第12話 夢のひととき

 部屋に、前川さんの熱を帯びた甘い喘ぎ声が響く。

 俺の目の前には、顔を赤く染めた前川さんが寝っ転がっている。

 かれこれ15分以上、俺たちはお互いを求めてキスをしていた。


「月島くん……今日すごい……すごい積極的だよ」

 と前川さんはいう。


 合間合間に入れてくる前川さんの感想は、俺に求められていることを喜ぶ、歓喜に満ち溢れている。


 俺自身も前川さんからの好意を受けて、とても嬉しいし幸せな気持ちになっている。


 俺は我慢をできず、前川さんの大きな、二つのアレに手を伸ばす。


 俺が一瞬触るだけで、前川さんからは声が漏れる。

 少しイタズラしたくなり、脇をくすぐると――叩かれた。


「ダメ……ふざけちゃダメ……もっとキスしよう」

 と前川さんに求められ、俺は嬉しくなり言われる通りキスをする。


 正直に言うと、先程からこれの繰り返しだった。


 この間弄ばれたやり返しと、先程からキスをして雰囲気を高め、いざ!という時に俺は2人の行為を脱線させていた。


 そして4度目……


 1度目はまだ大丈夫だった。

 だが、4度目となった時、前川さんの攻撃は普通に痛かった。


「どうして、どうして、月島くん意地悪だよ」

 と前川さんは割と本気で泣きそうになっている。


「ごめんごめん」

 と焦る様に俺は謝る。


「いい子いい子してよ……」と言われた為、俺は前川さんの頭を優しく撫でた――その時、


 前川さんは急に俺の体へ飛び込んできた。

 ベットから落ちることはなかったが、かなりの勢いに俺は驚く。


 やっぱりまだ怒っているのかと思った――だが違った。


「えへへ、月島くん騙された〜わたし怒ってないもんね。どうせこの間の仕返しだもん。全てお見通しだから怒らないもんね〜」

 と満面の笑みで前川さんはいう。


 そして、前川さんも仕返しかのように話し始めた。


「わたしね、終業式の時告白されたんだ」

「へぇ〜」

 胸が少しだけ痛んだ――痛む筋合いなんてないのに。


「一年の時からずっとわたしのことが好きだったらしいんだ」

「ふーん」

 胸がまた痛んだ――痛む権利なんかないのに。


「彼優しそうだったし、返事はしてないんだ」

「……」

 言葉を返すことすら、俺はできなくなってしまった。

 嫉妬させるためにやっているとわかっているのに、俺は嫉妬をしてしまった。


 頭の中で、なぜ断らないのだと思う――そんなの思える立場でもないのに。


 そんな嫉妬の渦に俺が飲まれていると、


「ふふ、嫉妬されるっていいね」

 と前川さんは微笑んだ。


 最近いろんな前川さんを見てきたが、この前川さんだけは絶対に出現させてはいけない前川さんだと心に刻む。


「もう意地悪しちゃダメ、だからね?」

 と前川さんは舌なめずりをしながらいう。


 俺は、それに全力で頷いた。


「まぁ、わたしは月島くん以外あり得ないから告白を受けるつもりはないけどね」

 と前川さんはいう。

 続けて、

「わたしにとって月島くんは一番なの。他の人が入れる場所なんて存在しない。大袈裟だと思われるかもしれないけど、どんなにかっこいい有名人だって、どんなにお金持ちの人だって、わたしからしたら一番未満。月島くん未満なの。だから、月島くんもわたしを一番にしてよ」

 と最後、俺の耳元で前川さんは囁いた。


 それが2回戦目の合図となる。


 俺は先程の嫉妬を全てぶつけるように、前川さんに抱きつく。


「えへへ、大好きだよ月島くん」

 と前川さんはいう。


 俺も心の中では認めている事だし伝えたかった。


 前川さんのことを大事に思っていると。

 前川さんのことを魅力的だと思っていると。


 前川さんのことを……好きになってしまっていると――伝えたかった。



 だが、心にまだ居る冷静な俺が、それだけは絶対に言ってはいけないと叫んでいる。

 ここでそれを言ってしまっては、後戻りできなくなるぞと

 言っている。


 だからこそ俺は抱きしめる力をさらに強めた。


「あっ……」

 と前川さんから声が漏れる。


 少し強くしすぎたかと心配になる俺。

 それとは裏腹に、耳元でいつものようにえへへと前川さんは笑った。



「前川さん、とても可愛いよ」


 その笑顔があまりにも可愛くて、つい俺は口に出していってしまった。


 俺がこういったタイミングで前川さんのことを可愛いというのは初めて。


 それを証明するように、前川さんは目に涙浮かべながら、


「月島くんが……月島くんが可愛いって言ってくれた……」

 可愛いって、可愛いって、月島くんが可愛いって言ってくれた!と前川さんは俺の言葉を何度も復唱する。



 ……あぁ、俺は本当に好かれているんだな、と心から思った。


 それがとても嬉しくて嬉しくて、たまらず俺は抱きしめたまま前川さんをベットに倒す。


 再び俺は、前川さんにキスをした。

 そして今度こそ、ふざけることもせずに前川さんの上のアレを触り、お腹を触り、下の布を触る。


 それすらも我慢できないのか、前川さんは俺の耳元で囁く。


「もうムリ……月島くん……月島くんが欲しいよ」


 うるうるとした上目遣いが俺の心へ特大なダメージを浴びせてくる。


「俺も、前川さんが、前川さんが欲しい」


 求め合う2人。

 自然と2人の行為は次の段階へと進んでいく。


 俺は先ほどコンビニで買ったあれを鞄から取り出し、自分につけようとする。


 だが、前川さんに止められた。


「わたしが付けてあげる」

 と前川さんは俺が持っていたものを取り上げて、丁寧につけてくれた。


 つけてくれている前川さんを見ながら、なんとも言えない感覚に俺は囚われる。

 優越感とも言えるその感覚に俺は見惚れていた。


 付け終わると前川さんは俺の前に仰向けで寝転がり、恥ずかしそうに足を開く。


「大好きだよ……いや、愛してるよ月島くん。まだ私たちの間には薄い壁があるけれど、わたしは月島くんの物だから。他の誰でもない月島くんのもの。だから、好きにして……!」


 前川さんの言葉を合図に、俺は前川さんの元へと体を持って行く。


 もう一度だけキスをした後、俺は俺のものを前川さんのものに当てようとした。


 そして、俺と前川さんの体が一つとなりかけた時―俺のスマホから着信音が鳴り響いた。





 その場で固まる俺。

 着信音が鳴るたびに俺は動揺する。


 だが、直ぐに俺の思考は現実へと引き戻された。



 前川さんを見ると、先ほどまで開いていた足は既に閉じられており、女の子座りみたいな形になっている。


 俺と前川さんの間に会話はない。

 着信音だけがこの場に響く。

 俺も前川さんも誰からの着信なのかはわかっていた。



 俺には二つの選択が用意された。

 それも今すぐ決断しなくてはいけない選択。


 片方を選ぶ場合、今この場所で快楽とも言える幸せを手にできる。

 逆にもう片方を選ぶ場合、いつかわからない幸せのために努力をすることになるだろう。


 まったく釣り合っていない選択肢。

 どう考えても前者を選ぶべきなのだ。


 だが、前者を選ぶ気にはならなかった。



 やはり一番というのは偉大である。

 先程まで心を埋め尽くしていた筈のものが、たった一つの事柄だけで覆され、塗り替えられてしまうのだから。


 俺は前川さんに選択した答えを言おうと思った、その時だった。


「楠さんでしょ……早く出てあげなよ」

 と前川さんはいう。


 どう考えてもそんなことを言える状態じゃないと言うのに前川さんはいう。


「楠さんと月島くんの間に何かあったのはなんとなく気が付いてた……それにわたしはつけ込んだの。だからこのくらいの罰で済むのならしょうがないと思う」

 だから、出てあげて……と前川さんは布団を顔まで被りいう。

 続けて、

「そ、それにわたしは楠さんより。月島くんとこういうことできてるから……だから大丈夫、大丈夫だよ」


 前川さんの声は布団を被っていてもわかるくらいには震えている。


 無理をしている――そんなこと考えなくてもわかる。

 前川さんが傷ついていることもわかっている。


 この後の俺の行動が、前川さんをさらに傷つける結果になることも俺はわかっている。


 それでも、俺は電話を取る。


 どちらか2人を傷つけなくてはならないのなら、やっぱり俺は前川さんを傷つける選択する。




「もしもし……」


「やっと出た……咲人くん今どこにいるの?」


「今は……友達の家」


「菅原くんの家か」


 色んな意味で心が痛む。

 楠さんのことを騙してしまっていることに関してはもちろんだが、俺の友達が菅原だけしかいないと認識されていることも地味に俺の心に突き刺さった。


「それで楠さんはどこにいるの?」

 と誤魔化すように俺は質問をする。


「私は……咲人くんの部屋」


「え?」


 予想外の答えに俺はマヌケの声を上げる。


「どうして?」


「やっぱり、ちゃんと話したくて……。私が咲人くんとの関係を急いでいるのかとかを話しておきたくて――いや、違う。そうじゃない」

 と最後らへんは自問自答の様に楠さんは独り言を呟く。


 最初あたりは聞こえていたが、最後の方はまったく聞こえない。


 だが、次に楠さんが発した言葉は、最後まではっきりと俺に聞こえた。


「咲人くんに会いたかったの」


 その一言で、俺の心は嬉しさでいっぱいになる。


「私待ってるから……咲人くんのお母さんにも泊まる許可はもらった。だからずっと起きて待ってるから」

 だから、と楠さんはいう。


「私に会いに来て……」




 その後、俺は5分もしないうちにその場を後にする。

 前川さんを残し、俺は楠さんのところへと向かった。

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