プログラマブル

「この魔道具ってやつは便利だよな。野営の時も火の番が必要ないし、迷宮内でも安全に明るさを確保できる。


ただ、遠征する時には必要な魔道具を沢山持ち歩く必要があるから、結構大変なんだよな」







我の名はハイネス。ハイネス・フォン・ネクサス・マーリスという。


ネクサス侯爵家当主にして、現マーリス国王の叔父である。


齢10にして大魔導士レミントンの師事を受け、それまでの魔道学をさらに発展させた魔道工学において始祖と呼ばれている。


魔道学とは、魔術と呼ばれる選ばれし者のみが使える超常能力であり、レミントン師は七色の魔道、すなわち、火水木金土そして闇と光の属性を極めていた。


だが我は火水土の3色のみの適正しか持たず、師に十全な教えを乞うことは出来なかったのだ。


齢25にして火水土の属性を極め、師に皆伝を告げられてからは、使えなかった4の属性を習得する方法を探すことに没頭した。


そして、遂に40半ばも過ぎる頃に魔法陣を編み出し、属性の適正如何に囚われずに魔術を発動することに成功したのだった。


魔方陣を組み込んだ魔道具は、我々の体内に蓄積されている魔力や鉱石から生成される魔力玉を使って、特定の機能を発動することが出来た。


それは魔術により発動される様々な現象ほど自在には使用できないが、単一の機能であれば誰でも利用できる物であり、これまでの生活を一変させるに十分な効果を上げることが出来た。


魔方陣については王家の厳重なる管理の元、その仕様は秘匿されているが、簡易な魔方陣を組み込んだ魔道具は、ここ数年で貴族のみならず、ある程度の生活水準を持つ一般市民でも購入できる位には広まっている。


魔灯、魔コンロなどがその代表である。


魔道具の開発・製造に関しては王城内に工房があり、そこで製造と技術者の養成を行っている。


現状の技術範囲であれば、我が居なくなっても製造に支障が出ない程度には人も育ってきたので、後顧の憂いもない。




そして50を迎える今、我は新しい技術の開発を進めているのだ。


複数の機能を持ち合わせた魔道具である。


例えば魔灯の場合、明るさが魔方陣に組み込まれているため、自由に明るさを調節出来ない。


明るさを調整しようとした場合、複数の明るさを持つ魔灯を準備しいちいち交換する必要があるのだ。


これでも従来の火ランプに比べると全く比では無いのだが、開発者としては到底満足できるものではなかった。


複数の魔方陣を組み込み、切り替えを行うなど考えてみたが、魔力の消費が大きくなったり、切り替えが思うように働かない等、未だに実現できていない。


だが、我も齢50を迎え、体力の衰えも見えてきたこともあり、先月には家督を嫡子に譲り終えた。


公爵家当主としての引き継ぎも終わり、公務の忙しさも和らいだ今、開発に没頭するチャンスなのだ。


存分に自由な時間が取れる反面、残された時間が少ないのも事実である。


魔道具製造工房の管理を優秀な若手に任せ、元別荘である隠居屋敷に新しく自分専用の工房が完成したのは、家督相続後2ヶ月目、初春の肌寒い日であった。




隠居屋敷の工房で多機能魔方陣の開発にのめり込む日々が続く。


これ程集中して作業できるのは、父から家督を譲られるまでの僅かな期間しか無かったが、幸い我の気力は充実しており、多少の無理も問題無かったのだ。


妻や息子からは身体の心配をされるのだが、自分の身体は自分が一番よく分かるというものだからな。


工房に籠って多機能魔方陣の開発を始め数ヶ月、季節はすっかり盛夏を迎えていた。


遅々として進展の無い状況と気温の高さが気分を苛立たせる。


食が細くなるのもこの時期にありがちなことであり、年齢のこともあって、すっかり体力が落ちていることも失念していた。


そして、そんなある日の午後、我は、工房での作業中に眩暈を起こして倒れてしまったのだ。





「ここは何処だ?」


工房で作業中に目の前が暗くなったと思ったら、次の瞬間には眩いばかりの光の中にいた。


徐々に目が慣れてくると、辺りの様子を窺う。


屋外ではない。それほど広くは無いのだが、見たことも無いものがたくさん置いてある。


研究者としてそれらに目を奪われるが、一番驚いたのは天井にへばり付いている魔灯であった。


窓の無い室内に白昼の屋外と思わせるほどの光量を放つ魔灯。これ程薄く、そして広い光源を持つ魔灯をわたしは知らない。


思わず手を伸ばしてみたが、我の手がそれに触れることは無かった。


手が魔灯を素通りしたのだ。いやそれだけではない。足が床に付いていない事にも気付く。



これは夢なのだろうか.....



見慣れない部屋に、見たことも無い沢山の魔道具、そしてそれに触れることさえできない自分。


我の思考が混乱する中、部屋に変化が訪れる。


複数人の若者が部屋に入って来たのだ。彼らは我に気付いた様子は全く無かった。


「じゃあ、席について。今日はコンピュータの仕組みについて話そう。


そもそもコンピュータと呼ばれる装置は今から400年ほど前に作られた歯車式計算機が元祖だと言われているんだ。


80年ほど前にフォン・ノイマンという人がソフトウエアによる機能の制御、つまりプログラムという概念を生み出す。


そして、その考え方は今日のコンピュータの原点となっているんだ......」



教育者と学生というところか。


どうやら、ここはわたしの知っている世界では無い。


もっと優れた技術力によって作られた世界なんだろうな。


話している言葉は聞き取れるが、ひとつひとつの単語は理解できないことが多い。



我が息子とさほど変わらぬ教育者の話しに耳を傾け、集中する。


するとどうだろう。これまで不明だった単語ひとつひとつが理解出来てきたではないか。


しかも、初めて聞いたはずの単語の詳細が自然と頭に浮かんでくる。


!!!!


そうか、そういう事か!


『インタープリタ』


これこそが我が求めていた機構なのだ。


インタープリタを魔方陣に置き換え魔道具に標準搭載し、プログラムコードとなる個別機能の魔方陣をオプションで追加・交換できるようにすればよいのだ。


そうすれば共通で必要な起動用のロジックや魔石を減らせるため、安価で持ち運びしやすく、汎用性のある魔道具になるはずだ。


これは画期的な考えだ。早速検討に入りたい!!


そう強く願った瞬間、我は自室のベッドで目を覚ましたのだった。





「陛下!画期的な魔道具を発明しましたぞ。これさえあれば、1つの魔道具にいくつもの機能を持たせることが出来るのです!


価格を下げることも可能になり、何よりも携行性を高めることが出来るのです!」


陛下の私室で我は出来たばかりの研究成果を披露している。


魔方陣を実行させるための機能を持った魔道具に、様々な明度の灯を付ける複数の魔法陣の板、それと様々な温度を発する複数の魔方陣の板を取り出し、次々と板を魔道具にセットして披露し、その優位性をアピールしていった。


「叔父上、確かに素晴らしいな。それで、これは誰かに話しましたか?」


「王城の工房で責任者をやらせているセリヌスくらいだが」


「そうですか、少し時間を下さい。わたしの方でどのように普及させるか考えてみます。宜しいですかな」


「では、頼みますぞ。わたしは1枚の魔方陣板で複数の機能が組み込めないか、研究を進めておりますからな。はははは」


得意満面で部屋を出た我が、次にこの部屋を訪れることは無かった。






我は今病床についている。


もう長くないだろう。我の開発した新型魔道具は未だ製品化されていないようだ。


確かにあの魔道具の考え方が軍事利用されれば、戦争のあり方自体が変わってしまうかもしれないし、民生においても魔術適正を持つ者、すなわち貴族階級の既得権益を大きく失墜してしまう恐れがあるだろう。


そう考えれば、まだこの世界には早すぎるのかもしれないな。


陛下の私室から戻った翌日、セリヌスの変死体が発見されたと聞いた時点で、気付いて置くべきであった。


そうすれば、わたしの命ももう少し延びたのだろうか。




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