は誰かにとっての魔王……勇者だ魔王だなんて立場で変わる。そんなことはわかってる」
一瞬、沈黙が流れる。そしてユーサーがため息をついてから、
「とにかく……その魔王の統治力を評価する人間たちがいます。魔王が生きていて、そのまま世界を支配したほうが、より良い世界になったと主張する者たちがいます」
「それを魔王派閥って言うんだ……」
「はい」
「じゃあ」ヤーは肩をすくめて、「その人たちの中じゃ、俺はとんでもない大罪人ってわけだね」
「そうですね」ユーサーは即答する。「魔王派閥の中では……あなたは魔王だ。今すぐにでもぶっ殺してやりたいと、願っている人たちもいます」
「……まぁ、そう考えるのも仕方ないね」
「そうかもしれませんね。実際に魔王が人間を支配していれば、生活水準は上がって安定的な生活が生まれたかもしれません」
「人間が生き残ったかは不明だけどね」
「そのとおりですね」
魔王の統治は、魔物のための統治だ。当然、人間は含まれていない。
なぜなら、
「魔王の目的は人類滅亡でしたからね。もしも魔王が統治した世界で人間が生き残っていたとしても……良くて奴隷でしょうか」
「だろうね」
「……つまり、魔王派閥の言葉は的はずれなのですよ。魔王をよく知るものならわかる。魔王は人間の地位を向上させたりしない。勇者に討伐されなければ、人類は滅亡していた……それはたしかです」
「だけど……」
「はい。それをわかってくれない人がいる。魔王が生きていれば素晴らしい世界が待っていたと、本気で信じている人がいる。完全に幻想ですがね」
「どうだろうね……」
魔王が統治していれば、本当に人間たちの未来は良くなったかもしれない。そもそも、今の人間たちの現状も悪くないと思うが……現状に納得できない人は、どの時代にもいるものだ。
「問題はその魔王派閥は……そこそこ大きいということです。一般人視点からすれば気にするものではありませんが……」
「当事者からすれば、面倒ってことだね」
「そうですね……あなたが今、町におりてなにか職についても、魔王派閥は良い顔をしないでしょう。お店側にも迷惑をかける事になる。だからあなたは、働きたくても働けない」
「……まぁ、そうなるのかな」
「はい。というより……あなたが町に行くと大混乱が起きますからね……インターネット上ならある程度受け入れられると思いますが……それでも茨の道です」
「茨でも……その道しかないってことだね」
「そうですね。動画投稿でお金を稼ぐ……その道が一番かと」
それはなんとなくヤーもわかっている。だからこそ動画投稿を始めたのだ。
とはいえ、
「1つだけ言っておくけれど……俺は消極的な理由で動画投稿を始めたんじゃないよ。やってみたい、という気持ちがあったからはじめた」
「そんなのどちらでもいいですよ。現実から逃げた末の動画投稿でも、なんでもいい。要するに伸びる動画をアップロードさえできればいいのです。動機なんてどうでもいい」
「ああ……そう……」
動機なんてどうでもいい……たしかに言われてみればそうかもしれない。視聴者が喜んでくれて、自分自身が満足できる成果を得られたらそれでいいのだ。
まぁ……その成果が得られていないのが今の問題なのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。