第16話 ポッキーゲーム

「え、なんで」


 演技を忘れて、俺は渚ちゃんに質問をする――なぜ途中で辞めたのか、なぜわざと折ったのか……と。


 そんな俺を見て、渚ちゃんは微笑んだ。

 まるで「期待した?」といっているかのようなその笑顔。


 そこで俺は思い出した。


「そうよ、これこそオリジナル」

 と渚ちゃんはいう。

「なるほどね……」


 オリジナリティーを入れるということ自体俺は忘れていたが、そもそもこのポッキーゲームにオリジナルが必要だと思えなかった。

 2人の関係を進めるにあたって、このポッキーゲームはオリジナルがなくても関係を進められる要素になるのだから。


「私はこんなので2人の関係を進めるのは嫌よ」

「まぁ言いたいことはわかるけども……」


 言わんとしたいことはわかる。


 ポッキーゲームをやっていてキスをするというのは、形的に見れば2人の関係を進めているということにはなる。

 だが、それは明確な意思のもと2人がキスをしたというよりはゲームの延長でキスをしたという印象の方が強いように俺は思う。


「それにこうしていること自体、意味があるでしょ」

「まぁそれもなんとなくわかるけど……」


 渚ちゃんが言っていることは確かだ。

 あのまま続けてポッキーゲームを、キスをする形で終わらした場合、終わった後に渚ちゃんは拒絶反応を起こすことだろう。

 なぜなら、その時点で一度演技が終わってしまうから。


 ドラマ撮影とかでいう、シーンのOKが出て次のシーンに移行する時に似ていると思う。

 そういう時、シーンとシーンの間もずっと演技モードで居続けるかと言われるとそうではない……と思う。

 誰しも一瞬ぐらいは演技をしていない時の自分が出ている……ことだろう。


 渚ちゃんの場合、その演技をしていない間というのは拒絶反応がおこる間とも言えるわけだから、こうしてポッキーゲームを失敗させオリジナル――渚ちゃんが、俺としたいこと、俺にしたいことをやることで拒絶反応がおきない新しい渚ちゃんになる。


「よく考えているなこの入門編」

 と俺はつぶやいた。


 その間も渚ちゃんに拒絶反応はおきない。


「すごいでしょ。もっと褒めて私のことを甘やかしなさい」

 と横っ腹のあたりに腕を当て決して大きくはない膨らみを頑張って張りながら渚ちゃんはいう。


 そう言った子供らしいところも渚ちゃんの可愛いところで愛らしいところである。


 さらに、先ほどから俺たちはほとんど重要なことを言わずに会話をしている。

 一見、この間までと変わっていないように思うが、2人がこの前と違うということは手に取るようにわかった。


「キスはできてないけど、この反対側が湿ってる感じ癖になりそうだな。ここまで計算してる渚ちゃんはやっぱりすごいわ」

「いや……それはわざとではないんだけど……」


 と、言った感じで重要な内容でもお互いの認識に違いが生じていたらしっかり指摘をするようになっていた。


「あ、そうなんだ。経験した俺から言わせてもらうと、これって間接キスだろ?いや違うか、間接キスよりももっと深いものだな……粘液キス?みたいな」

「ちょっと……言っている意味がわからないわ」

「……それこそこの入門編とやらの目的だろ?俺は俺で今の中にオリジナルを見つけたんだよ。だからほら続きやろうぜ」

 と俺はもう一本ポッキーを取り出し口に咥えた。


 恥ずかしかった……実に恥ずかしかった。

 格好つけて言ったというのに間違っていたから。


 そんな俺すらも渚ちゃんはお見通しなのか

「しょうがないわね」

 と微笑む。続けて、

「まぁ、そういうことにしてあげる」

 と渚ちゃんは反対側のポッキーを咥えた。




 再び始めたポッキーゲーム。

 先程よりも早いペースで俺たちの距離は近くなる。


 近くなるにつれて、俺はまた渚ちゃんとキスがしたくなった。

 先程よりも潤っているように思う渚ちゃんの唇からは少しだけピーチの良い匂いがした。

 さっきまではしなかった匂い――いつのまに渚ちゃんはリップを塗ったのだろうか。


 そんな俺を見て、ポッキーを咥えながら目だけで渚ちゃんは微笑む。

 俺がどんな反応するのかまで見越しているような渚ちゃんに俺は嬉しいような感動と共に、俺が渚ちゃんのことを想うよりも、渚ちゃんが俺のことを想う気持ちの方が強いように感じてしまい少しだけ悔しいと思ってしまった。


 そんなことを俺が思っている……ことすらもお見通しなのか、少しだけ渚ちゃんのポッキーを食べる一口の距離が長くなる。

 先程とは違い、途中でポッキーを折りそうな気配もないし、止まるような気配もない。


 2人の間に独特な空気が流れ始める。

 途中でやめることがある……というのを1回目を通して理解している分、俺の頭の中では様々な選択肢というものが存在していた。

 それは渚ちゃんにとっても同じであると俺は思う。



 俺と渚ちゃんの距離はポッキーの長さ。

 半分にも満たないポッキーの長さが、刻一刻と迫る答えの時を表しているようにも思う。


 いっきに食べてしまえば届いてしまう距離なのに、俺たちがそうしようとはしない。

 この距離感や次に起こることの期待がとてもクセになるのだ。

 さらに、今までこの距離で長い時間渚ちゃんを見つめられることがなかった俺は、いつまでも見たいと思ってしまって食べること怯んでしまっている。

 だが、食べないと渚ちゃんとは触れられない。


 だからこそ、クセになるのだ。


 永遠と続いているようなこの時間にもついに終わりが訪れる。

 もう俺と渚ちゃんの距離はゼロに近い。

 とても優しい渚ちゃんの鼻息が俺の顔にかかる。

 あとほんの少し動けばゼロに近い距離がゼロになる。


 今は渚ちゃんの順番であり、この2回目となるポッキーゲームはこの渚ちゃんの判断で終わりとなる。

 目を瞑る渚ちゃん。

 それを見て、ついに……と俺は心が弾む――そして真似をするかのように俺も目を閉じた。


 だが……俺と渚ちゃんの唇がゼロとなるのはなかった。

 微かなポッキっという音と共に渚ちゃんの顔が離れていったからだ。


 俺の口の中には1度目よりも湿っているポッキーだけが残る――それを色んな意味で味わいながら飲み込み、してやったり顔で俺のことを見ているであろう渚ちゃんの顔を見る。


 案の定、してやったりというような顔を渚ちゃんはしていた。


「またか……」

 と俺は呟く。


 俺の頭はどうにかなりそうだった。

 こんな近くに好きな人がいて、好きな人とキスができるかもしれないという距離にいるのにキスができない。


 ……あ〜なんともどかしいのだ、

 と俺は心の中で呟く。


 今すぐ俺は渚ちゃんを押し倒し、渚ちゃんの唇を奪って好きなようにしてやりたい。

 そんな欲望に駆られながらもどうにか自分を抑える。

 抑えることができたのは、ある女の子のことを思い出してしまったからだと思う。


 もちろん、俺が思い出したという女の子は前川さん。

 俺が今渚ちゃんにやられていることは、前に俺が前川さん相手にしてしまったことだった。


 前川さんは俺のことをとても想ってくれている。

 それは、俺が渚ちゃんのことを想っているのと同じなぐらいであろう。

 想いに量も強さもないのだから、それぐらい俺のことを想ってくれているとわかればいい。


 ……目の前にあるのに、届かないというのはこんなに辛いことなんだな、と俺は思う。


 俺は前川さんの気持ちに気が付かないで、ずっと甘えていたのだと知り、とてもじゃないが次会う時に笑顔で「よぉ!久しぶり」なんかは言えないなと思った。



 その後も、ポッキーがなくなるまで俺たちはゲームを続ける。

 3回目、4回目と続けていき、10回目までやっている今でも渚ちゃんとの焦らしプレイは続く。

 プレイといっても一方的にやられているだけだので、なんとも言えないが、10回目までになると俺も慣れてきてキスはしないなと思い始めた。


 それでもドキドキはするし、毎回キスしたいと思うわけで、心を休められる時間はない。


 さらに、渚ちゃんなりに違いをつけたいのか、6回目、7回目となると、ポッキーを濡らすことに、より力を入れ始めた。

 俺は渚ちゃんの方へと進むのに対して、渚ちゃんは一口目は普通に進み、噛み切らずポッキーをそのままにする。二口目は逆に元いた位置に戻り、再度ポッキーを咥える。


 そうして意図的に折られたポッキーは、俺の口の中に入るや否やとけるようにふやけて口の奥へと消えていった。

 文句のようにいっている俺だが、なんだかんだ言ってふやけているところを――いや、渚ちゃんの口に一度含まれたポッキーを食べることがクセになりつつある。


 そんなことを思いながら挑んだ11回目――。


 突如これまでとは違うゲームとなった。

 10回目の時は行き来していた渚ちゃんの口も、今回は素直に食べ進んでいく。


 この時までは、どうせ今回もキスはできないだろう……と思っていた。


 だが、どうにも渚ちゃんからは先程までと同じ覇気のような、俺の悔しそうな顔を楽しみにしているような顔をしていないようにも感じた。


 そして、俺のそんな感は見事に的中する。


 俺と渚ちゃんの唇が一瞬ではあったがゼロ距離となった。

 渚ちゃんの唇の感触が少しだけ残っている。

 一瞬だったし、衝撃的だったから感覚としてしか覚えられていないが、確かに俺と渚ちゃんの唇は触れた。


 当っているのか、当たっていないのか、わからないぐらいのキスを恋人として初めてしたのだ。


「なっ……するという選択肢もあったのかよ……」

 っていう顔してるわね、と渚ちゃんはいう。


 その顔はとても嬉しそうで満足そうな顔をしている。


「ああ、その通りだよ。するという選択肢があったのかよ……」

「それ、今私が言ったわよ」

「わかってるから〜あえて言ってるだけだから〜」

「あら、そうなの。それはごめんなさいね〜」

「何言っても惨めだ。もう何もかも惨めだ」


 そんなことを言いながらも俺の心の中はお祭り騒ぎだった。


 渚ちゃんと一瞬でもキスできたから。


 それに……俺とキスをした渚ちゃんにがおきなかったから。


 、このポッキーゲームの中で一番俺が嬉しいと思うことだった。


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