第2話 愚問でしたね
勇者の前に突然現れた少女……黒いローブを深くかぶった女の子。12歳くらい……にみえる。幼いが整った顔立ちで、成長すればとんでもない美人になるだろうな。
「さて……とりあえず現状確認です」
「その前にさ……キミは誰? 初対面だよね?」
「初対面……」どうやらそうじゃないらしい。「まぁ、初対面ということにしておきましょう。話すのも面倒ですからね」
そういうことなら……まぁ詮索してほしくないようだし、聞かないでおこう。なんとなく想像はできるし。
「さて現状確認に戻りましょう。これからの動画投稿生活で、なにか行き違いがあれば困りますからね」
「はぁ……どうぞ」
「まず……あなたは勇者だ」
「そうだね。元勇者、になるのかな?」
「勇者がいつのタイミングで元勇者になるのかはわかりませんが……どうでしょう。面倒なので勇者とお呼びします」
「はぁ……じゃあ俺はキミのことをなんて呼べばいいの?」
「……なんでもいいですが……では、プロデューサーとお呼びください」
「……なんだか役職で人を見てるみたいで嫌だなぁ……」
「あなたの勇者も同じことでしょう」それから少女は目をそらして、「私もあなたと同じで、名前はありません。だから……役職で呼ぶしかないでしょう」
「……まぁキミが納得しているならいいけど」
それから、気まずい沈黙が流れる。自分の名前がないことに対して、少女は思う所あるようだった。
それを察知した勇者が、
「じゃあ……今つけちゃえば?」
「……え……?」
「自分の名前」
「ふむ……名前なんて個体が識別できればいいのですが……考えてみればプロデューサーでは他のプロデューサーと紛らわしいですね。勇者はあなたを指す言葉だから問題ありませんが」
「ああ……せっかくだし僕も名前つけようかな。なにがいいかな」
「……」少女は冗談っぽく、「ユウシ・ヤー、なんてどうです」
「いいね。それでいこう」
「……え?」少女は意外そうに、「……冗談のつもりだったんですが……」
「個体が識別できればいいんでしょ? ヤーでいいよ」
「……その方式で行くと、私はプロデ・ユーサーとかになってしまうのですが……」
「いいんじゃない? じゃあよろしく、ユーサーさん」
「は、はい……」少女――ユーサーは勢いに押されつつ、「よろしくお願いします……ヤーさん」
「……なんかヤクザみたいだね……まぁいいか」
お互いの呼び方が決まって、少しの沈黙。そしてユーサーが、
「って、違う。名前なんてどうでもいんです。今は現状整理をしようとしてたんです。全然話が進んでいない」
「ご、ごめん……」
「話を戻しますよ。あなたは勇者……それも伝説の勇者です。10年前に魔王を倒して世界に平和をもたらした……しかもあなたに肩を並べるものはこの世に存在しないとまで言われた最強の勇者です」
「いや……そんな褒められると照れちゃう……」
「褒めてないです。事実確認です」最上級の褒め言葉になっているが。「その最強の勇者は……平和な10年でなにをしましたか?」
「……なにも……」
勇者――ヤーは目をそらす。たしかにヤーはこの10年でなにも成していない。
「そうです。戦うことしか知らなかった勇者は、仕事も見つかりません。勇者時代のコネで就職しても、すぐに追い出された。そうですね?」
「……そんなに悪口を言わなくても……」
「悪口じゃないです。事実確認です」最上級の悪口になっているが。「とにかく……あなたが職につけなかったのはあなたのせいだけじゃない」
「じゃあ誰が悪いの?」
「誰も悪くない……強いて言うなら、あなたを利用するだけ利用した大人たち、でしょうか」
ヤーにはよくわからない話だ。本当にヤーは戦うことしか教えられてこなかったので、難しいことを考えるのは苦手だ。
「いいですか? あなたが魔王を倒し10年……その10年で文明は急速な発展を遂げました。インターネットが普及し、誰もがパソコンや携帯電話で連絡を取り合い、SNSと呼ばれるサービスも急速に普及している」
「SNSってなに?」
「……」ユーサーは一瞬呆れかけたが、「ソーシャル・ネットワーキング・システム……要するに、インターネットを通じて不特定多数の人とつながることができるサービスです」
「へぇ……」
「へぇ、って……あなたが利用している
「ああ……1万ラミア貰える方法とか……そんなやつ?」
「……」ユーサーはなにか言いたげだったが、「……あとでコメント欄を確認させてもらいますね……」
「う、うん……」
なにかいけないことを言ったのだろうか、とヤーは不安になる。しかしコメントで目につくのはさきほどのコメントだ。ちなみに1万ラミアはもらえない。
「ともあれ……現在は10年前とは比べ物にならないほどに技術が発展している。その発展に取り残されたのがあなたなのです」
「取り残されてる?」
「自覚がないのなら、もはや重症ですよ」
「そ、そうなんだ……」
まったく自覚がないヤーだった。ということは、重症である。重体じゃないだけマシか。
「あなたが今から社会に適応することは難しいでしょう」
「え……? そうなの?」
「はい……って」ヤーは意外そうに、「ご存知ないのですか?」
「よくわかんないけど……ご存知だと思う?」
「愚問でしたね」それはそれで傷つくけれど。「では……説明いたします。今のあなたの現状を」
謎の少女の話はまだ続くようだった。
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