第22話 訪問者

「と、言うわけで鈴菜ちゃんとの関係は人には言えないものから言えるようになりました」


「あそう、名前呼びになってるし……まぁ、それじゃなかったんだけどね、俺が聞きたかったこと」

 と呆れた顔をしながら菅原はいう。


 あ、そうなの?と思いながら、まぁいいやと俺は思う。

 菅原には全て話して共犯者になってもらうつもりでいるから。


「咲人、俺のこと巻き込みたくてわざと言っただろ」

「もちろん」


 ニコニコで答える俺に菅原はとても大きなため息を吐いた。



 鈴菜ちゃんとの一件から1日が経ち、久しぶりに菅原と昼休みを過ごしている――場所はもちろん文芸部の部室。

 菅原から「で、関係はどうなったの?」と聞かれた為今に至る。


「渚ちゃんとのことを聞いていたのか」

「あれ、そっちも名前呼びになってる。その時点で2人の関係がうまく言ってることぐらいわかったからもう言わなくていいよ」

「夏休み入ってすぐのことだったんだけどさ……」

「ダメだ、まったく俺の話聞いてない」

 と菅原は呟く。


 それすらも無視して俺は、渚ちゃんと過ごした夏休みを全て菅原に話した。


 2人で意見をぶつけ合ったこと。

 その中で渚ちゃんがどういうことを思っていたのか知ったこと。

 一度は距離を置いたけど仲直りをしたこと。

 入門編という渚ちゃんが作ってくれたノートを使って2人の距離を縮めたこと。

 一度だけならキスをしたこと。

 手を繋げるようになった――もちろん吐くことはせず普通に手を繋げるようになったこと。

 俺となら拒絶反応をおこさなくなったこと。


 全てを菅原に話した。

 俺の止まることのない口に、菅原は後半諦めたのか何も言わず聞いてはくれたが、話終わり菅原の顔を見るととても微妙な顔をしていた。


「なんかすごく成長したんだみたいなこと言うから、てっきり一線を超えたのかと思ったけどさ、やっぱりそうだよな。俺の考えすぎだわ」

 と頭をかきながら菅原はいう。


「?」


 対して俺は首を傾げるだけ。

 いまいち菅原の言っていることがよく分からなかった。


「結局のところ、この夏休み期間で咲人たちの関係はやっと恋人として呼べるぐらいの関係になったと言うことだろ」

「いや、俺たちはもっと前から恋人だったぞ?」

「自覚ないなら言ってやるけどな、手を繋いだりなんてものはな恋人になる前の段階である程度できるもんなんだよ」

「ガーーーン!!」


 いや、ガーンとか言ってみたもののそんなことはわかっているのだよ菅原くん。

 でも……そんな直球で言わなくていいじゃないかよ〜


「まぁ、2人の関係が進んだのならよかったよ。だが、それならそれで前川さんとの関係はどうして終わらせなかったんだよ」

 と菅原はいう。


 菅原のいう関係というのは先程俺が言った、言えるようになった関係のことを指しているのはすぐにわかった。

 友達としても一緒に居るべきではない、と菅原は言っているのだ。


 その上で、この質問。

 最もな質問だと思った。


 この話の流れで行くならば、俺は鈴菜ちゃんとの関係を続けるべきではないことは明白で、続けるか続けないか迷う余地なんてないほどに答えは一つしかない。


 だが、それを選べないのは単に俺がずるいだけ。

 俺がまだ鈴菜ちゃんとの関係を壊したくなくて、一緒にいて欲しくて――いや、そうじゃない。もう鈴菜ちゃんが他の男子と一緒に居たり、付き合ったりというのを考えただけで俺は嫉妬してしまう。


 そう、俺は鈴菜ちゃんに対して独占欲を抱いているのだ。


 だから口が裂けても、鈴菜ちゃんが俺のことをずっと思っていてくれているからなど言えるわけがなかった。

 そんなことで俺が鈴菜ちゃんとの関係を続けているなんて鈴菜ちゃんが知ったら絶対怒ると思う。


「それはただ俺がクズなだけだよ」

「それは申し訳ないけど前川さんと関係持った時から思ってたよ」

「じゃ〜なん……」

「好きになっちゃったんだろ前川さんのことも」


 じゃ〜なんだよと言おうとした矢先の一言。

 全てをわかってるんだからと言いたそうな顔に、菅原が聞きたいのは俺が関係を続けた理由ではなく、俺が鈴菜ちゃんのことをどう思っているのかを聞きたいのだとわかった。


 まぁ、菅原を前に誤魔化せるわけもないかと俺は思う。


 全てを話したとしても結局俺の気持ちを話せなければそれは全てではない――そう菅原に言われた気がした。


「そうだな。鈴菜ちゃんのことも好きなんだと思う」

「そうやって認められるんならいいんじゃん。俺は何もいうつもりはない。羨ましいなと思うだけ」

 でも、と菅原はいう。


「今現状は楠さんが咲人の彼女であり、前川さんは友達であることを忘れない方がいいぞ」


 何を今更なことをと俺は思う。


「なんかわかってないような顔してるから言うけどさ、女という生き物が本当に手に入れたいものができた時、もしくは今の現状を変えてでも手にしたいものができた時、そう言った覚悟を決めた時ってまじで想像つかないぐらい強いからな。こっちのことなんてまったく考えないし、周りのことだって考えない。全ての行動、言動が自分の目的のために動いている。前川さんはその状態に入ったってことなんだよ」

 と体を前に突き出しながら菅原はいう。


 あたかも自分が体験したことがあるかのように話すものだからふざけているとも話を盛っているようにも思えなかった。


 でも、あの鈴菜ちゃんがそんなこと……と思ってしまう自分がいる。


「やっぱり体験してみないと分からないか……」

 と菅原は大きなため息をついた。


 なんか分からないうちにため息をつかれてしまったが、今現状俺がそんな目に遭ってるわけじゃないのだから、肝に銘じておくことしかできない。


 とりあえずありがとうとだけは言っておいた。

 そのタイミングでチャイムが鳴ったため菅原は部室から出て行った。


 俺も同じタイミングで出ようとしたのだが、入れ替わるようにして部室へと入ってきた女子に俺は足止めを食らった。


「話があるんだけど」

 と彼女はいう。


 その人が誰なのかも分からない。

 パッと見ると、とても整った顔をしているように思う。

 上履きの色から同じ2年だというのはわかった。

 だが、こんな整っている顔を持ち合わせている子の名前を知らないということはあり得るのだろうかと思った。


 少しぐらい男子の間で噂なり何なり話がされていそうなのに……。


 とは言え、渚ちゃんや鈴菜ちゃんみたいに飛び抜けてというレベルではないのでなんとも覚えてないのも仕方ないのかな?とも思った。


「なんかめっちゃ失礼なこと思われている気がするんだけど」

 と俺を訝しげな目で見ながら彼女はいう。


 やっぱり何度見ても名前はわからなかった。


「ちょっと聞いてる?」

「あの、まず苗字でも名前でもいいから教えて欲しいんだけど……誰かわからないのに話あるんだけど、で話ができるほど俺コミュニケーション力高くないから」

 と彼女の声に被せるようにいう。


 俺の発言に、どこがコミュニケーションないのよ、とか今メガネ外してるからわからないのか、などとよくわからないことを呟いている。


 そして、急に後ろを向いたと思ったら、何かをポケットから出し、自分の髪の毛をクシャクシャにして俺の方を見た。


 そんな彼女のことを見て、やっと俺は思い出す。


「え、柿沼さんだったんだ」

「そう。柿沼さん」


 知らないと思っていた人物は、俺のクラスメイトであり鈴菜ちゃんが唯一友達と呼ぶ相手。

 話したことはないけれど、鈴菜ちゃんの反応からいい子なのだろうなとは思っていた子。

 あとは……いつもメガネをかけて前髪が目元あたりであるため表情がわからない不思議な子という認識だった。


「まぁ、さっきのは忘れよう。それで俺に話とは?」


 忘れようとは言ったものの忘れることはできないと思う。

 いつもと雰囲気が違うというだけでかなりのインパクトが彼女にはあったから。

 ただ、これからする話にその内容は必要がないというだけ。


「それはそれでムカつくんだけど。まぁいいや、鈴菜のことでちょっと話があって来たの」

「鈴菜ちゃんのこと――うん、何?」

「鈴菜ちゃんって呼んでるんだ。あ、でも鈴菜も咲人くんとか言ってたもんね。友達だとも言ってたし」

 と柿沼さんはいう。


 いったいどこまで話しているのだろうかと気になる。

 気になるが、どこまで聞いてるのか、と聞いたら普通に逆にどこまで進んでるの?とか聞かれそうで怖い。


 最後までです……なんて言えるわけがない。


「う、うんそうだね。それで」

 と俺は話を進めるよう促す。


 それが嫌だったのか、柿沼さんは少しだけ顔を顰めた。

 初めて柿沼さんと話したというのに、今日だけで色んな表情を見た気がする。


 やっぱり見た目で人は判断できない。


「あんた私と話すの嫌なの?」

「嫌ではないけど」

「じゃ〜なんで急かすわけ」

「5限目始まるから」

「どっちみち間に合わないわよ」

「そんな〜」


 最初から間に合わすつもりはなかったらしい。

 仕方がない、立ち話もなんだし座ってもらうことにした。


「はいよお茶」

 と俺が渡すと

「気が効くじゃない」

 と足を組んで、苦っと呟いた。


 パンツが見えた――熊ちゃん。


「え、ダサ」

「は?うるさ」


 もしかしたら俺たちは良い友達になれるのかもしれない。

 なんとなく会話をして思った。


「それで鈴菜ちゃんのことというのは?」

「いや特にない」

「は?」

「あ?」


 うん、ごめんよ。

 怖いから、睨んでくるのやめておくれ。


「ないってどういこと?」

「そのまんまの意味。私はさ鈴菜とは親友と呼べるくらい仲がいいし、分かり合っていると思ってるの。その鈴菜が昨日急に前から好きだと言っていた人と友達になったんだと言ってきてびっくりしたわけ」

 と熱く語る柿沼さん。


 まぁ、親友だと思っている相手が知らぬうちに友達ができたとか知ったらびっくりぐらい……するか?


「それと俺に話すことがないってどう繋がるわけ?」


「は?どれだけ話通じないわけ。鈴菜が好きで友達になったのが月島だというからいったいどんな奴なのか見にきたってわけでしょ。どう考えたって」

 と呆れたように柿沼さんはいう。


 どう考えたってと言われても、今日初めて話すと言っても過言ではない柿沼さん相手に通じるわけがない。


 さっき良い友達になれると言ったのは嘘!絶対無理です。俺この人と仲良くはなれません!


「ということは、話したいというのはただの口実で、実際は鈴菜ちゃんが好きだと言った俺を見定めにきたってこと?」

 と俺は効くと、


「そうだって言ってるでしょ」

 と大きなため息を疲れた。


 言ってないよ?いや、言ってねーよ。

 なんだか心の中でツッコむのも疲れてきたよ。


 とか思っていると、柿沼さんが話し始めた。


「まぁ鈴菜は、ずっと前から好きな人がいるとは言ってたのよ。昨日まで一度も月島だとは教えてくれなかったけどさ。鈴菜にとっては初恋らしくて、の話をする時の鈴菜の顔ってとても幸せそうなんだよ。、そして、どんな時でもを――あ〜なんかややこしいからもういいや、を褒めてた。わたし中学が鈴菜と同じでその時から仲良いからさ色々知ってるわけ。苦労してきたことも辛い思いをしてきたことも。それはもちろん今も変わってなくてさ、見てればわかるでしょ?もし好きな人でも出来て見なよ、前川さんが恋人作るなんて……みたいなこと言われるからね?まじでお前たちの人形じゃねーからっていつも思ってるんだけどさ……ごめん話戻す。だからすごく嬉しかった――鈴菜が好きな人と付き合えるように頑張るって私に言ってくれた時は。ずっと周りのことを気にして自分のことを疎かにしていた鈴菜が自分のために動けるようになったんだなと嬉しくなった。だから……ん?ちょっと待ってね」


 急にスマホを見始めた柿沼さん。

 俺は俺で、鈴菜ちゃんにとって俺は初恋の相手だということがわかり改めて申し訳なくなった。


 誤魔化すように俺は柿沼さんを見る。

 この子本当になんなんだろう。


 急に現れたと思ったたらいつもと雰囲気違うし、嘘をついてまで俺のことを見定めに来るし、真剣な話をしていたかと思えば急にスマホを見始める。


 実に不思議な子だと俺は思った。

 特に不思議だと思うのは、柿沼さんが自分を隠して生活していること。

 どんな理由で隠しているのかはわからない。


 色んな人が世の中にはいるのだな、と俺は結論付け柿沼さんがスマホをいじり終わるまで待つことにした。



「ごめんごめん。それで、さっきの話なんだけど……私の妄想話だから忘れて」

「え?バカなの?」

「は?殴るよ」


 え、ごめん……いや違くて、俺何も悪くなくない。


「流石に無理があるだろ」

「やっぱりそうか〜」

 もう少し早く連絡くれればな〜と柿沼さんはいう。


 誰からの連絡なのかは言ってくれていないが、多分鈴菜からの連絡だったんだろう。


「まぁ、いいや。口止めかなんかされたんでしょ?」

「いや、口止めはされてた」

「じゃ、なんで来たんだよ」

「それでも気になったの。心配にもなったし」

 とバツが悪そうに下を見ながら柿沼さんは呟いた。


 そんな柿沼さんの様子から嘘をついているようには思えない。

 この子は心から鈴菜ちゃんのことが好きなのだ。

 好きだからこそ、鈴菜ちゃんが好きだと言った相手を確かめずにはいられなかった。


 そうであるならこれ以上とやかく言うのはやめておこう。


「先に言っておく。部室のはルールがあって、ここで話したことは基本他言無用なんだ。それだけは守ってくれ」

「何それ月島嘘下手かよ――まぁ、ありがたくそのルールを守らせてもらうよ」

「おう、じゃ、今から戻ろって言っても無理か……」

「うん、諦めな」

 あとさ……と柿沼さんはいう。


「鈴菜のこと傷つけたりしたら私許さないからね」

「うん。傷つけない……努力はするよ」

「そう、ならいい」


 満足そうな顔で柿沼さんはソファから体を起こし、部室を出て行った。


 諦めなとか言っていた癖に自分は戻るのかよ、と心の中で思うが、その思いは今の俺の心情を誤魔化しているだけに過ぎない。


 俺はまた嘘をついた。


 俺は既に鈴菜ちゃんのことを数えきれないほど傷つけている。

 いつも笑顔でいてくれるのは、それでも俺のことを好きでいてくれる鈴菜ちゃんだからこそなのだ。


「これからも傷つけることにはなるんだよなぁ〜」

 と部室の天井を見ながら呟く。


 鈴菜ちゃんが傷つかないというのは、鈴菜ちゃんと知り合った時点でほぼ無理。

 俺が渚ちゃんといる時点で不可能に近いのだ。


 いずれ、柿沼さんもそれを知る時が来るだろう。

 その時に、俺は言い訳せずに怒りをぶつけられるだけぶつけられたらそれでいい。

 それよりも、どんなに傷つけてしまったとしても鈴菜ちゃんとはしっかり向き合うと決めたのだから、とことん向き合っていこうと思う。


 それが、鈴菜ちゃんにとって1番浅い傷になることを信じて。



「よっこらせっと、俺も戻るかな」

 とまた1人で呟いて、ソファーから立つ。


「もしかして、菅原が言ってた体験してみないとわからないというのはこういうことか?それだとあいつも俺みたいな経験したことあるってことなのかな?」




 この時の俺は菅原が言っていた本当の意味をまだ知らない。

 だが、すぐにわかることだろう――変わりゆく日々というのは突然にやってくる。




 教室に戻ると、柿沼さんの姿はなかった。

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