06 ネゴシエイター
ラーメンを啜って、電車でGO!
乗り継いでやってきましたわ、青森県の下北駅。
――昼時に家を出たのに、もう夕飯時を過ぎたような時間だ。
太陽は沈み、空は漆黒の闇に染め上げられている。
街の光は明るくわたしたちを照らしてくれているのだが、恐山まで距離が近いので、跋扈する
「さすがに、お尻がいたいね。クーちゃんは大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。ほれほれ。尻をさすってあげよう」
たっくんよりお尻の脂肪があるわたし、新幹線の乗り心地がよすぎて臀部へのダメージなんて全くございません。
「ぉほ、よ、よよよよ良くなった! お尻の状態絶好調だから触るのやめて」
「うーん、デリシャス」
「し、真紅ちゃん、恥ずかしいからやめて!」
青葉に無理やり引き離され、たっくんのお尻から手を放す。
パンツ越しでもわかる筋肉質な感触――やっぱ、たっくんも男だなぁと感動を覚える。
――それにしても、新幹線という乗り物は快適すぎる。
前世の長距離移動は夜行バスで済ませていたので、新幹線に乗るたびに感動してしまうわたし。まったく揺れずに快適で、そんでもって速いため窓の景色を見ながら駅弁を食べれるとか最高か?
エアコンも快適で、忍者が新幹線に併走している妄想も楽しめるし、大量の荷物も持ち込めて悪いところが何もない。
大学生になって初めて夜行バスで
あのときはなぁ……
マナーの悪い客がいてうるさかったし。
トイレ待ちで漏らしたし。トイレ臭いし。
買いたかった同人は売り切れてるし。
帰り際に袋が破れて中身が散乱するし。
帰ったあとは両親にBL趣味が発覚するし。
でも金銭都合でバス以外の選択肢を選ぶ余地はないし。
「5分程しましたら、旅館の方から迎えの車が来るそうです」
「ありがとう、早乙女さん」
わたしたちが構内から出て雑談をしているうちに、早乙女さんが旅館との段取りを付けてくれたため、他の通行人の邪魔にならないよう壁際に寄って迎えを待つ。
「はー、やっと一服だね! 疲れたからよく寝られそう」
「電車であれだけ寝ていたのによくそんな発言ができるよ。関心する……」
わたしたちが電車内でお喋りに興じている最中、爆睡をしていた蒼葉。
初めは一緒になってキャッキャウフフしてたんだけどね。
「だって。今日が楽しみで昨日はあまり寝られなかったんだもん!」
さすが、お子様である。
微笑ましく可愛かったので、蒼葉の頭をナデナデしてやる。
嬉しそうにしおってからに。
あしたからは地獄が待っているとも知らずにな。ククク……
――翌日。
わたしたちは
ここは地蔵信仰を背景にした死者への供養の場として、多くの一般人に知られている場所だ。
訓練された人間には、どこぞのアンナさん発祥の地として知られている。
火山岩に覆われたれ、立ちこめる硫黄臭。赤い風車がカラカラとまわる。
まさに「地獄」と呼ばれる風景。
それと反比例するかのように、美麗な「極楽浜」と呼ばれる
「地獄」と「極楽」のギャップが不気味さを煽るらしいが、わたしのような人間はヘル&ヘヴンとか光と闇とかの相反要素が好きすぎるので好物でしかない。
今回の旅行で恐山にやってきた理由は、イタコさんに遭うためだ。
イタコさんというのは、口寄せをして死んだ人間を己の身体に降ろし、死者と生者を対話をさせる巫女のことをいう。
ただし、巫女という響きで若くて美麗で神聖な女性を想像するとガッカリする。
安定の高齢者だ。
子供を産んで生命を体内に宿した経験があり、魂と精神の自我統合が済んでいないといけないため、必然的に若い女性にはなれない職業なのだ。
いたとしたら、相当にスペックが高い漫画キャラのような存在か、詐欺師の可能性が高いだろう。
本来であれば、この時期だとイタコさんは恐山を離れている。
しかし、学生の夏期休暇に合わせて、例外的に”本物”のイタコさんと今この時この場所で会えるよう渡りを付けてもらったのだ。
父親のコネの力を活用して。
休憩所に到着し、受付の人に要件を伝えると個室に案内された。
通された和室はあまり太陽の光が入らない立地で薄暗く、無駄に雰囲気があってゴクリと生唾を飲み込んでしまう。
中には既にイタコさんが待機しており、向いに座るよう促されたので腰を下ろす。
「ようこそ。お嬢様たち」
「どうも、こんにちは」
「ど、どうも……」
「本日はよろしくお願い致します」
イタコさんは、見た目80歳くらいの老婆だった。
顔に刻まれた皺は、熟練といった雰囲気を感じさせる。
挨拶を返したのは、わたし、たっくん、早乙女さん。蒼葉はだんまり。
実は、蒼葉は恐山に入ってからずっと震えたまま、わたしの服の裾を掴んでいる。
霊感があるので、常人とは違う世界が見えているのだろう。
わたしなんかは、悪魔とかが道中で出現してきそうでオタク的好奇心を煽られまくりで、別の意味で常人と違う世界が見えているかもしれない。
オドオドビクビクしながらも文句を言わずに着いてきてくれる蒼葉は健気で庇護欲をそそられるが――ここかはら、彼女の人権よりも生存権を優先する。
平常運行――オタクモードの”わたし”ではなく。
余所行きお嬢様モード、社交辞令に定評がある紅楳深紅としてイタコさんと対峙する。
目を閉じて、
敵対するものを焼き尽くす
「本日は、この娘――蒼咲蒼葉の霊感の件でご相談に来ました」
「フン。中々素養があるお嬢様じゃ。確かに、このままでは将来危ういかもしれないの……」
納得顔をして、イタコさんは懐からお守りを取り出す。
「100万円じゃ」
当然の対価、と言わんばかり値段を提示された。
わたしは思わず舌打ちする。
このイタコ、守銭奴やん。
相場よりもかなり強気にふっかけてきている。
こっちが紅楳家の人間――しかも小娘だからといって足下をみているのは間違いない。
両親の年収は手取りベースで億を越えているので、紅楳グループとしてなら札束でマウントをとってやるのだが――今回の支払いはわたしが貯めてきた私財、運ゲーで成功した株の一部を現金化した資産しかないので効果は抜群。
「高いですね」
「相応の価値じゃ」
7割もお値段を釣り上げているのに、顔の面が厚いことで。
「それが本物だという証拠は?」
「その震えているお嬢様に持たしてやれば分るじゃろう」
イタコは粘つくような笑みを浮かべる。
ゆっくりと、蒼葉の前までやってくると、わたしの裾を握っていた手を無理矢理広げお守りを握らせる。
効果は、すぐに現れた。
蒼葉の震えがなくなったのだ。
心なしか、顔色も少し良くなった気がする。
「ふーん。蒼葉、大丈夫?」
「う、うん……少し良くなった。かな」
まだ青白い顔をしている蒼葉の頭をなでて、安心させてやる。
「じゃあ、100万円支払うわ。早乙女」
「はい。お嬢様」
早乙女さんは、鞄に入っていた封筒から札束を出し、無表情で「どうぞ」と差し出す。「まいど」とイタコさんは受け取り、現金を数えようとするも――失礼だと思ったのか、慌てて着物の中に札束をしまいこんだ。
――圧倒的に小物感があるけれど、これでも本物なんだよなぁ。
お守りを持たされただけで、青葉の体調が即座に改善されたのだ。
霊的な効果があるのは疑う余地なし。
「まだ、商談はおわりじゃないわ。イタコさん、お札のようなものはもっていらっしゃらないかしら? 妖怪にペタリと貼り付けたら、跡形もなく消滅するレベルだと都合が良いわ」
わたしの言葉に、イタコさんは再び不快な笑みを浮かべる。
あー。ボッタくるつもりだな。
値切ってやりたい。でも、値切るわけにはいかない。ご機嫌を取る必要があるもの。
「――言い値で買うわ」
格好良く、言ってやった。
これまでわたしがお年玉と株の売買で貯蓄した金額は1000万。
さすがに、この金額を越えるようなことはないと思うが……
内心、心臓がドクドクいっている。
「ほっほ。剛気なお嬢様じゃ。見た所、別に霊障に悩まされているような――」
「ご託はいいの。さっさと値段を提示して頂戴」
「魔除けの術符。3枚セット価格で200万円。1枚だけなら70万円」
「3枚セットを3個、購入するわ。早乙女、お金を差し上げて」
「お嬢様、さすがに法外では――」
「払いなさい」
「……かしこまりました」
早乙女さんは今度は怒気を隠すことなく、札束をイタコさんへと手渡した。
わたしに怒っているのか、この飄々とした老婆に怒っているのか……
イタコさん、ご機嫌になりすぎてぺらぺらと札束を触って「デュフフ」とか声が漏れ出してしまっているんだが――まあ、わたしとしては都合よし。
札束ぺらぺらの動作をひとしきりおこなうと、彼女は満足したようで「これ以上用がないなら」と席を立とうとした。
――ここだ。
わたしは手を前に出して、腰を上げるのを中断させる。
「ねえ、イタコさん。これだけ投資したんだもの。少し、お願いさせて貰って良いかしら?」
ここから、青葉強化計画をはじめる。
わたしの生存権のために、青葉の人権には犠牲になってもらうのだ。
----SHINK MEMO----
「実はたっくんも早乙女さんの隣でボディーガードの真似事をしてくれていて、バリクソかっこよすぎてやばいので意識に入らないように意識してる」
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