05 わたしと婚約者

「抱きしめたいな、たっくん!」


 名駅の金時計で待っていた婚約者に、ガバッと助走を付けて抱き付く。

 彼は気付いていなかったようで、わたしに抱きつかれて転びそうになるが――なんとか踏ん張って、優しく抱き返してくれた。


 わたしの婚約者。名前を戌亥琢己いぬい たくみという。

 某特撮番組にちなんで、愛称は”たっくん”である。


 たっくんは2個年上の高校1年生。

 童顔のイケメンで、身長はわたしより少し――ヒールのぶんくらい高い程度。

 ショタキャラの外見に相応しいほど初心うぶで、わたしが抱きついただけで耳まで真っ赤にしている。


 記憶が戻った当初は、死亡フラグを折る一環で婚約を解消してやろうとも思ったが――無理だった。


 たっくんを捨てるぐらいなら、人生を捨てるレベルで惚れてますもん。


 前世の年齢を加算すればアラフォーに突入した現実があるのだが、恋に年齢は関係ないのだ。

 それに、わたしってば乙女座だし。

 幼稚園の頃に初めて顔合わせしたけど、その時に一目惚れをしたセンチメンタリズムな気持ちが今でも残ってる。


 わたしの第二次性徴が早かったせいで、たっくんが一緒にお風呂に入ってくれなくなってギャン泣きしたなぁ。合法お医者さんごっこが違法であることをわたしに諭すたっくん優しすぎてさらに泣いたし。

 両親の都合でたっくんが愛知県に引っ越してしまい、たまにしか会えない中距離恋愛になった時もガチ泣きしたし。「離れていても、心は一緒だよ」と頑張って慰めてくれるたっくんの優しさにさらに泣いたし。


 BL本が見付かったときは「僕もエッチな本には興味あるし……」と理解を示してくれる紳士だし。

 一緒に女性向けのアニメも嫌がらずに見てくれるし、少年漫画的な趣味の相性も抜群。

 わたしが縫った、ブランドじゃない手作りの服を大切に着てくれるし……


 やさしいし愛してくれる。

 一緒にいて落ち着く。

 手放すなんてとんでもない!

 世界で一番格好良い。

 釣り合うように努力するのが、すごい大変だもん。


「たっくん……」


 あと、腹筋の触り心地とかすごく良いし。

 こう、さわさわーと。さわさわー。


「うーん。デリシャス」


 適度に腹筋を堪能した後、たっくんの両頬にキスをして思い切り抱きしめ、胸を押し当てる。

 まだ中学2年生ですが、高スペックなわたしのおっぱいはDカップまで成長しているのだ。


 形も弾力も乳首の色も最高ですぜ、フヒヒ。

 性の喜びを知れ! これが性的搾取や!


「えっと、久し振り。クーちゃん。元気にしてた? というか、当たってる……」

「当然。当たってるんじゃなくて当ててるの。たっくんのほうも元気そうね」


 ――――主に下半身が。

 と、動揺するたっくんに、耳元で息を吹きかけるように言ってやる。


「わ、これは、違って。その――」

「ハッハッハ。良い良い。ういやつめ」


 良い子だなぁ。良い香りがするなぁ。

 どれどれ。おじさんがクンカクンカしながら匂いを嗅いでやろう。


 そう思っていたら、頭にゴン。と衝撃があった。


「深紅ちゃん。人前で恥ずかしいからやめて」


 ジト目をした蒼葉さんである。ジト目可愛い。

 わたしはたっくんから引き離され、蒼葉に「悪いことをしないように」と手を繋がれる。


「あ、蒼葉。恥ずかしいんだけど」

「冗談。友人として私のほうが恥ずかしいよ。まったく……」

「フヒヒ、サーセン」


 頭がフット―していたので、少しは反省するのでゆるして欲しい。


「もう! 深紅ちゃん、普段はシッカリしてるのに戌亥くんの前だとダメダメなんだから。しっかりしてよ」

「自分、初号機ですから」

「まーた、そうやって意味が分らないことを言う!」


 正直、たっくんに会うと気持ちが舞い上がりすぎてトキメキがヤバイんだよ。

 暴走しても許して欲しい。

 会えない時間というのは想いを募らせるものなのだ。


 醜い独占欲だと思うが、身体接触してわたしの臭いをマーキングしないと気が済まない。

 他の女が寄りつかないように、スペシャルなフェロモンを付けとかないと駄目だという使命感すらある。


 常日頃、近くにいないから不安で不安で仕方が無いんだ。

 たっくんイケメンだし。絶対モテるし。


 ――わたし自身に、依存癖があるようだし。


 前世で散々スイーツ()とかいってメンヘラを叩いて煽ってきたのに恥ずかしいコトだが、自分も恋愛脳であったことを自覚せざるを得ない。

 ふと、たっくんに捨てられたら……とか考えて鬱になる時があるもん。


 まあ、そういう時はBL本を読めば一気にテンション上がって復活するんだけど。


「戌井様。こちらをお持ち下さい」

「お気遣いありがとうございます」

「いえいえ。いつもお嬢様がご迷惑をおかけして申し訳けありません」


 わたしと蒼葉がそうこうしている間に、早乙女さんがたっくんにコンビニで購入した菓子類を預けている。

 うむうむ。男子たるものレディをエスコートしたりけり。


 ……あ。たっくんがコンビニの袋を下半身のテントを隠すように持ってった。

 あかん、あかんでそれは!

 蒼葉も食べるヤツだからそういうことに使っちゃ駄目!


 コンビニの袋でガードしなくても、生理現象を隠す手段はある。

 わたしが前方からたっくんを抱きしめて移動する形にすれば、カバーは余裕だ!


「わたしが持つ」


 スッとコンビニ袋をたっくん手から取り上げると、可愛い婚約者様は激しく動揺した。

 視線をキョロキョロと彷徨わせ、前屈みになると「ごめん、トイレに」と駆け足で公衆トイレへ向かって行った。ポジションの調整だろう。

 わたしの中の悪魔が『くっそ可愛い、萌える』大興奮し、良識ある天使が『恥を知れ俗物!』とお怒りだが――これも全部戌亥琢己ってやつの仕業、たっくんが全部悪いのである。


 早乙女さんがわたしを非難じみた目でわたしを見るけど、駄目だから。


「これは譲れない。絶対にだ」

「もう。深紅ちゃんはガメツイんだから。お菓子はたくさん買ってあるから大丈夫だよ」

「いえ、そういうことではなく……なんでもありません」


 無垢な少女に余計なことを言おうとしたボディーガード早乙女さんをギロリと睨む。

 こういうのは、蒼葉が男女交際をした時に「あっ……おっきく、なってる。こんな簡単に……」と身をもって体験することに浪漫があるのだ。

 蒼葉の態度に将来の彼氏が感じるであろう羞恥心を奪ってはいかん。


 ちなみに『将来の彼氏=わたしの弟』計画が進行中である。

 あくまで予定だけど、カップリングが成立するようにわたしが暗躍しているのだ。


 弟の方は、蒼葉をかなり異性として意識しているように感じる。

 時折「姉さん、やっぱ女性的には年下の男はナンセンスかな?」とか一丁前に悩んで質問してきたり。


 『妖怪憑きと王子様』での弟は、姉であるわたしに淡い恋心を抱いる。

 ルートによっては、深紅を間接的に殺すことになった蒼葉に対して復讐の鬼になるレベルで。


 カネの力で不良を雇い、裏路地で蒼葉をレ○プさせる。

 蒼葉と交際中の王子様の尻穴をレ○プ。

 女装して蒼葉の彼氏をNTR。

 蒼葉の自宅で『オマエノセイデ姉ハ死ンダ』と血文字を書いて自殺。など。

 

 弟=選択肢をミスした時のバッドエンドくんだったのである。

 現実いまは、そんなフラグが完全に折れた人畜無害な弟でしかないのは、わたしの手腕といっても過言ではない。


 毎年の誕生日にプロテインを箱でプレゼントして筋トレを強要したり、「これ、萌えるよね」とBL本の濃厚な絡み描写を見せつけたり、弟の目の前でたっくんの写真にキスしたり、見返りなしでコンビニでのアイス購入を依頼したり、粗を見付けては適当にディスってみたり。

 完膚なきまでに上下関係? を叩き込んでいるので、今世で近親相姦的なアレは心配していない。

 弊害として「姉ちゃんはド変態!」と弟に勘違いされているが、しゃーなしである。


 蒼葉は、今のところは「深紅ちゃんがいちばん好き!」と発言し、あくまで親友の姉弟としてうちの弟のことをみている。

 好みのタイプを聞けば”優しくて包容力があって、ご飯を美味しく食べてくれる人”。

 自意識過剰でなければ、完全にわたしでしかない。


 わたしも蒼葉が大好き――当然、友人としての意味だが――であって蒼葉の好意が嫌ではないので、邪険にはできずなし崩し的に今の距離感。

 あくまで、友情の延長線上の”親愛”で留まっており、劣情を向けられているワケではないし。


 百合ルートのフラグは、ゆっくりと折ることができればいいのだ。


 だから、ゆっくりと弟の調教きょういくを進行させていけばよい。

 蒼葉のスペックに釣り合うように、陰ながら紳士的な英才教育を施していくのだ。


 ゲームで様々な容姿の攻略対象と付き合うことになる可能性を持つ蒼葉なので、容姿も性格もわたしの好みで完成形へと導いている側面がつよい。


 弟の見た目は、わたしの独断により水泳+サッカーで鍛えられたスポーツ体型のマッチョになってきている。

 葛飾区を舞台にした警察漫画で海パンを穿いた特殊刑事が好きな蒼葉のため、ブーメランパンツが似合う男を目指して躍進中なのだ。


 ゲームでは、外道院獣げどういん じゅうって俺様マッスルがいるし、少なくともマッチョ嫌いではないのでマイナスにはならないハズ。

 まあ、筋肉が嫌いな女の子なんていませんよ。

 マッスルすぎるのはアレだけど、自衛隊とか警察官とか消防士のレベルの範疇なら女の子はみんな大好物さ。

 同僚同士の絡みとか、先輩後輩とか、その職種に憧れる少年とオッサンとかのシチュエーションは最高に萌えるし。


 おおっと、涎がでそうになった。

 これは食欲に対する涎だ。まだ慌てるような時間じゃない。


「たっくん戻ってきた。こっちこっち。ラーメン食べに行こ?」

「ぇ、コンビニの袋に駅弁入ってなかっ……た?」


 まったく。たっくんの唯一の駄目な部分は食が細い所だな。

 身長が伸びないのはこのあたりが関係しているかもしれないので、夏休み後半はわたしが手料理を振る舞うことにしよう。そうしよう。


「じゃあ、ラーメンはわたしと半分こで。駅弁は、余ったらわたしが食べてあげるから」

「じゃあ、そうさせてもらおうかな」


 たっくんが笑ってくれると、ほっこりする。

 守りたい、この笑顔。添い遂げたい、この笑顔。


 だから、死亡フラグなんてバキバキにしてやらないと!


 たっくんとわたしの邪魔する奴は――全員ころしてやるからなぁ。


----SHINKU MEMO----

たたたたっくんのオルフェをエノクしたいよぉvvv

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