第23話 変わりゆく日々
当たり前だった日々は突然変わる――良く聞く話。
だけど、それを聞くのはいつだってドラマやアニメのフィクションの中だけ。
現実世界ではあり得ない。
昨日まで、いや、朝、家を出るまでは俺もそう思っていた。
――――
登校中、いつもは感じない視線を痛いほど感じる。
それはチラ見をされているわけではなく、ガン見をされているから。
見るだけならまだいいが、耳を済ませると、いや、済ませなくたって聞こえる。
「おい、楠さんが男と歩いてるぞ」
「は?誰も近寄ったことがない鉄壁の楠さんに限ってそんな……こ……と、まじじゃん!」
「おい、あれ誰だよ」
「確か……2年の月島ってやつだよ」
「こんな季節にネクタイしてるやつが好きなのか、楠さんは」
「俺も明日からしよっかな」
いやいやそこの男子、聞こえ過ぎだよ!とツッコミたくなるが我慢。
他のところに意識を向けると、隣から何をされるかわからない。
「え、楠さんの彼氏?」
「彼氏なんてつくるのかな?」
「でも、楠さんのあの表情って……」
「「「恋してるわ〜」」」
女子は女子で盛り上がってるな〜なんてことを思いながら目線をその女子へと向けようとした時、
「あら、私を見ずに他の女を見るの?」
と渚ちゃんから冷たい視線が飛んできた。
まったくどうしたというのだろうか。
「そんなわけないだろ、渚ちゃんしか見てないよ」
「それが本当なら病院行ったほうがいいわよ」
まぁ、別にそれならそれでいいけど、と渚ちゃんはいう。
あ〜ため息がでそうだ。
ツッコむことさえせずに、俺は天を仰ぐ。
どうしてこうなったんだっけ……。
――――
これは俺が家の玄関から渚ちゃんと学校に行くまでの話。
「はぁ〜昨日は色々あったな」
と玄関に座りながら俺はつぶやく。
俺は昨日のことを思い出していた。
遅れて教室に入った俺は柿沼さんがいないことに気がついた。
そして、柿沼さんが部室で言っていたことを考える。
柿沼さんが中学時代から鈴菜ちゃんの友達であること。
中学の時から鈴菜ちゃんには好きな人がいたこと。
だけど、初恋の相手は俺だということ。
すでに始まっている授業の内容なんて全く聞かず、この三文の中にある矛盾を解こうと俺は必死に頭を使った。
家に着いた時、矛盾を解く解が一つだけ思い浮かんだ。
それは――鈴菜ちゃんは中学時代から俺のことを知っていて、俺のことが好きである――という解。
自分で思っておきながらどれだけ自意識過剰なんだよとツッコミたくなったが、これしか解が浮かばなかった俺にはツッコミを入れるほどの余裕はなく、普通に悩んでいた。
「鈴菜ちゃんって高校からの知り合いだよな」
とまたもや俺は玄関で呟く。
前川という苗字の子が小学生の時に居たのは覚えている。
何度席替えをしても俺の前に来ていたし、話すこともよくあったから。
それに、今の鈴菜ちゃんからはどう考えても小学生の時の知り合いである前川さんは結びつかない。
それだと、俺のこの解は謎のまま……
そんなことを考えながら未だ玄関に座っている俺。
リビングから顔を出した母親に「あんた何してるの?」と言われたことによって俺は慌てて家を飛び出した。
「てか、柿沼さんは昨日どこ行ったんだ?」
「柿沼さん?」
「そうそう柿沼さん……」
家を出てすぐに呟いた独り言。
それに返事が返ってきたものだから、勢いで俺は返事をした。
体から冷や汗が止まらない。
柿沼さん?っと聞いてきた人は俺がよく知る人の声だったから。
「おはよう、渚ちゃん。ど、どうしたのめずらいしねここで会うなんて」
と慌てふためきながら俺はいう。
「誤魔化せると思っているなら別にいいけど……今日から一緒に登校しようかと思って」
と渚ちゃんはいう。
絶対、別にいいなんて思ってない。
だから、俺は鈴菜のことに関しては言わず柿沼さんと昨日話したことだけを伝えた。
まぁ、嘘は言ってないからね――心はもちろん痛い。
「ふ〜ん、私以外の女と話すんだ咲人くんは」
「うげ……それを言われたらごめんとしか言えない」
「何それ、謝る気あるの?」
「ごめんなさい!この通り、大好きなのは渚ちゃんだから」
「そのダメ彼氏が言うようなことを言うのはやめなさい」
「そうだよな。わかった、ごめん。渚ちゃんいつもお昼はコンビニで買ってるよね。今日は俺が買うよ」
「何度も言うようだけど、なんでも謝ればいいってものでもないし、餌付けすればいいと言う問題でもないわ……」
やった!今日はデザート食べれる!と渚ちゃんはいいながら俺の手を取り歩き始めた。
――――
という訳で、今このようになっている。
「渚ちゃんは……」
「どうしたの?」
「どこまで一緒に行くつもり?」
「もちろん咲人くんの教室まで送るつもりだけど」
「さいですか……」
「何、嫌だっていうの?」
「そんな、滅相もございません。嬉しさの極みでございます」
「ムッ……帰りファミレスのパフェで」
「はいはい。じゃー着いたからまたね」
「うん……」
「渚ちゃん、ありがとう。明日も一緒に行こうね」
「うん!」
この会話の瞬間もこちらに向けられる視線は止まらない。
だが、そんなことを気にする必要はないのだ。
俺たちは恋人同士であり、こうやって一緒に登校したとしても何も問題はないのだから。
いつもは1人で登校する毎日。
それが、これからは渚ちゃんと2人で登校する毎日に変わるだけなのだ。
一つぐらい変わったって俺には何も支障はないし、むしろこんなことなら嬉しいのでもっと変わって欲しいと思う。
そう一つだけなのであればの話……。
渚ちゃんが嬉しそうにしながら自分のクラスに入ろうとした時、いつもと違うことが起きた。
「あ、咲人くんだ〜おはよう!」
「え?」
頭の中で、まずいという思いが膨らむ。
この陽気で嬉しいそうに名前を呼ぶ人を俺は1人しか知らない。
案の定、振り向くと鈴菜ちゃんが俺に手を振りながら近づいてきていた。
その際、渚ちゃんと鈴菜ちゃんはすれ違い、お互いがお互いの目を見合っているように感じた。
なんだこれは――と心の中で俺は呟く。
見えてはいない、見えてはいないが2人の間には間違いなく火花が散っている。
こんなことは今までなかったからどうすればいいのか考えるのを忘れていた。
まぁ、考えられるわけがないのだけれど……そんなこと言っている暇はない。
俺は渚ちゃんの彼氏ではあるが、鈴菜ちゃんの友達なのだ。
友達だというのなら、挨拶には答えるしかないだろう。
心を奮い立たせながら俺は返事をする。
「お、おう。おはよう前川……さん」
……盛大にチキった。
鈴菜ちゃんの顔が若干悲しそうになる。
渚ちゃんの顔は逆に嬉しそうになった。
そして、笑顔のまま渚ちゃんは自分のクラスへと入っていく。
トボトボと俺に近寄ってくる鈴菜ちゃん。
なんと声をかけようかと思っていると後ろから肩を掴まれた。
「ねぇ〜月島、昼休み話あるから」
と俺の方を掴みながら後ろにいる誰かはいう。
「あ〜昼休みは予定が……」
「あるわけないよね」
「はい……もちろんありません」
「了解」
それだけ言って後ろにいる気配はいなくなる。
次は前から声が掛かった。
「あの……咲人くん、月島くんって呼んだ方がいいかな?」
と下を向きながら鈴菜ちゃんはいう。
「いや……さっきのは咄嗟だったからさ……」
「本当?なら、おはよう咲人くん」
「あ……ああ、おはよう鈴菜ちゃん」
「えへへ、おはよう!」
さっきまでの落ち込みは嘘だったかのというように、満面の笑みで鈴菜ちゃんは自分のクラスへと入っていった。
この短時間でものすごく疲れた。
なんだこの怒涛の展開は。
そこで俺は思い出す――昨日昼休み、菅原から言われた言葉を。
思い出したと同時にまた俺は肩を掴まれた。
なぜか手は濡れている。
「俺が言っていた意味がわかっただろ」
と菅原は歩みを止めることなく俺にいう。
「今だけはお前に会いたくなかったよ!!」
と俺は八つ当たりのように、菅原を後ろから押した。
クラスに入ると大変だった。
渚ちゃんとのことを見ていた人たちから質問攻めにあい、幼馴染だからと話を通すと、次は鈴菜ちゃんとのことを見ていた人たちから質問攻めにあった。
鈴菜ちゃんが同じクラスにいるのだから少しはあっちにも質問してくれと思ったが、思うまでもなくあっちはあっちで質問されている。
いつ終わるのだろうか……そんなことを思っていたが、驚くことにこの質問タイムを終わらせてくれたのは柿沼さんだった。
「お礼はいいから」と小声で言って自分の席へと戻っていった柿沼さん。
これからは柿沼様と呼ばせて頂こうか……と悩むほどにはありがたかった。
柿沼さん、いや、柿沼様のおかげで一旦は治った質問攻め。
だが、菅原の言う通り、彼女は止まることを知らなかった。
一限目前
「ね〜咲人くん、数学の宿題やってくるの忘れたんだ〜見せてくれない」
「あ……うん、いいよ」
「ありがとう!」
二限目前
「ね〜咲人くん、消せるボールペンなくなっちゃったから頂戴」
「あげることはできないけど貸すよ」
「ちぇ〜ありがとう」
ちなみに俺はノートを撮る時シャーペンは使わない派。
菅原には珍しいなと言われる。
三限目後
「ね〜咲人くん、最近この匂いにハマってるんだ咲人くんも作ってみなよ!ほら!」
「え、おい……この匂い絶対女子しか使わないやつじゃん」
「えへへ、咲人くんわたしと同じ匂いだ」
四限目後
「ね〜咲人くん一緒に……」
「ごめん、今日は用事があるんだ。だからまた次の機会で」
「ムッ……まぁ〜いいや、また明日誘うね」
バグってやがる――部室で俺はため息をつく。
クラスの人からの視線が痛かった。
菅原の話をもっとちゃんと聞いておくべきだったと改めて俺は思った。
だが、これで終わりではない。
この部室にはこの後1人、2日連続の訪問者がいる。
「入るよ」
と柿沼さんはノックもせずに入ってきた。
ドカッと音が出そうな勢いで、俺の反対側のソファーに座った柿沼さんは持っている弁当も開けずに質問をしてくる。
「それで、どう言うこと?」
説明してくれる?と柿沼さんはいう。
その少し落ち着いた感じが逆に怖い。
「え〜と、どこから説明すれば……」
「もちろん朝のことだけど?」
「ですよね……」
どう説明すれば良いものかと俺は悩む。
ストレートに、渚ちゃんは俺の彼女であり、鈴菜ちゃんは友達だと伝えられればいいのだけれど――そう簡単にはいかない。
渚ちゃんのことに関しては自信をもって言える。
だが、鈴菜ちゃんのことを友達かと聞かれて友達だよと素直に答えることはできない。
俺と鈴菜ちゃんの関係は、一言で友達だと言えるほどの仲ではないのだ。
とりあえず言えることは言おう。
「実はさ、俺と楠さん……いや、渚ちゃんは付き合ってるんだよ。一年生の時から」
「は?どういうこと?」
どういうこと?って言われても、そのままの意味としか言えない。
でも、柿沼さんにそのままの意味とも言えない――絶対に怒られる。
「そのままの意味ですけど」
「わかってるけど、バカなんじゃないの?」
やっぱり怒られた。
「なら、月島は彼女がいながらも、鈴菜の好意を知った上で友達してるってわけ?」
と足を組みながら柿沼さんはいう。
今日はうさぎ……見た目とパンツのギャップがありすぎる。
「まぁ、そういうことになるかな……」
「私、鈴菜を傷つけたら許さないって言ったよね?」
……何も、言い返せない。
俺が渚ちゃんと付き合っている間は鈴菜ちゃんのことを傷つけ続ける――それはわかっていたことで、わかった上で鈴菜ちゃんと一緒にいた。
だから本当は、昨日の時点で傷つけるなと言う約束に無理だと言わなければいけなかった。
だが、今からでも柿沼さんに言わなければいけないことがある。
「そうだね……昨日の時点で言わなければと思ってはいたんだけどさ、実は知ってるんだ」
「何を?」
「俺と渚ちゃんの関係を……」
「誰が?」
「鈴菜ちゃんが」
「は?」
まぁ、そうなるだろうなとは思った。
俺だって、今でもわからないもん。
「じゃ〜鈴菜の今日の行動は、月島に楠さんと言う彼女がいることをわかった上でやっていた行動だって言ってるわけ?」
「そうなります……ね」
「何よ……それ」
と柿沼さんは下を見ながらいう。
何を思っているのか俺にはわからない。
だけど、柿沼さんにとって初めて見る鈴菜ちゃんの一面ということはわかった。
だとするならば、俺が鈴菜ちゃんを変えてしまったのかもしれない――そう思うと、1割の優越感と9割の罪悪感で俺の頭は埋め尽くされていく。
一層の事、柿沼さんが無理矢理にでも俺と鈴菜ちゃんのことを引き剥がしてくれないだろうかと、俺は思った。
第三者による介入――なんだかんだ1番傷つかない終わり方なのではないか。
だが、それをするにあたって鈴菜ちゃんと柿沼さんの仲が悪くなる可能性がある――だとするならばこの選択肢はあり得ないなと俺はこの考えを消した。
「何よ……それ」
と先程と同じ言葉を柿沼さんは口にする。
そこまで落ち込むのであれば言わなければよかったなと俺は言った事を後悔する。
最近後悔することが多くなったな……と思いながらも、柿沼さんになんと声をかけようかと必死に考えた。
既に頭はパンク寸前――最近いろんなことを考え過ぎている。
そんなことを思っていると柿沼さんがバンッと机を叩いた。
「何よ……それ、めっちゃ面白いラブコメしてるじゃない!!」
「は?」
「は?じゃないわよ。何よその激アツなラブコメ展開は。超不純じゃない!最近徐々に売れ始めてる不純ラブコメじゃない!」
とものすごく興奮した様子で柿沼さんはいう。
驚き過ぎて俺は声も出せない。
この瞬間だけは頭の中が驚きで埋め尽くされている。
とても頭が軽い。
「私ね、将来の夢はラノベ作家なのよ」
と胸の前で手を組みながら、目をキラキラさせ柿沼さんはいう。
「だから鈴菜がこんな事をしていたことに驚きを隠さない。けど、それより興味の方が勝つのよね。私的にはこの現状に、月島と鈴菜が体の関係でも持ってくれへばドッロドロの不純ラブコメなんだけどって思うわね!」
現実でそんなことしてたら月島の月島切り落とすけど、と最後にとんでもないことを柿沼さんはいう。
実はその展開になっていますとは口が裂けても言えない。
どう転んだって柿沼さんが良い思いしかしないから。
そして、俺の俺が切り落とされてしまうから。
「なんかいろいろ思うことはあるけどちょっと今後が見てみたくなったから私から何か言うのやめるわ。その代わり、逐一月島にはこうやって聞きに来るね。これ以上鈴菜のことを傷付けさせないためと、私の夢のために!」
と嬉しそうな笑顔で柿沼さんはいう。
「そうですか……好きにしてください」
「ふ!それでいいのよ、それで!」
といいながら弁当箱を持って柿沼さんは部室を出ていった。
なんのために弁当持ってきたったんだと思いながら、俺はソファーに体を預ける。
この半日でだいぶ色々のことが起きた。
そしてとても疲れた。
いつもは向けられない視線をたくさん向けられたというのも理由の一つだろう。
正直、ここまであからさまに俺の日常が変わるとは思っていなかった。
変わりゆく日々は突然やってくる。
それが自分の身に起きると、とてもめんどくさい。
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