4章

第20話 前川鈴菜

 ☆☆


 これは小学1年生の夏休み明け――わたしが月島くんのことを好きになり、今に至るまでの話。


 わたしのお父さん(今は離婚して会ってない)の仕事は転勤をすることが多かった。

 だから1年生の夏休み明けに、わたしは月島くんのいる小学校に転校してきた。


 当時のわたしは今よりも社交性がなく、何もできなかった。

 話しかけれてもうまく返答ができない。

 グループ学習でも協力ができない。

 遠足でははぐれるし、給食当番の時は必ず一回食べ物をこぼす。


 それなのに、なぜか顔は可愛いからって男の子にはチヤホヤされて優しくされる。

「俺が変わるよ」とか「俺やっとくよ」とか、わたしにアピールすることに必死だったように思う。


 そんなわたしが女の子に良く見られるわけがなく、徐々に女の子達はわたしを遠ざけるようになった。

 それだけならよかったのだけど……いつの日か遠ざけるではなくて、わたしをいじめるようになった。


 と言っても、物が隠されたり、影でコソコソ言われたり、仲間はずれにされたりと比較的軽い物だけ。


 でも、いくらアピールしてもまったく靡かないわたしに腹を立てた男の子達が、わたしをいじめる女の子と手を組んでからは軽い物ではなくなった。


 いわゆる病原菌扱い。


 わたしがいる場所、触った場所、全てが汚い、菌だ、と言われ離れられる。

 さらには、わたしが触った場所をアルコールが染み込んでいるウェットティッシュで拭くところまでエスカレートした。


 そして、いつの日かわたしはクラスの角――わたしの他にクラスから省かれている2人のところに追いやられるようになった。


 わたしを含めた3人をクラスの人はいないように扱った。いや、3人の中にいる唯一の男の子は1人だけ仲が良い友達がいるのか、お昼の時とかよく話しているみたいだったけど……。

 それ以外の人からはわたし達と同じように扱われていた。


 一番後ろに座るのは楠さん――人に触れない。触ると吐いてしまうというのはこの時は知らなかった。

 わたしが転校してきた時には既に2人は省かれている状況だったから。

 その楠さんの前に座っているのは月島くん――あの時はなぜ月島くんが省かれているのかは全然わからなかった。


 だけど、今思えば省かれるのは当然なのかもしれない。


 月島くんは誰にでも優しくて、わたしなんかにも話しかけてくれた――そして何より悪いことは悪いと言えてしまう真っ直ぐさを持っていたから。


 でも、それはある意味協調性のなさを示していて、学校の中ではその協調生のなさは悪いことと認識されることがある。


 だからか、クラスメイトはわたしのことをいじめる時必ず月島くんに見えないところかいないところでやっていた。

 席替えのたびにわたしは一度本来行くべき場所に移動をする。そして、移動をした後席を交換するという形でわたしは強制的に月島くんの前に移動させれていた。


 それもこれも月島くんに気が付かれないため。

 それほど月島くんは周りの人からめんどくさがられて、遠ざけられている存在だった。



 席が毎回月島くんの前になるもんだから、当然月島くんとも話す機会は多くなる。


「またお前か」

「うん……よろしくね」


 その時はわたしの名前を覚えてくれていないのかお前呼ばわり。

 それでも、決して嫌な感じはしなかった。


 グループ学習でわたしが1人余っていると月島くんは毎回誘ってくれた。

 給食の時も他の男の子とは違い、変わるよとかは言わずにどうやったら失敗しないでできるのかを教えてくれた。


 月島くんはわたしのことを外見だけでは見ず、特別扱いもしなかった。

 そんな月島くんにわたしが心を開かない筈もなく、朝登校すると「おはよう」とわたしから声をかけるし、帰る時も「またね」と声をかけるようになった。

 授業の合間だって話すようになった。


 そして、わたしが今も尚、月島くんのことを好きでいる理由となったことが起きる。




 昼休み、月島くんが男の子数人に連れられて、どこかへ行ってしまった。


 この頃になると、相変わらずわたしは避けられているもののそれ以外、特にいじめといういじめをされることはなくなっていた。


 だから油断していたのだ――月島くんという存在そのものがわたしに対するイジメの抑止力になっていたことなんて知らずに。

 月島くんが教室を出ていくと同時に女の子たちがわたしに近寄ってくる。


 そして、「お前最近調子に乗りすぎなんだよ……」と言いわたしに水をかけてきた。

 さらには、「なんでお前が月島くんと楽しそうに話してるんだよ」と言ってきた。


 なぜ、そこまでされなくてはいけないのか。

 わたしは誰にも構って欲しいとは頼んではいない。

 男の子達が勝手にわたしを構っただけ。

 それに、月島くんのおかげで前よりかはできることも増え、他人に迷惑をかけることも少なくなってきた。


 それなのに、わたしのどこが気に食わないというのか。


 端っこに追いやられてもわたしは文句ひとつ言わない。

 菌扱いされても、何も言わなかった。

 それは先生にだって親にだって言わなかった。

 もちろん月島くんにも……。


 わたしは月島くんと話していられれば他の全てのことは別によかったのに……。


 そのとき、わたしの中に初めて怒りという感情が生まれた。

 そちらから与えてきた状況の中でわたしはうまく生活したというのに、それに対して調子に乗ってるなどと言われたこと。

 そして何より、わたしが学校に通えていた支えである月島くんとの日々をこの人たちにとやかく言われるのがどうしても我慢できなかった。


「そんなこと……そんなことなんであんたらに言われなきゃいけないの」

 とわたしは目の前にいる水をかけた、わたしをいじめ始めた張本人の頬を引っ叩いた。


 そこからは取っ組み合いの喧嘩だった。

 わたしを菌扱いしていたくせにこういう時は触るんだと思いながら叩いたことをわたしは今でも覚えている。


 クラスの中では当然わたしが悪者。

 だって最初に手を出したのはわたしだから。

 誰も水をかけた行為については触れない。


 次第に一対一だったことがわたし対数人となっていき、一方的にやられ出した。


 その時だった。


「何やってんの?お前ら」

 と月島くんが教室に戻ってきたのだ。


 こんなひどい姿を月島くんに見られたことで、わたしは動揺してしまい声が出せなくなる。

 今すぐにでも助けて欲しいと思った。

 こんなことになってしまったのだ、もう全て月島くんに言って助けてもらおうと思った。

 だけど、どんなに頑張ってもわたしの声は出なかった。


「こいつに、こいつに殴られたの」

「私も見た。こいつが最初に手を出して」


 次々に嘘の情報を月島くんに伝えていく人達。


 終わったと思った。

 わたしにとって一番大切な心の支えがこの瞬間なくなってしまった。

 そんなことをわたしは思う。


 だけど、月島くんが発した言葉はまったく違うことだった。


「そんなわけないだろ。こいつが……いや前川さんからそんな人を殴ったりするわけないだろ。楠さんどっちからとか見てなかった」


「よく知らないけど、叩いたのは前川さん。だけど、その前に水をかけたのは名前知らないけどそいつよ」


「ん、ありがとう。というわけで水をかけたから前川さんは叩いたんだろ?だったらお互い様だろ。それに結局数人で1人を相手にしてる時点でお前達の方が悪いと思う」


「ほら」と言ってわたしにハンカチを渡してくれる月島くん。


 この時わたしは月島くんのこと好きになった。いや、元々好きだったんだと思う、だからこの時初めてわたしは月島くんのことを好きだと自覚した。


 それからクラスの人がわたしに何かをすることはなくなった。

 菌扱いされるとかはなくなってはいないけど月島くんの前にずっといられたから気にしなかった。


 わたしは思う。

 もちろん外見から入る恋だってあると思う。一目惚れもそれの一種。それを否定するつもりはないけど、わたしにとって外見からの恋とか一目惚れととかというのは儚い一時の恋だと思う。


 そうではない場合だってあると思うけど、学生の恋愛があまり長続きしないのは一目惚れや外見を好きで恋をするということが多いからな気がする。


 そんな中、月島くんのことを好きになったわたしの理由は外見というよりかはその中身。

 わたしは月島くんの真っ直ぐなところに惚れてしまった。

 だから、わたしの中で月島くんの中身が基準となってしまった。

 どれだけ月島くんよりも顔が良かったとしてもわたしにとっては月島くんに劣っているようにしか感じなかった。



 それでも当時のわたしに何かする度胸も知識もなく時間は過ぎていく。

 そして、3年生になった時お父さんの都合でわたしは転校することになった。


 転校した先では少しだけ自分を変えてみようと思い他の人の話に相槌を打つようにした。


 そしたら友達ができた。


 中学生になってわたしはさらにモテるようになった。

 だけど、月島くんの時みたいな感情は生まれず毎回わたしは告白を断る。

 その時ぐらいだったと思う――周りからこの子はいい子だと言われ扱われ始めたのは。

 それはわたしにとっても都合は良くて、えへへと笑って相槌を打てばほとんどのことはどうにかなった。


 わたしに向けられる、前川さんはこうであるという押し付けに答える日々。

 わたしにとってストレスにしかならないその押し付けにわたしは月島くんを想うことで発散させる。

 次第にその発散方法は過激になっていき、月島くんの大きくなった姿であんなことやこんなことをする想像をしながら自分でやることで発散させるようになった。


 高校に入る前、両親が離婚しお母さんの方へついていくことになったわたしは月島くんと同じだった小学校がある街に戻ってきた。

 わたしは、もしかしたら再開できるかもという望みをかけてその街に一つしかない高校へ入学することにした。

 幸い勉強はできたから難なくその高校に入学。


 そして再開することができた。

 大きくなっても変わらない月島くんに再開することができたのだ。


 でも急に、長年思っている人が目の前に現れるとわたしはどうしていいのかわからなかった。

 だって、月島くんはわたしのことを覚えてはいなかったし、月島くんのことを想像して淫らなことを自分でやってしまっていたから。

 別にわたし自身しか知らないことではあるのだけど、なぜか後ろめたくなってしまい、あっという間に一年が過ぎ去った。


 2年になりまた月島くんと同じクラスになれた。

 だけど、月島くんには既に彼女がいた。

 あの時省かれていたうちの1人である楠さんと付き合っていた。

 それを見たのは本当にたまたまで、月島くんと楠さんが大きなマンションに入っていくところを見てしまったからだった。


 狂ってしまいそうだった。

 わたしは月島くんだけが生き甲斐でこれまで生きて来たのに、月島くんの一番はわたしではなかった……。


 どうして、どうして、わたしは月島くんをずっと一番にしていたというのに……どうして月島くんはわたしを一番にしてくれないの。


 今すぐにでも叫びたい気持ちをどうにか抑えてわたしは家へと帰る。

 ベットに入った時、わたしの中では月島くんが一番にしてくれない、からどうしたら一番になれるのかを考えるようになっていた。


 だからすぐ行動に移した。

 噂で月島君は文芸部で1人だという情報を手に入れたから。

 とりあえず月島くんに認識してもらわないと始まらない、そう思って入部するつもりでわたしは文芸部の部室へと行った。


 そこでも月島くんはわたしのことをクラスの中心にいる人として扱った。

 だったらとわたしは前のわたしとしてではなく、今回初めて接点を持ったわたしとして接することにした。

 理由は明かさないけど月島くんのことを好きな女の子として。


 部活に入るための材料は揃っている。

 卑怯だけど、断られたら楠さんと一緒にいる写真を見せようと思っていた。


 まぁ、わたしが思っていた通りにはならなかったんだけど。


 決して悪い方向へと進んでいるわけではなかった。

 そこで楠さんが小学校の時に省かれていた理由を知れたから。それは今でも治っていなくて、月島くんにすら触ることができないということを知れたから。


 ロッカーの中に入りながら、この状況の中でどうやったら月島くんの一番になれるだろうを必死に考えた。


 そして思いつく、楠さんとできないことをわたしが代わりにやってあげようと。

 月島くんの彼女という一番を譲ってあげたんだからこれくらいはいいよね――そう思った。


 わたしはわたしの一番を全て月島くんにあげたい。

 だから、月島くんの特別をわたしにして欲しいと思った。




 その願いは叶った。

 月島くんにとっての特別をわたしはもらうことができた。

 その時のことは今でも覚えてる。

 月島くんが帰ってからも、わたしのほてりは冷めることはなく、月島くんを忘れないようにとわたしはその後何度も自分でしてしまった。


 それでも満ちることはなかった。

 ほんの少しずつ、月島くんの気持ちがわたしにも向いていることは感じていた。

 だけど、決して一番というポジションには届かない。


 どんなにわたしが、「わたしの一番にしてよ」と訴えかけても一番なのは体を重ねた順番だけで、他の順番は全て楠さんが一番だった。




 今日までは……。


 今日だけは違った。

 今日だけは、楠さんが隣にいるのに月島くんはわたしの手を繋いでくれた。

 まぁ、これに関しては少し脅しを入れてしまったし正直なところ繋がせたというのがあると思うがファミレスでのことは違った。


 あそこに行ったのだって偶然だし、月島くんがいることも知らなかった。

 それなのに、月島くんはわたしを助けに来てくれた。

 すぐそばに楠さんがいたというのに、わたしのところに来てくれた。

 今日だけは、今日だけは、月島くんにとってわたしは一番になれたのだ。



 それを知れただけでもわたしの心は救われた。

 本当に少しずつではあるけれど、月島くんの心がわたしにも向き始めてることがわかったから。



 ――――


 ベットの上でわたしは呟く。


「やっぱり最終的にはこれしかないよね」


 これしかない――それはカップルとして付き合っていてもやるかやらないかは大きく分かれること。


 体の関係として一番深い関係となれること。


 月島くんのことだから、絶対責任感を覚えて揺れるだろうと思う。

 それに、これだけは絶対記憶と経験に刻み込まれることだろうとわたしは思っていた。



「月島くんの全てが欲しい」


 月島くんがいつも買っているあれを持ちながらわたしはいう。


「この薄い壁が今の月島くんとわたしの距離」


 手に持つあれを開けて広げてみる。


「どうやったらこれなしでできるかな」


 月島くんを確実にわたしの一番とするにはこれがあっては無理だとわたしは思う。


「嫉妬させればいいのかな?」


 月島くんの目の前で、他の男の子と仲良くしたりベタベタ触ったりすれば……


「でも、月島くん以外に触られたくないや」


 すぐにその考えを捨てた。


「やっぱり小賢しいことはしないで強引に行こう」


 そう言って、先程まで手に持っていた薄い壁をわたしはゴミ箱へと捨てた。


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