第七話 「いじめっ子」

──いや、え? ……タイミングッ!!!

わたしはダラダラと汗を流しながら、心の中は大荒れていた。


図書委員の仕事終わりに下校しようとしたら、今自分が頭の悩ませていたいじめっ子達に遭遇してしまうとは。悪運にもほどがある。

しかしわたしは、グッと奥歯を噛み締めて人当たりの良い笑顔を作った。


「ありがとう〜。そう、ちょうど委員会終わったの。三人も?」

「そうだよ! わたし達、同じ委員会なんだけどさ、葵が遅くって〜」

「えぇ!? 前は綺花が遅かったじゃんか!」

「はいはい喧嘩しないで、二人とも」

「あははっ」

わたしは三人の会話に思わず笑う。


そして緊張しながらも、声が震えないように注意しながら口を開いた。

「あの、訊きたかったんだけど……三人って、蘭ちゃんのこと嫌い? だよね……?」

すると、わたしの言葉に三人はピタリと動きを止めた。そして怪訝そうな顔でわたしを見つめる。

わたしは慌てて言葉を重ねた。

「いや、なんとなくね? 嫌いなのかなぁって。わたし馬鹿だからヘマしそうだし、三人が嫌がることしちゃう前に確認しとこうかなって思って!」

よくもまあ、こんな嘘ばかり出てくるものだ。そもそもこんなことを訊いて、わたしは何がしたいのだろう。


すると三人は顔を見合せたあと、おずおずと口を開いた。

「うんまあ……あんまり好きじゃないよ」

「でも誰でも苦手な人とかいるよねっ……?」

「そうそう! え、てかさ。石泉のこと好きな人とか、ぶっちゃけいる?」

「いないでしょ」

「それなー」

「いっつもドモリまくってて気持ち悪いし」

「運動も勉強もできないとか、救いようがない感じ?」

「いても迷惑なだけだよね」

三人は言葉を発する度に勢いが乗ってきたのか、どんどんと悪意のあることを言い出していく。

しかもみんなの前だと「蘭ちゃん」と呼んでいたのが、今は「石泉」と呼び捨てだった。


しばらくして三人はハッとわたしを見ると、わたしの様子を伺うかのようにとりわけ優しい声を出した。

「絵穹ちゃんは優しいよね〜。ありがとう、気にかけてくれて!」

「ねえねえ、絵穹ちゃんは石泉のことどう思う?」

「なんて言ってもいいよ! わたし達、理解ある方だし」

わたしは顔を引き攣らせた。

……〝なんて言ってもいいよ〟? この人達は一体何を言っているのだろう。

わたしは体中をグルグルと巡る嫌悪感にゴクリと唾を飲み込んで蓋をすると、なんとか声を出した。

「で、でも……蘭ちゃんって可愛い方じゃないかな? よく周りに気を配ってるし……。あ、三人も可愛いけどね」

……何だか変なことを言ってしまった。

だがきっと、三人にとっては面白くない返答だと言うのは確実だろう。


そこでわたしは、自分から出した話題のくせにすぐに話を逸らした。

「それよりも、もうすぐ体育祭だね! 頑張ろうね。三人共運動得意だから、期待しちゃうよ」

笑顔でそう言うと、三人もニコッと笑顔を浮かべた。

「え〜、そう? 嬉しい〜」

「体育祭、頑張らないとね。優勝目指そ!」

「部活の先輩とか絶対カッコイイだろうな〜」

「美菜そればっかり」

「だってカッコイイでしょ? 後輩ちゃんもさぁ……」

「絵穹ちゃんまた明日ね〜。バイバイ!」

「あ、うん。バイバイ……」


わたしは手を振り、三人が見えなくなるまでその場から動けずにいた。なんとなく虚無感がわたしに襲いかかる。

わたしはリュックの肩にかける紐をギュッと握りしめると、重い足を動かしてゆっくり歩き出した。


湿気のある嫌な夏の暑さのせいか、三人と緊張しながら話をしたせいか、わたしはビッショリと汗をかいていた。

汗により背中にまとわりつくシャツが、気持ち悪くてたまらなかった。

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