誰が為に殺人は起こる(前編)

それは早暁のことだった。




ギルドより依頼を受けて、半日は掛かる現場まで急ぎ足で向かう冒険者チームが、途中の森の中で発見したのは、刺殺された遺体であった。




リーダーのユミトは考える。




この依頼は最重要案件だ。




だが、この遺体が身に着けているものは、見るからに高価、つまり貴族か豪商に違いない。




つまり見付けた以上、放置しておくのは罪に問われる可能性が高い。




どうすべきか。




彼は、戻って来たばかりの斥候に、街に戻って伝えるように指示する。




まだ街からはそれほど遠くない。




斥候を待っても急ぎ足なら間に合うはずだ。




斥候が走り去った後、ユミトは遺体の検分を始める。




これは冒険者としての常識であった。




遺体が傷む前に、死因をキチンと把握し、ギルドに報告する義務があるからだ。




「心臓を一突きか、手慣れた奴の仕業だな」




致命傷となった傷はひとつ。




それもナイフで心臓を突き刺した傷だ。




魔物の仕業ではないことは明らかだった。




血の固まり具合からみて、それほどの時間は経っていないはず。




ならば、まだ犯人は近くに居るかもしれない。




仲間に注意するように促し、彼もまた息を潜めて気配をうかがう。




夜明けとは言え、まだ暗い森の中、隠れている賊に不意打ちをくらうやもしれん。




明るくなるまでには後1時間は必要だろう。




しばらく警戒を続けるが、何も起こらない。




考え過ぎか




そう思い息を吐き出した刹那、前方遠くで草摺の音が聞こえた。




反射的にそちらへ走ろうとして思い止まった。




走り出そうとしたのも冒険者の性だが、思い留まったのもまた冒険者の経験則に寄るものだ。




暗い森の中でひとりになるのは最悪手だからだ。




しばらくすると、森の中にも光が差し込んできた。




先程草摺の音が聞こえた場所にゆっくりと進んでいく。




そこにあったのは.....小さくて汚れたぬいぐるみだった。




そして、それから3時間後、ひとりの兵士がユミト達の前に現れたのだ。






俺達のチームの斥候、ミルムは街で拘束されていた。




ちょうどミルムが街に戻った時、ミルムの父親が死んでいるのが発見されていたのだ。




街の者はよく知っていた。ミルムが幼いころから父親に虐待されていたことを。




そしてその父親から逃げていたミルムがとうとう見つかってしまったことを。




当然、父親殺害の最重要容疑者としてミルムが事情聴取を受けるのは是非もなく、黙秘を続ける彼女が拘束されるのも必然であった。




「ミルムは心配だが、なに、あいつは大丈夫だ。あいつにはアリバイがあるじゃないか。




だって昨夜から今朝まで俺達と一緒にいたし。




それよりも、早く依頼を達成して、迎えに行ってやろうぜ。」




魔術士のルミー、戦士のタミエル、そして剣士の俺ユミトの3人は、後ろ髪を引かれながらも依頼者の元へ向かうのだった。






午後0時を少し過ぎた頃、俺達は依頼者がいるスベルト村に到着した。




依頼主はこの村の村長シュタル氏だ。




何故この寒村の村長の依頼がギルドからの最重要案件なのか?




それは、彼が前王家の末裔だからだ。




現王家は3代前に時の王から禅譲を受けて誕生した。




そして前王はこの地に移り住み、余生を送ったのだ。




何故禅譲されたのか、それは今となっては知る由もないが、きな臭い噂が残っているのは仕方のないことであろう。






コン コン




「どなたかの?」




「ギルドから依頼を受けてきた冒険者のユミトといいます。」




「入って下され」




招き入れられ、差し出された茶に口を付ける。




ベリーの香りがほのかに香る上品で繊細な味だ。




この地の特産だろうか。




このセンスの良さは、さすがは前王家の血を引く者ということか。




「シュタル殿、依頼について詳しく聞かせて頂けますか?」




「うむ。...12年ほど前のことになる。


この村にある家族がやって来た。父と母、そして幼い少女がひとり。


母親は病気がちなのか、少し咳き込んでおった。




何処からか逃げてきたのか、疲弊しながらもその仲睦まじき姿に我々は彼らを受け入れることにしたのじゃ。




そして2年ほどの月日が流れた頃、この村に悲劇が起こる。




見たことも無い巨大な魔物が姿を現わし、毒の霧を撒いていきおった。




多くの村人が苦しみ、そして死んだ。




そして生き残った者達の中に、あの親子がいたのだ。




わしが村の状況を領主に報告に行っている間に、誰かが言い出した。




「あいつらが、あいつらが、あの魔物を、あの毒の霧を連れてきたんだ。」




「そうだ、俺は前から知っていたんだ。あの母親は魔女だ。




ほらよく見ろよ。あの髪の色も目の色も俺達とは違う。俺はあんな色見たことがねえ。




あれは魔女だ。絶対そうだ!」




「災いを齎す魔女だ。あいつらが来てからろくなことがねえよ!」




口々に母娘を罵る村人達。




「もはや誰にも止めることなど出来なかった。




暴徒と化した一部の村人達は親子の家に押し入り、有無を言わさず父と娘を拘束した。




そしてベッドで咳き込む母親を無理やり引き摺り降ろして、殴る蹴るの暴行を加え始めたのだ。




小一時間ほど続いたその様を、泣き喚きながら見ていた父娘の心境を慮る術もあるまい。




やがて解放され、ピクリともしなくなった母親を抱きかかえて、父娘はこの村を出て行ったのじゃよ。




『必ず、必ず、わたしはこの村に復讐する。10年後、10年後だ。』




その時、娘が呪詛のように言い放った言葉だ。






そして父娘が出ていって半年ほどして、あの災いの原因が分かったのだ。




ここから3時間ほど離れた街にあの時と同じ魔物が現れた。




そして毒の霧が晴れたか思うと同時に、苦しむ街民に軍が襲い掛かったのじゃ。」




「帝国軍のワーズレフ街襲撃か...」




「そうじゃ。帝国軍が王国の防衛の要であるワーズレフを攻略するために使う使役魔物の実験場としてこの村を使ったのじゃ。




そう、あの親子は全く関係なかったのじゃ」




「そ、それじゃ....」




「わしらは必死にあの父娘の行方を捜した。




使える伝手は全て使ったのだが、見つけることは叶わなかったのじゃ。




そして10日前、恐ろしいことが起こった。




10年前、暴徒の原因となった言葉を発した男が、農作業中に突然苦しみ出してそのまま死んでしまったのじゃ。




当時を知る村人は驚愕する。その男の死に顔が、あの時の死者の顔とよく似た紫色に染まっていたからじゃ。




『あの父娘が復讐に来た。』




誰ともなくそんな声があちらこちらから、聞こえてきた。




パニックに陥り、村を出ていく者が現れたが、その者達の顔も翌日には森の中で紫色になっておったのじゃ」




静かにため息をつき、茶に口を付けたシュタルは言葉を続ける。




「恐れ慄いた村人達が懇願しておる。この村をあの父娘から守ってくれと」




「それが、我々に対する依頼でしょうか?」




「そうじゃ。突拍子もないことで申し訳ないのじゃがの、それでも居てくれるだけでも村人達は落ち着きを取り戻せると思うのじゃ。




それに、騎士団に応援を頼みに行かせておるから、もうすぐ騎士が来るだろうて」




「分かりました。騎士団が来るまでの間、村の警戒を受けさせて頂きます」




「よろしく頼みますぞ」








「ルミー、それって」




「あー、これ?可愛いでしょ」




「それってあの時のぬいぐるみじゃないのか?」




「そうよ、わたしの浄化魔法で綺麗にしたの。欲しいの? あげないわよ」




「いらねえよ、そんなの」







「特に問題なさそうだな」




「そうだな、今日はこれで引き上げるか」




「それじゃ、夜間の警備はいつも通り3交代で」




「わかった」




「了解よ」













「大変だーー!ライヤーの奴が死んでるぞ!」




翌朝、俺達の警備もむなしく、ひとつの死体が通りに横たわっていたのだった。






「ライヤーなら、ウチの店で2時まで飲んでましたぜ」




「ということは家に帰る途中に襲われたってことか。しかし、心臓を一突きとは。ライヤーはA級冒険者だぜ。


いくら酔ってたって、黙って殺されるなんてあり得ねえよ」





心臓を一突きって言うと、来る途中に死んでいた金持ちと似ているな。




検視した限り、凶器の刃物傷も挿入角度もそっくりだった。




「同一犯の仕業と見て間違いなさそうだな」




「となると、彼もこの村の住人か」




「後で村長に確認しておこう」





村長に聞いたところ、ここに来る途中で殺されていた男は王都で有名な豪商だとのことだ。




村長の昔のよしみで2ヶ月に一度、この村まで頼んだ商品を運んでくれているらしい。




今回この村で発生している一連の殺人事件を街に報告し、騎士を連れてくる役割もこの商人が担っていたという。




「ということは、騎士は来ないのでは?」




「そうなりますなあ。そうか可哀そうに野盗にでも襲われましたかな。




しかし、そうなるとライヤーも野盗に襲われたことになる。




野盗がこの村に潜んでいるのかもしれないということか...」




そして、商人が携えていた村長の手紙から、この村の異変に気付いた騎士達が現れたのは俺達に遅れること4日目のことであった。






「君がルミーさんかね。ちょっと一緒に来てくれるか」




俺達の宿泊している宿に騎士が現れ、ルミーを連れて行こうとしている。




「わたしが何をしたっていうの?」




「来れば分かる。さあ、来るんだ!」




「ちょ、ちょっと、何するのよ」




「大人しくするんだ、抵抗するなら拘束せざるを得ないが」




「分かったわよ、ユミト、タミエル、ちょっと行ってくるわ。




直ぐに疑惑を晴らして帰って来るから」









「これはお前のものだな」




「えっ、これは、ど、どこに?」




「これはお前のものだな!」




「は、はい。これがどこに?」




「認めたな、これはライヤーの死体の横に落ちていたそうだ。第1発見者の少年が拾っていたんだ。




ライヤーはA級冒険者だそうだな。酔っていたとはいえ、並みの者に無抵抗でやられることはあり得ない。




となるとそんなことが出来るのは同じA級冒険者に限られてくるわけだが、不意打ちが出来るのは魔術士のルミー、君しか考えられない。




それにこのぬいぐるみが何よりの証拠だ!




どうせ、酔って意識の低下したライヤーに睡眠の魔法を使って眠らせ、心臓を貫いたのだろう。




バレないと思ったのだろうが、このぬいぐるみを落としたのが運の尽きだったな」




「ま、待って!わたしじゃない!」




「犯罪者は大抵そういうものだ。さあ、こっちへ来い!」







結局3日経ってもルミーは戻ってこなかった。




何度騎士のところに押しかけても邪険に追い返されるばかりが続いている。




一度街に戻ろうかと思った時に再び殺人が起こってしまったのだ。




そして、俺は目撃してしまった。




あの、あのルミーが可愛がっていたぬいぐるみ、騎士に押収されここにあるはずの無いぬいぐるみが、ナイフで一突きしている現場を....





もちろんルミーは魔封じの枷を付けられて牢屋で拘束されているので、彼女が犯人ではありえない。




となると、だれが....





拙い!ぬいぐるみと目が合ってしまった!




光るはずの無いボタンの目がキラリと光ったような気がした。




その瞬間、俺は鈍い痛みを感じ、意識を飛ばしてしまった。











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