第18話 どこにでもあの子

 渚ちゃんと初めての映画。

 先程買ったものを食べながら、時には手を繋ぎ、時には見つめ合う。


 そんな行動に、俺は感動していた――渚ちゃんと映画を見に行くことはできないものだと思っていたから。

 改めて、恋人として歩みを進めていることに実感が湧く。

 それが心から嬉しくて、俺から渚ちゃんの手を繋いだ。





 基本的に俺たち2人が何かをする時、渚ちゃんからアクションを起こすようにしている。

 理由としては、驚きが拒絶反応をおこすトリガーになってしまうから。

 驚くことが悪いわけではないし、驚きたくて驚いているわけでもない――だからこそ驚くというのはトリガーになってしまうのだ。


 ポッキーゲームを行った数日後に実際そういった事があった。

 俺はその時かなり調子に乗っていて、勢いに任せて渚ちゃんの手を触れたことがあったのだ。

 案の定、渚ちゃんは盛大に吐いた。

 もちろん俺も油断していたためかかった。


 お互い、めちゃめちゃ謝った。

 俺は、急に触ってごめん……と。

 渚ちゃんは、吐いてごめん……と。

 収拾が着きそうになかったため、最初は渚ちゃんからアクションを起こそうという決まりを作る。


 これをルールに入れないのは、最初はというとても曖昧な条件であるとともに、俺も渚ちゃんも自分の好きなタイミングでアクションを起こしたいと思っていたからである。


 あくまで、今回みたいなことを起こさないための解決案を出しただけで、急に俺が渚ちゃんのことを触っても拒絶反応がおきないのならこの決まりはすぐにでも無くすつもりだった。




 という事で、久々の俺からのアクション。

 一瞬渚ちゃんの肩が上がったが、拒絶反応は起きることなく、ぎゅっと握り返してくれる。


 これからもこうやって楽しく、幸せな時間を渚ちゃんと一緒に過ごせたらいいなと思った。

 そんな幸せな思いだけでこの映画の時間を過ごせたらよかったなとも思った。


 それが出来たら……どれだけ素晴らしい時間となったか……。


 悪態をつくように俺は俺自身に語りかける。

 今の現状では決してこの時間が幸せで素晴らしいものであるとは言えなかったから。


 今起きていることを教えよう。


 俺は、渚ちゃんと映画館デートを楽しんでいる傍ら、渚ちゃんと触れ合っていない方の手は座席の肘置きの下へと伸ばしていて、俺の隣に座る人物と触れ合っていた。


 その相手は――前川さん。


 俺はすぐ隣に渚ちゃんがいるというのに、反対側に座る前川さんと手を繋ぎながら映画を、渚ちゃんとの映画館デートを過ごしていた。


 ――――


 これは、映画が始まる前。

 トイレに行っている渚ちゃんのことを待っているときの話だ。




 俺は、自分のチケットと前川さんが見せたチケットを交互に見やる。


「隣だ……」


 なんとも言えない感想を俺は口にする。

 どうしてこうなったのか――考えなくてもわかる。


 あの日、前川さんを置いて帰ってから――違う。


 連絡を全然取れなかったから――違う。


 渚ちゃんは俺に触れないと前川さんに嘘をついたからだ。

 それが前川さんを行動させてしまった原因である。



 多分、ここで会ったのは偶然なのだろう。

 だがこれでは終わらず、偶然俺を見つけて、偶然見てしまった。


 俺と渚ちゃんが手を繋いで歩いているところを。


 映画館に向かうまでの間、俺は後ろめたさなどないと思っていたが1人だけ例外がいることを忘れていた。

 もっと注意するべきだった。

 もっと俺だけでも気にしておくべきだった。


 だがもう後悔しても遅い……。


 これから俺と渚ちゃんの関係は今まで通りには行かないのだろうなと思った。


 だが、


「えへへ、月島くんすごく困ってる」

 困ってる顔もかっこいい、と前川さんはいう。

 続けて、

「困ってる顔も見てたいけど、そんな時間はないよね。もうすぐが帰ってきちゃうもんね!さっきも言ったけど、月島くんが嘘をついてたこと、今日は触れるつもりないから。その代わり楠さんにバレないようにドキドキの映画デートしようね!」

 じゃあまた後で、と前川さんは行ってしまった。


 完全に壊れてしまっているんだよなぁ……と心の中で呟く。


 少しだけ前川さんに恐怖を覚えた。

 暴走しているように見えて、冷静そうにも見える。

 それがなんとも言えない怖さを作り出していた。


 そんな前川さんを見て、ある意味前川さんらしいなと思った――呑気に考えている暇なんてないのに。



「お待たせ咲人くん……ってまた女の匂いがするのだけど」と渚ちゃんはいう。

「周りに沢山、女性がいるからだと思うけど?」

「それで許されると思っているなら有罪ね」


 こんな状況の中でも俺の口はよく回る。

 人間というのは器用なものなのだなと俺は思った。



 上映案内が開始され2人横並びで進む。

 チラッと横を見ると、渚ちゃんには見えない位置で前川さんが俺に手を振っていた。


 やっぱり今日の前川さんは怖かった。


 ――――


 というわけでこんな状況。


 幸いななのは、俺がポップコーンなどを食べたい時にそれを察して前川さんが手を離してくれること。


 毎回俺が食べたいと思うと、タイミングを見計らったように手を離す――手を繋いでくる時点で冷静ではないが、よく俺のことを見てないとわからないようなことを簡単にしてくるところは冷静だなと感じる。


 それが前川さんの策なのかわからないが、良い意味でも悪い意味でも……て良い意味で言い訳がないのだが、俺は渚ちゃんとのデートよりも前川さんのことを気にしてしまっていた。



「なんか……ずっと難しいと思ってた映画館デートだけど……私たちにかかれば簡単だったわね」

 と俺の耳元で渚ちゃんは囁く。


 もちろん映画は上映中。


 流石だわ私!みたいな顔してるけど普通のカップルであれば難しいと思わないんだよ――とは心の中で呟いておいた。


「そうだな。俺もなんだかんだ言って今日は苦労すると思ってたから、こんなにスムーズにできて嬉しいし幸せだよ」

 となるべく前川さんに聞こえないよう渚ちゃんの耳元でいう。


 だが前川さんの握る力が強くなったため、あまり意味はなかったのだとわかった。




 そして、俺は前川さんに火をつけてしまったらしい。

 前川さんは仕返しかのような行動を取り始めた。


 俺がポップコーンを食べた時、前川さんそのポップコーンを食べた俺の指を無理やり、だけど渚ちゃんにはバレないように引っ張り、舐める。


 久しぶりの前川さんの舌の感触。

 今まで忘れていた、前川さんという感触、感覚が蘇ったかのような刺激に襲われる。


 いけないことをしている。

 ここは無理やりにでも前川さんに舐められるのを止めるべきだと頭では言っている。


 だが俺が指を、手を、引っ込めることはしなかった。

 それが、今日まで積もり積もった罪悪感からだったのか、単純に受けれていたからなのかはわからない。




「面白かったわね」

 と渚ちゃんはいう。


 今は、映画が終わり周りの人たちが出るのを待っている状態。

 出口に人が殺到している中、わざわざ突っ込んで行く必要はないだろうという判断だ。


「そうだね!口コミ通り、いろんな要素がうまいことマッチしてたな」

「確かにあの映画、とてもよく作り込まれていると思ったわ。いつかはああいう映画にも出てみたいものね」

 それで、と渚ちゃんは続ける。

「どうして先程からそんな格好をしているのかしら?」

 と俺の格好を渚ちゃんは指摘する。


 どうしてよ言われてもくつろいでいるだけとしか言えない。いや、言わない――口が滑っても未だに指が湿っているなんて言えない。


「ん〜誰もいないから少しは格好付けてみようかなって思ってさ……」

 と誤魔化すように俺はいう。


「訳のわからないこと言ってないで行くわよ」

 まだしていたいのならしていてもいいけど、と渚ちゃんはいう。

「いえ、もう大丈夫です」

「そう」

 なら別にいいけどと渚ちゃんは立ち上がった。



 劇場内から出て、映画館の出口へと俺たちは向かっている。

 これからどうしようかという俺の質問に、せっかくだからと昼ごはんも外で食べることになった。

 これも俺と渚ちゃんにはとっては初めての経験となるので少し緊張する。

 どこに行くか考え始める俺――だが、渚ちゃんがファミレスに行ってみたいと言ったので仕方なくファミレスへ行くことにした。


 まぁ、少し見栄を張りたい気持ちはあったけど、場所よりも2人で外食をするということの方が重要なのでまた今度の機会としよう。



 ファミレスに着き4人席へと案内される。

 2人席でもよかったのだが、広くなることに越したことはない――それに客もそんなに入っているわけではないため気にすることはないだろう。


 何を食べるか2人でメニュー表を見ながら話す。

 パスタかピザかで迷っている渚ちゃんはとても可愛かった。


 注文を頼み終え、ドリンクバーを取りに行こうとした時だった。


 少し離れた席から男性の声が聞こえてくる。


「ねえねえ、君1人?1人だよね?さっきも映画館から1人で出てきてたし」

「俺たち暇しててさよかったら一緒にご飯でも食べない?」


 ファミレスで堂々のナンパかよと思った。

 渚ちゃんも同じことを思ったのか呆れるような顔をしている。


「いや……大丈夫……です。待ち合わせですし」

 と弱々しくナンパされている子は断りを入れた。


「いや、でも今は1人じゃん。てかめっちゃ可愛くね?」

「それな!それにめっちゃいい体してるし」


 こいつらは本人を目の前にしてなんてことを言ってやがるんだと俺は心の中でツッコミを入れる。

 渚ちゃんに至っては「気持ち悪、埃以下だわ」と呟いていた。


「わたしが……早く着きすぎただけなんで」

 えへへ、と困ったようにナンパされている子は笑った。


 俺からはその子がどんな子なのかはわからない。

 もちろん渚ちゃんもわからない。


 だが、俺はすぐ誰かわかった。

 今ナンパされて困っている人が誰なのかわかってしまった。


 先程まで俺たちと同じ映画館に居て、俺たちよりも先に映画館を1人で出ている――ナンパ野郎の映画館から1人で出てきたと一致する。


 可愛いし、めっちゃいい体をしていると言っていた――事実である。


 えへへと困ったように笑った――この場では俺しかわからないが、この笑い方をするのはあの子だけ。


 心の中で、俺は盛大に文句をいう。


 まったく……偶然同じファミレスだったからよかったものの、違うファミレスで1人の時にナンパをされていたらどうするつもりだったんだよ、と。


 渚ちゃんと初の外食デートだったのに……と。



 だが決して、放っておこうという答えにはならなかった。

 困っている人があの子だから。


「ごめん渚ちゃん、少し行ってくる」

 と俺は持っていたドリンクを渚ちゃんに渡しナンパされて困っている人物の元へと向かう。




「ごめんごめん待たせたな前川さ……いや、鈴菜」

 と俺は声をかける。


 俺が初めて前川さんのことを名前呼んだ瞬間だった。



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