徒然なるままに異世界短編集

まーくん

路傍の石

気が付いたら石になっていた。


滑稽なことを言うものだと笑うなかれ。


とにかく、石になっていたのだ。


何故石になっていると気付く?


何故って。それは俺が意思のある石なのだからだよ。




俺は石。


道に落ちている小さな石。意思はあっても手も足も無い。


当然口も無い。


ただ道にあるだけ。



最初は暇で仕方なかった。何かをしなきゃって使命感もあった。


だが、ただそこにあるだけの石に何が出来るのだろうか。


何も出来ない。そう気付いてからは、何も考えなくなり、無為な時間を過ぎすことになる。




俺は石。


どのくらいここにいるのかも分からない。


最初は月日も数えていたけど、馬鹿らしくなって止めた。


何の意味も無いことに気付いたから。


腹が減ることも無く、朽ちることも無い。


ただひたすら、そこのあるのみ。


鳥がふんを落としたとしても、直ぐに雨が流してくれる。


誰かに蹴られて移動したところでそれがどうしたってことだな。


別の誰かに蹴られるか、馬車の車輪に引っかけられて、道の端っこに戻るだけだ。


何十年か、いや何百年か、そんなことの繰り返し。




俺は石。


魔物が現れた。だが俺には関係ないね。魔物もただの石になんて見向きもしない。


誰かが俺を無造作に掴んで投げた。投げるのに手頃な大きさだったのだろう。


魔物に当たる。ただそれだけ。


そのまま落ちて反対側の道端に転がるだけだ。


そんなことがたまに起こる。


俺が魔物に当たったからといって、魔物が死ぬわけでは無い。


いや、当たり所が悪ければ死ぬのであろうが、たかだかこぶしよりも少し小さめの石が当たったところで、そう簡単に致命傷には至らないだろう。




俺は石。


今日は久しぶりに魔物に向かって投げ付けられた。


ピコーーン!


思考に初めて聞く音が割り込む。


同時に真っ暗闇に視界が広がった。


これまでは、なんとなく音は聞こえていたが、目が見えるようになった。


まあ、耳も目も無いのだから、第六感って奴だろう。


とにかく、辺りを見えるようになったのは僥倖だ。


これから楽しみが増えた。そう思った。


................



視界は開いたが、見える風景は予想通り、道と、そこを通る人や馬車。


だけど俺の高さじゃ靴の一部と車輪の縁しか見えない。それもたまー--に。




そしてまた幾年月が流れる。


また魔物が現れた。武装した一団が視界に入る。


牛の魔物と対峙する騎士達。


よほど皮膚が固いのか、剣が刃毀れしている。中には折れてしまった剣も。


武器を失い、後ろに下がって来る騎士達。


その中のひとりが俺を掴む。たぶん武器を失って苦し紛れに投げ付けようとしているのだろう。


俺は魔物に集中する。


どうせなら当たってやろう。おい騎士!しっかりと狙えよ。


俺を投げようとした瞬間、一旦戸惑いの表情を見せたが、直ぐに構え直して掴んだ俺を魔物に向かって投げ付けた。




惜しい、惜しいよ。このまま行ったら、固い部分に当たるじゃないか!

どうせなら、眉間の急所を狙えや。俺だって意思があるんだから、何か成果を出したいじゃないか。


そう思った。強く思った。だってこんな機会、次は何年後かも分からないんだ。


そしたら、体が少し浮いた気がする。


そして視界の中心に牛の眉間が現れた。しかし、球速が足りん。


もっと速く!! 速く!! もっと加速せんかい!


意思がある以上、石にも欲はある。


そして強い願いは叶えられた。


急加速し眉間に当たった俺。よし! どんぴしゃ急所直撃。



ドスーーン!!!



大きな音を立てて、魔物が倒れる。



「「「おおおおお!!勇者様じゃー-、勇者様じゃー--」」」


大歓声を浴びて茫然とする騎士。


苦し紛れに投げた、ただの石が凶悪な魔物を斃したのだ。


そしてその日、一介の騎士だった男は勇者となった。




3日後、勇者は俺を拾いにきた。


どうやら、俺はただの路傍の石から勇者の武器に昇格したらしい。


「あの時、お前は俺に語りかけてくれたよな。


本当ならあんなに強く当たるはず無かったのに、無いのに...


お前が何かしたんだろう。」


呟くように独り言ちている。


もちろん俺が話せるわけがない。


勇者も、俺に返答を求めているわけじゃ無いのだろう。




俺は石。


道端に落ちていた、ただの石が勇者の武器のひとつになった。


もちろん、勇者が持つ剣や防具は騎士当時とは桁違いに立派になっている。


それだけじゃなく、勇者に相応しくなるよう努力した騎士は、勇者に相応しい強さも身につけた。


彼の武技と聖剣を持ってすれば、あの時の牛の魔物なんて一蹴だろう。


それでも彼は俺を好んで使ってくれた。


俺も彼に使って貰うたびに自分をコントロールすることが上手くなっていくように思う。


勇者が力をつけるたびに対峙する魔物も強くなり、俺も強くなっている気がする。


ピコーーン!ピコーーン!ピコーーン!ピコーーン!


レベルアップ音が何度も頭に鳴り響く。


言葉を発することが出来ないから勇者には言ってないけど、魔法を使うことが出来るようになった。


最初は風の魔法。急加速するのに使ったり、方向転換も自在になった。

当たった瞬間に逆噴射で、勇者の近くまで戻ることも出来るんだぜ。


次は炎の魔法。ファイヤーアローは、高熱の小さな針。俺がぶつかる前に敵の急所を的確に貫く。


そして最近覚えたのが時空魔法。瞬間移動できるようになった。


これで風魔法なんか使わなくても、瞬時に勇者の元に戻れるようになった。


ただ、俺が魔法を使っているなんて勇者は気付いていないだろうな。


恐らく、自分の球速とコントロールが良くなった位にしか思っていないと思う。


何故なら、彼には俺がただの石にしか見えないから。




俺は石。


その時は突然やって来た。


いつものように勇者と魔物討伐に森に向かう。


森の奥深くに潜む妖狼を退治するのが今日のクエスト。


あの若かった騎士も、今では壮年の超ベテラン。これが勇者としての最期の仕事になるらしい。


まあ、本人は冒険者として現役続行で考えてはいるのだが。


だが、今日は彼にとって分が悪かった。


妖狼は素早かった。身体能力が高いのはもちろんだが、豊富な魔力を用いた奴の空間魔法は、変幻自在の動きを可能にしている。


しかし、空間魔法は俺も使える。妖狼の空間魔法を抑え込むことが出来れば、勇者ならば何とかするだろう。1頭なら...


そう、1頭なら俺と老いた勇者でも斃すことも出来ただろう。


だが、妖狼は群れを組むのだ。








俺は石。


深森に落ちているただの石。


誰に拾われることも無いし、誰かの姿を見ることも無い。


あれ以来、ここを訪れる者はいなくなった。いや、訪れる必要がなくなったと言うべきか。


5頭の妖狼の魔力と聖剣の力を吸収した俺は、この地の魔物に遅れをとることがなくなった。


俺は石。


だが、ただの石ではなくなったのかもしれない。


意志と強い力を持った石。


何百年前から、そしてこの先何千年後までも、それは変わることはない。



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