第17話 外出デート
ポッキーゲームをやった日から2週間ほどが経った。
7月が終わり8月に入ったことで夏休みの終わりが近づいている。
そのことに俺は憂鬱さを覚えていた。
高校一年の時には感じなかったこの憂鬱な気持ち。
理由ははっきりしていて今年の夏休み、7月のほとんどを俺は渚ちゃんと過ごしたからであった。
ちなみに、前川さんとは江ノ島に行ったあの日から一度も会っていない。
時々連絡は来るものの俺が渚ちゃんと一緒にいるため連絡を取る暇がなかった。
基本返信出来るタイミングは寝る時だけ。
返信といっても毎日渚ちゃんと寝落ち電話をしている為、最低限の返信しかできない。
前川さんから電話したいと誘われ断った回数は優に10回は超えている。
その都度前川さんは、『大丈夫だよ。学校始まったら埋め合わせしてね』とLINEを送ってくるが、無理をしていることはわかっていた。
俺と渚ちゃんの関係は、だいぶ進展をした。
どれくらい進展したのかというと、何もしていなくても肩が振れるくらいの距離を保てるようになったと言えば進展の度合いもわかることだろう。
さらにここ1週間ほどは、俺といても渚ちゃんは吐かなくなった。
時々気持ちが悪くなる時はあるが、それでも吐くことはない。
やってみなければわからないとは本当のことなのだなと俺は思う。
あれだけ無理だと思っていたことが、気がつけば1ヶ月ほどでほぼほぼ克服しているのだから。
調子が良ければ、普通に手をつなげるようにもなっていた――もちろん恋人がするような手の繋ぎ方。
俺たちはあの日から順調に、遅れを取り戻すように、恋人としての時間を歩んでいた。
入門編も残すところあと一つとなっていて、内容としては映画館に行くというものだった。
映画を見に行く――至ってシンプルなことだが、今までの俺たちにとっては計り知れないほどの超高難易度クエストであることは間違いなかった。
だが、今の俺たちなら簡単にこなせるであろう、と俺は思っている。
「私、これが見たわ」
とスマホの画面を見せながら渚ちゃんはいう。
俺に見せてきたのは、ミステリー、バトル、恋愛全てがバランスよく網羅されていて面白いと最近話題の外国の映画。
こういう時は日本の甘ったるい恋愛ものを選ぶのが定番に思えるが、それを選ばないあたり渚ちゃんらしいなと俺は思った。
もちろん俺も、甘ったるい恋愛ものよりかは渚ちゃんがチョイスした映画の方が見たいと思うし、そもそもCMなどでよく見かけていたので見たいなと思っていたところだった。
「それ俺も見たいと思ってたんだよね」
「うそ……ではないようね。ならよかったわ」
と一度俺の顔を伺ってから渚ちゃんは頷く。
どこで判断したのかもわからないがわかってくれたのならそれでいい。
「それでいつ行くんだ?」
「え?今からだけど」
と渚ちゃんはいう。
なぜ俺がそんな質問をしたかというと……
「あーその格好で行くの?」
渚ちゃんの格好が出かけられるような服装ではなかったからである。
今の渚ちゃんの格好は完全なる部屋着――上下スウェット姿で色は灰色で統一されている。
俺が着ていた場合、少しは部屋着にも力入れたら?とか言われそうな服装だが、渚ちゃんが着ると普通に部屋着もシンプルでオシャレと言われそうだ。
実際、俺から見てもこの格好でデートに行くと言われても反対することはないと思う。
だが、渚ちゃんがこのスウェットで出かけないことはわかっている。
渚ちゃんは完全に部屋着と外着を分けたいタイプなのだ。
ちょっと近くのコンビニに行くとしても必ず服は着替える。
そんな分けたいタイプの渚ちゃんだからか、俺の部屋には渚ちゃんの部屋着とコンビニなどに行くための外着の2コーデがいつの間にか置かれていた。
そう……いつの間にかである。
それに気が付いたのは母親が持ってきた洗濯物の中に俺のではないが母親の物でもない洋服が紛れていたからだった。
嫌な予感がして母親に聞いてみたら、案の定渚ちゃんのものだった。
さらには、俺の部屋に置いていないだけで隣の空いている部屋のどこかに渚ちゃんの下着類も置かれているらしい。
別に……探してみようとは思ってはいない。
隣の部屋を今後は俺が掃除してあげようかなって思ったりしただけだ。別に見たいとかじゃないよ?
だって前川さんのに比べたら……
「咲人くんそれ以上は殴るわよ」
と既に手に本を持って渚ちゃんは俺を殴ろうとしていた。
意思疎通ができないで悩んでいる人――意思疎通が必ずしもいいものではないというのがこれでわかったであろう。
……とりあえず、渚ちゃんはその本を下ろそうか。
雑誌ならともかくそれ本の中でも特殊な辞書というやつだから。
「誠に申し訳ありませんでした」
映画館で好きなものを買わして頂きます……と俺はいう。
「なんでも謝ればいいってものでもないし、餌付けすればいいと言う問題でもないわ……」
ポップコーンキャラメルとカフェラテ一番大きいの、あとプレミアムホットドッグでいいわ、と渚ちゃんはいう。
実に鬼だ――この間のバーゲンダッツの苺が可愛く思えてくるよ。
「わかった。話を戻すけどその格好で行くのか?」
「また随分前に戻ったわね……。こんな格好で行けないわ。仮にも私と咲人くんの初めての外出デートなのだから」と渚ちゃんはいう
「なら一回帰るのか?それなら俺も着いていくけど」
「いや、いいわよ隣の部屋に私の私服、置いてあるから」
あれ、またいつの間にそんなことが……。
「お、おうわかった。ならお互い準備しようか」
「うん。なら……はい、いつもの」
と渚ちゃんは腕を広げいう。
「ああ、いつものだな」
と俺は腕を広げた渚ちゃんの元へと寄り、
渚ちゃんにハグをした。
外国の人が挨拶がわりにやるようなハグをした。
いつもの――とはここ最近俺と渚ちゃんの間でやっている、2人の関係を進めることの一環。
2人で何か行動を起こそうとするたび、その最初の行動に俺たちはハグを取り入れていた。
実をいうと、渚ちゃんはこのハグを始めてから急激に吐くことが少なくなった。
俺たちの関係が進むごとに、俺たちのルールもいくつか変更があった。
まず、入門編に書かれていたルールを入門編に問わず俺たち2人の今後のルールとしたのだ。
最初からあった内容は変えていない。
今はその内容に加えて、今
この会える時はなるべく会うというルールが俺と前川さを会わせないようにしている。
俺と渚ちゃんの関係を考えるとこれが一番いい形であるとは思うが、前川さんがこれでいいと思うかどうかはさなかではない。
だが、ここで前川さんは絶対寂しがってると思うのはお門違いであり、自意識過剰である。
さらに、俺はバイトをしていないため夏休みは毎日暇である。
渚ちゃんは夏休みの間は俺との関係を進めたいからと渚ちゃんのお母さんに仕事を入れないようお願いしているみたいなので、稽古を毎日する代わりにならという約束の中で毎日暇をしている。
だから俺と渚ちゃんは毎日のように一緒にいた。
時には俺の家だって泊まる。
それが許されるのは、やっぱり渚ちゃんが俺の彼女であり、小さい頃から家族同士面識があるからなのだと思う。
だが、一緒に居るとしても俺たちの関係はゆっくり進んでいる。
キスだってあの時から一度もしていないし、精々したとしてもハグぐらい。
そこは、渚ちゃんの恋愛初心者という面がよく表れているのだと思う。
前川さんとするようなことは、未だ渚ちゃんとはしていなかった。
30分ぐらいが経ち、俺たちは家を出た
映画館までの間、俺たちは手を繋いで歩く。
最初は入門編の内容として――演技として手を繋いでくれていると思ったがそうではないとすぐに気が付いた。
駅に着いても電車に乗っても俺たちは手を離さない。
同じ学校の生徒が見ているかもしれないからと言って手を離すことはない。
カップルとして当たり前の行為なのだから後ろめたさを感じることもない。
お互いの手を――時には力を入れ、時には力を抜き、体に刻み込むように、相手の手の感触を忘れないように――握り合う。
俺が拳銃を撃つような形(人差し指だけを前に突き出す形)に手の握り方を変えると、それに合わせて渚ちゃんも俺と同じように手の握り方を変える。
それをリズミカルに変化せていくと、2人でリズムをとっているようなかたちになり俺たちは笑い合った。
映画館に着き席を取る。
2人席は既に埋まっていた為、俺たちはスクリーンが見やすい真ん中の席を取った。
先程の約束通り、ポップコーンキャラメル味にカフェラテ一番大きいの、プレミアムホットドッグを買う。
上映前に俺たちはトイレを済ませる。
どちらかは買った物の見張りをしないと行けないため1人はトイレに行かず残る形だ。
渚ちゃんは少し身だしなみも整えたいから長くなると言っていた。
まだ映画に時間はあるし、ゆっくりしてきてほしいとは思ったものの口に出すことほどのことでもないので了解とだけ伝える。
俺は1人で待ってる間、ここまでの幸せの時間を思い出す。そして1人でにやけそうになり、顔に出ないよう我慢をしていた。
そんな時だった、俺は後ろから声をかけられた。
「月島くん……やっぱりわたしに嘘、ついてたんだ」
すぐに誰なのかわかった。
俺のことを月島くんと甘えたように呼ぶ人なんて1人しかいないし、俺が嘘をついている相手は俺の知る限り2人しかいない。
「前川さん……」
と俺は振り返る。
なぜここにいるのか、いつから見られていたのか、など聞きたいことはたくさんあったが先に出た言葉はそんな言葉じゃなかった。
「ごめん」
何がと言われるとたくさんありすぎてわからない。
だけど、俺の口からはごめんという一言しか出ない。
「今は受け取っておくね。それよりも」
と前川さんは続ける、
「映画……楽しみだね」
そういって、前川さんは映画のチケットを見せてきた。
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