第15話 渚ちゃん

「渚さん……で」

「渚、で」

「さんは付けときたい」

「付けときたいって何?その程度ならさんはいらない」

「俺にだって譲れないものはある」

「そんなちっぽけな譲れないものなんて捨てなさい」

「いや……」

「嫌じゃないわ。学校とかでならまだしも2人でいる時ぐらい呼び捨てにして」

「なら、渚ちゃんで」

「……ダメよ」

「間があったぞ、」

「ダメよ」

「なら渚ちゃんも俺のことは呼び捨てな」

「な!――はぁ〜咲人くんを呼び捨ては嫌だからちゃん付けでいい」


「咲人!流石にもう寝なさい。渚ちゃんも明日何時間でも居ていいから今日は寝な。咲人、明日も私は仕事なのよ。少しは休ませないよ!!」

 とついに母親が言ってきた。


 時刻は2時を過ぎている。


 楠さん――いや渚ちゃんは俺のベットに。

 俺は母親があらかじめ用意しているくれていた布団にそれぞれ入っている。


 あとは寝るだけとなっていたのだが、どうしても寝る前までに俺の楠さん呼びを渚ちゃんは治したかったらしい。

 1時ぐらいには寝る準備ができていたわけだけど、気付いたら1時間も俺たちは名前の呼び方で話をしていたようだ。


「ごめん。もう寝るから」

「ごめんなさい、もう寝ます」

「はい。おやすみ」

「「おやすみ」なさい」


 母親は欠伸をしながら部屋を出ていく。


「たまには、演技をしている時みたいにカッコよく呼び捨てしてよね……おやすみ」

 と渚ちゃんはいう。


「たまに言うから味が出るのさ」

「ふふ――黙りなさい。大好きよ」

「お、おう。俺も好きだぞ」


 俺の言葉を最後に部屋は静まる。


 少しすると、ベットの方から寝息が聞こえてくる。

 気が付いたら、釣られるように俺も寝ていた。


 ――――


「咲人くん――ふふ、まだ寝ているのね。いつもはかっこいいけど寝てる時だけはとても可愛いのよね」

 やっぱり女匂いがするのは気のせいかしら、と渚ちゃんは呟く。


 朝、目が覚めると(目は開けてない)頬を突く感触と何やら俺に話しかける渚ちゃんの声が聞こえてきた。

 すぐ起きたらよかったのだが、本当に触れるようになったんだなって思ってたら、ご覧の通り起きるタイミングを失った。


 パッと起きてもよかったのだが、突然俺が起きた場合渚ちゃんの拒絶反応が起きるかもしれない――そう思ったから、少し考えることにした。



 ここは、びっくりさせないで起きるしかないよな……。


 さっきまでの独り言を本当に独り言をするためにはどうしたら――そう!演技をすればいい。


 ってことで俺は演技をしながら自然に起きることにした。


 この間、わずか10秒!俺は天才かもしれない。



「ん〜、な、渚」

 と俺はもぞもぞ動きながら呟くようにいう。


「え、起きてた――寝言か。渚だってどんな夢見てるのよ」

 変態と俺の呟きに答えるように渚ちゃんはいう。


 いや、どこから変態出てくんだよ、とツッコミを入れたくなるがここは我慢。


 先程同様、渚ちゃんが俺の頬をツンツンしてきた。

 そのタイミングを見計らって俺はゆっくり目を開け手を伸ばす。


「ンァ〜あれ渚?夢でも可愛いな〜」

 と俺は渚ちゃんの頬に手を伸ばす。


「ふぇ?!……ふふ、可愛いだって、クンクン!」

 と俺の手に甘えるように顔をすりすりする渚ちゃん。


 最後のクンクンとはなんだろうか。


「寝る前はあんなに呼び捨て嫌とか言ってたくせに……本当は呼びたかったのね。昔そうよ、咲人くんはなんでも恥ずかしがって逃げるの。私、咲人くんのためなら、咲人くんの犬にだってなるのに……ワン!」

 と渚ちゃんはいう。


 最後の方――てか、今の発言ほとんど問題発言だったような気がするんだが。

 そんなことを思っていると、


「こんなこともできるのよ、」

 と渚ちゃんは伸ばしていた俺の指をペロンっと舐めた。


 それには、流石の俺も


「いや、朝っぱらから何してるの渚ちゃん!!」

 と思いっきり起きてしまった。


「え……起きてたの?え、え、全部聞かれて……オエッ――」


 俺もしまったとは思った。

 だが、これに関しては渚ちゃんの自業自得。

 とりあえず渚ちゃんの近くにゴミ箱があって、心からよかったと俺は思ったのだった。



 ――――


 昨日お風呂に入るのを忘れていた俺は、朝ごはんを食べる前にお風呂に入った。


 時刻は8時。


 お風呂から出てリビングへ行くと、渚ちゃんと母親が楽しく話しながらご飯を食べていた。


 俺がいなくても朝ごはんが始まってるんだよなぁ〜


 心の中で待ってくれていなかった悲しさを呟く。

 てな、昨日早く寝させてと言ってきた母親がなぜこの時間になっても家に居るのだろうかと疑問に思う。


「あれ、仕事があるって言ってなかった?早く寝ろとか言ってたから、出勤なのかと思ってたけど」


「仕方ないでしょ、渚ちゃんが可愛いんだから」


 まったく理由になっていない――でもわかる。


「まったく、つくづくあんたにはもったいない子よね。昨日もずっとあんたのこと待ってたのよ。申し訳なくてお小遣いでもあげようかなって思っちゃったよ――今月の咲人の分」

「それは冗談にならないからやめてくれ」

「それなら、女の子、ましては彼女を待たせることやおいて行くことをしないことね」


 うぅ――今の俺には母親の言葉がボディブローとして炸裂していた。


「本当よ。こんなを待たせるなんて今後はしないことね」

 と渚ちゃんも便乗していう。


 何もいいかせず、俺は速やかに朝ごはんを食べ始めた。




 朝ごはんを食べ終わったあと、母親は仕事のため家を出た。


 リビングで対面しながら座る俺と渚ちゃん。

 先程から疑問に思っていたことを俺は口にした。


「俺の母親とは触れても大丈夫なんだな」 

 と俺はいう。


 朝ごはんを食べている時、渚ちゃんは母親の隣に座っていた。

 普通俺の横でしょって思ってしまったが、多分自分の体を考えてのことなんだろう。


「もう何年の付き合いだと思ってるのよ、私にとっては2人目のお母さんみたいなものでしょ。色んな意味で」

 と渚ちゃんはいう。


 最後の色んな意味でがなかったら、小さい頃からの付き合いだからってことになるんだけどなぁ〜と毎回、最後ダメになる渚ちゃんに俺はため息が出そうになった。


「俺とも付き合ってからは一年だけど、知り合ってからは年齢とほぼ変わらない年月だと思うけどな」

 と俺はあえていう。


「それとこれとは別でしょ。わかってて言わないで」

 と渚ちゃんに言われてしまった。


 前川さんなら、「えへへ、これからもずっと一緒だよ」とか顔を赤くしながらいうんだろうなと思う。

 また俺は前川さんと渚ちゃんを比べてしまった……。

 いつかボロが出てしまいそうな気がして怖い。 


 少し気を引き締めないといけないかもな――と俺は思った。






 俺の部屋に戻ってきた。

 どうやら早速、昨日話していた入門編をやりたいらしい。


「昨日はルールをしっかり説明したから、今日は2ページ目からね」

 と渚ちゃんはいいながら、楽しそうに、嬉しそうに自分で作った入門編を見ている。


「あ、準備するものがあるんだ。咲人くんお昼を買うのも含めて今からスーパー行きましょう」


「え、そんな用意するものとかもあるんだね」


 俺も入門編の2ページを確認する。


 そこには、ポッキーゲームをしているシーンが描かれていた。


「……これ、本当に入門編なの?最悪俺かかるよね?」

「ええ、何か問題あるかしら」

「問題しかないかしら」

「ふざけるのはやめて」

「理不尽が極まり過ぎてるわ!」


 という事で、スーパーにやってきた。


 お昼は惣菜コーナに置いてある弁当――作ってくれたり、一緒に作ったりはしないのだなと俺は思う。

 お菓子コーナーへ行き、ポッキーをカゴに入れていく――一般的なやつだったり、細いやつ、チョコの味がアレンジされているやつと、合計四箱。


 その他にもお菓子を入れていたみたいだが、ポッキー以外は何を買ったのか内緒とのことだった。


 家に帰り、お昼の弁当を食べ、1時間休憩したのち、部屋へと戻りポッキーゲームの準備に取り掛かる。


「じゃぁ、始めよう」

 と渚ちゃんはポッキーの袋を開封して口に咥えた。


 渚ちゃんの目は完全に演じる目となっている。

 こんな一瞬で切り替えられるほど、俺は演技が上手くない。

 だが記念すべき第1回目だ、気合を入れていこう。


「渚――行くよ」

 と俺は渚ちゃんの咥えるポッキーの反対側を咥えゲームが始まった。




 ゲーム内容はいたってシンプル。

 ポッキーが途中で折れないようにしながらどこまで食べられるかというもの。


 だがこのゲームの本質はそこではない。

 ポッキーを食べながら徐々に近づいていくお互いの顔、そして唇。近づくにつれお互いの間に流れる雰囲気、触れるか触れないかの距離を楽しむ独特なゲーム。

 だからこのゲームは男女で仲を深めたりする合コンや宴会などで行われることが多い。

 もちろんカップルも、何気なくポッキーを食べている時にやったりすることがあるだろう。


 ルールとしては、先にポッキーを折った方が負け――というよりかは噛み切ったら負けと言った方がいいだろう。

 先に口を離したら負け――これは当たり前だなって思う。

 相手より先に目を離したら負け――確かに目を合わせ続けるというのはお互いの距離が近づきやすい。

 仲を縮める、距離を縮めるには最適なゲームと言える。




 やはり演技をしている時の渚ちゃんは別人である。

 触れるか触れないかという距離にいるのに、顔一つ変えない。いや、顔はいつもよりも赤く熱っているように思う。


 そんな渚ちゃんを見ていると、演技だとわかっていても俺は渚ちゃんに夢中になっていく。


 お互い一口ずつポッキーを折らないよう距離を縮めていく。

 あと数口で俺と渚ちゃんの距離はゼロになる。

 これでゼロになると、渚ちゃんと俺は初めてキスをすることになる。

 こんな形で初めてのキスをしてしまっていいのかと思ってしまうが、そんなことを考えられなくなるほど今の渚ちゃんは魅力的だった。


 あと一口……あと一口で俺と渚ちゃんの唇が触れるという距離に近づいたそんな時だった。


 ポキっと音がしてポッキー折れる――いや、意図的に折られてしまった、渚ちゃんによって。

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