社会不適合者が彼女と別れる話

@kagami_mirror

第1話 2月25日の日記

LINEが来た。

「新幹線でナンパされた」

——とりあえず、心配してる素振りを見せないと。

「大丈夫?」

「そいつ不細工なんだけど。まぁ絶望的な顔ではないけど。」

——心配するだけ無駄か。

「大丈夫そうでよかったよ」

「出身とか今どこ住んでるかとか

  東京大変じゃない?とか

  寂しくない?とか」

——ナンパ男ってこんなにも的確なこと聞いてくる聞いてくるのか。

「結構喋ったのね」

「 東京で彼氏はできた?

 とか聞かれた。」

——このままじゃ、だめだ。

「きもいな、それ」

「でも私のこと綺麗だって!

 見る目あるね」

——まずい

「そうやって、調子乗るから狙われるんやで」

「各務くんがいつも褒めないからだよ」

指が止まった。図星だった。きっと、ラブコメの主人公たちなら、こんなとき彼女を目一杯甘やかすことができるんだろう。歯痒いような甘い言葉を言って、彼女を満足させることができるんだろう。そして、円満な関係性がどこまでも続いていくんだろう。それができたら、どれほど幸せだったのだろう。


いや、これは現実から目を逸らしているに過ぎない。本当は元からわかっていることだったはずなんだ。こちらから何も与えない限り、彼女は僕から離れていくんだ。そんなことはもうずっと前からわかっていたのに。自分も彼女も欺いて、場当たり的に彼女との関係を続けてきたのは、僕なのに。全部自分のせいなのに。


——やめてしまえば、楽になれるのに。


嘘だ。僕、各務裕太郎にそんな勇気はない。「彼女持ち」の地位と、世間体と、そして、最も多くのコストをかけた関係性を無為に捨てるだけの勇気などないんだ。そんなのがあったら、こんなにも後ろめたさを抱えて関係を続けるなんてあり得ない。そんなのがあったら、あの時自分から別れを告げることができたはずなのに。


それなら関係を続けるだけの努力をしろよ。このままじゃ、自分も相手も苦しいだけだろ。そうだよ、何のためにここまで頑張ってきたんだよ。思ってもないような上部だけの言葉を並べて、見透かされても取り繕って、そこまでしてお前が守りたかったものは何なんだ。前の交際の反省は何だったんだ。あの時の誓いは何だったんだ。このままじゃ、ただ世間体のためだけに付き合ってるのと同じじゃないか。このままじゃ前と同じじゃないか。


そうだ、結局人間の本質など変わらないんだ。結局僕は、他人になんて興味がなくて、人間関係を精神安定のための道具としか思ってなくて、他人の感情なんてコスト以外の何者でもないと考えている冷徹な人間なんだ。結局僕は、一番身近な一人の人間ですら、幸せにすることなんてできないんだ。彼女なんて、僕には荷が重過ぎたんだ。


いや、おかしい。どうして僕が悪いことになるんだ。そもそも、彼女が褒めるに値しないのが悪いだろう。彼女は僕に何も与えてくれないじゃないか。彼女は僕に好きじゃないと言うじゃないか。彼女は僕に当たってくるじゃないか。彼女は僕に学校の課題を押し付けるじゃないか。彼女は僕が勉強していることを暇してるかのように扱ってくるじゃないか。彼女は努力不足を僕のせいにしてくるじゃないか。僕が努力して手に入れたものなのに、僕が自分のために選んだ道なのにどうして彼女に嫌味を言われなきゃいけないんだ。


——どうして、彼女にこれ以上のコストを払わないといけないんだ。

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