辺境の地
ガラガラガラガラガラガラ
外壁門の前から長く延びる石畳を馬車が通る。
1キロ程先にある西の宿場町の外門から、ここまで連なる石畳が敷かれているのは、先々代領主様の時に国王陛下が来城されるのを歓迎するために工事されたものだと聞いている。
ここはライフレクト王国の東の果て、辺境の街バーマスだ。
王都からは少なく見積もっても馬車で一ヶ月は掛かるこの辺境の街に俺は生まれ育った。
そしてこの街の男子なら、誰もが憧れる城下の外壁門の警備隊員を賜っているのだ。
ここバーマスは、東と南を魔の森に接し、北はグロシス帝国と接している、国防と交易における重要拠点であった。
この街の歴史は浅い。
当時、未だ冒険者をされていた、先々代の領主様が軍功褒賞として、この地を下賜され、一緒に入植した仲間達と開拓されたのだ。
俺のひい爺さんもその時に王都から、ここに移住したらしい。
もっとも、俺が生まれた時には、その子供である爺さんも死んでたから、親父から又聞きしただけなのだが。
当時は本当に酷い土地だったらしい。
昼夜問わず魔物が襲い掛かってくるし、平地と言っても猫の額くらいのものだったらしい。
それを魔物と戦いながら、森を切り開いて街を造ったそうだ。
そして5年の歳月が流れ、今のこの街の原型が完成したという。
とは言え、せいぜい南と東の外壁を築くのが精一杯で、城下町には粗末な木造の領主屋敷しか無かったそうだ。
ただ、荒れ果てはしていたものの、魔素を多く含んだ土壌は植物の育成には都合が良く、入植直後からも飢える心配はしなかったと聞いている。
その上、貴重な薬草の栽培に成功してからは、それなりの蓄えも出来るようになったらしい。
そして、その2年後、入植して7年の歳月が流れた頃、国王陛下が視察に来られたのだ。
その時には、街の者総出でこの石畳を敷き、石造りの立派な領主屋敷を建てたのだった。
恐らく、褒賞として渡された土地がこんなところだと、陛下は、知らなかったに違いない。
これは領主屋敷に残るこの街の入植直後の文献に載っていたのだが、ひとりで敵軍に飛び込んで敵将を討ち取った領主様に恐れ慄いた軍幹部が、領主様を陥れようと帝国との国境を警備するという名目で、この土地へ強く推薦したということだ。
陛下は土地の長老より、これまでの生活について聞き、今の街の賑わいを鑑みて、その場で領主様を男爵から辺境伯に陞爵され、30年間の租税の免除と、王国内での関税免除を与えられた。
こうして実質的に独立国のような扱いを受けて、ますます発展していったバーマス領は今や『王国の巨壁』として、国防の要となったのだ。
先々代、先代と英邁な領主様の血を受け継いだはずの今代の領主様だが、残念なことに英邁さとは程遠い方である。
『三代目は身上を潰す』というが、現領主のソリュータス様は内政よりも、魔の森の開拓に心血を注がれており、豊かであったバーマス領の資産を食いつぶす勢いである。
開拓と言えば聞こえは良いが、実のところ魔の森が恐ろしくて、どうにかしてしまいたいのが本音である。
その原因は子供の頃のトラウマにあるのだが、先代が早世されてからは歯止めが利かなくなり、毎年膨大な費用と人を魔の森に投入しているのだ。
魔の森
文字通り、魔物が住み着く人外の森だ。
豊富な魔力は土地の活性化を促し実りを齎すが、反面、動物にも影響を与え魔物化させてしまう。
魔の森に住まう動物も例外ではない。生まれてから大量の魔力に晒され続けた動物が長い年月の間に繁殖を繰り返すことで、そのDNAに魔物のそれが刻み込まれ、段々強力な魔物へと変わっていく。
そうして出来上がったのが魔の森に住まう魔物だと言われている。
そして王国の貴族の間では、魔の森に面したバーマス領は大量に魔力を浴びた人間が魔人化しているのではないか、と噂されていたのである。
開拓者が苦労して作った街だからこそ、その住人に活力が高く、領の発展に貢献しているのは十全たる事実なのだが、他の領ではやっかみも含め、まことしやかに魔人化説が流れているのだ。
子供の頃に魔の森で魔物に襲われ、心に傷を負った上に、貴族連中の云われなき中傷に晒されたソリュータス様が魔の森を無くしたいと思うのは仕方の無いことなのだろうか。
「おい、ソリュータス様がまた魔の森に兵を出されるようだぞ」
「そんなこと言ったって、先日の出兵でかなりの損害を出したそうじゃないか。まともに動ける兵もほとんどいないと聞くぞ」
「そうだ、だから今回は民兵を募るらしい。そして俺達もその中に強制参加だそうだ」
「なに!俺達までか!」
「ああ、もうソリュータス様の魔の森への執着は収まりがつかねえな。この前の出兵でも、境界からわずか2キロメートルくらいのところまでしか行けていないようだ。
魔の森なんて、どのくらいの広さがあるのか想像も付かないのによう」
「まあ、俺達も俸禄を食む身だから、領主様命令なら従わざるを得ないが....」
一週間後、俺達は鉄の鎧を着て、魔の森を歩いている。
昼でも暗い森の中、魔力の関係か、身体がやけに重い気がする。気持ちの問題も大きいがな。
総勢80名からなる一行の目的は、境界から2キロ地点に前線の砦を築くことにあった。
道すがら木を切り倒し、踏み固められた土の上に並べて道路を作っていく。
民兵がそれを行っている間、俺達は魔物の相手をしている。
未だこの辺りは、魔の森の中でも魔力が少なく、魔物もそれほど手強くは無いのだが、それでも数名の負傷者は出ている。
道路を整備しながらの行軍は遅々としているが、それでも確実に奥へと進んでいるようだ。
魔物と直接対峙している俺達が身を持って感じているのだ。
そして2日目、遂に目的地に到着した。
約半数の兵が何らかの傷を負っているが、それほどまでに脅威を感じることも無かった。
「おかしいな、前回の出兵では、この辺りで正規兵がほぼ全滅したと聞いている。
だが、実際に来てみて、それほどの脅威を感じることは無かったがな」
「そうだな、俺もそう思う。俺達みたいな対魔物戦を意識した訓練を受けていなくても、それなりに来れた。
あるとすれば、この先か....」
カーーーン、カーーーン、カーーーン
木を切り倒す斧の音が辺りに響いている。
この辺りの木を伐採して、その木と辺りにある石を使って砦の基礎を作るのだ。
その他必要な石材は、これまで作ってきた道路を使って街から運ばれてくることになっている。
領主様の指示は20名が常駐できる砦である。
かなり大きなものとなるため、作業はこれから1ヶ月間かけて行われる予定だ。
そして予定工期の約半分が過ぎた夜半、森に不気味な声が聞こえてきた。
「なーにーもーのーだーー、わーしーらーのーりょーちにーふみこむーやつらーはーーー」
おぞましいが確かに言葉としてハッキリ聞き取れた。
「でてーいけーといっただろーーー!こんどはーーーゆるさーーーんーーー」
突然目の前に老婆が現れた。
そしてその後ろには何十人もの人間が。
老婆が手を前にかざし、無造作に斜め上に振り上げる。
そこから巨大な竜巻が起こり、建設中の砦と共に、俺達は巻き込まれ吹き飛ばされた。
激しく木に身体を打ち付けて意識がもうろうとする。
老婆とその後ろの人間達が何やら呟いている。上手く聞き取れないが呪詛のようにおぞましい気配を感じるのだ。
そしてその呟きが終わった時、強大な魔力の渦が吐き出された。
それに飲み込まれ俺は意識を狩られたのだった。
「これはどうしたことなのでしょうか?」
「分からんが、地図上では確かにここはバーマスの街なのだが...」
行商人によって王都に伝えられたバーマスの街消滅事件は王国全域を恐怖のどん底に陥れた。
調査隊がバーマスの街があったはずの場所に着いてみると、そこは魔の森だったのだから。
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