第9話 訪問者2

「学校はどうしたの?」

 と俺は楠さんを部屋へ案内しながらいう。

「もちろん早退したわ」

 元々貴方に会うために学校へ行っているみたいなものだし、と楠さんは答える。


 最後の方はなんと言っているか聞き取れなかったが、行動自体は当たり前だと、楠さんは俺に言っている。


 本当はここの底から喜びたい。

 なんて素晴らしい彼女なんだ、と叫びたい。

 だが素直に喜べない自分いた。


 何より、俺は盛大に失敗をしていた。


 なぜなら、楠さんが部屋に来るのは分かっていたのに、前川さんを俺の部屋のクローゼットに隠してしまったのだ。


 どれだけテンパってるんだよ俺、と思っていても後は楠さん次第。

 俺のクローゼットを開けたあかつきには、とんでもない制裁が俺を待ち受けていることだろう。




 そんなことを思っているとは知らず、一定の距離を保ちながら俺は楠さんを案内する。

 先程から頭が痛い。色んなことが重なりすぎて、我慢しているのも辛いぐらい痛くなってきた。


「ここが咲人くんの部屋なのね……」

 と楠さんはいう。


 俺の部屋をキョロキョロと見回す楠さん。

 一周したのち、楠さんがクローゼットに目をやるのがわかった。


「今日は体調悪いこともあるし、見ないでおいてあげる。だから今後は何か後ろめたいものを隠すのはやめなさいね」

 せめて私の盗撮だけにしなさい、と楠さんは言ってきた。


 どんな勘違いをしているのかは知らないが、とりあえず助かったことだけはわかった。

 安心したからか、俺は力が抜けベットに座る。


 そこで俺は疑問に思った。


「あれ?お見舞いに来てくれた事は嬉しいけどさ、楠さんは大丈夫なの?」

 と俺はいう。

 それは単純に楠さんのことを心配しての発言だった。


「何よそれ……彼氏の心配をして会いにくるのがそんなにダメなのかしら」

 私、帰った方がいい?と楠さんは少し落ち込みがちにいう。


 いつも通じ合っているというのに、こういう時だけはお互い通じ合うことができない。

 俺はもっとわかりやすく楠さんに伝えなくてはいけないのかもしれないな。


「いやそうじゃないよ。来てくれたことは本当に嬉しいんだ。だけど、俺は心配なんだよ。今日はいつもみたいにサポートできるかわからないしさ」

 と俺がいうと。


「そう、ならいいわ」

 ……そういう事じゃないのよと楠さんはいう。


 今回も最後の方は何を言っている聞き取れなかったが聞き返すことはしなかった。


 そんなことよりも、


「ごめん、ちょっと我慢できないぐらい頭痛くなってきた。少しだけ寝る。本当に、わざわざ来てくれたのにあり……」

 と言い切る前に俺の意識は落ちていった。



 ――――


 鼻孔がくすぐられ、俺は目を覚ます。

 外から入る光はまだ明るく夕方ではないことがわかった。


 そっと体を起こすと、かなりの汗をかいている。


「あ、月島くん起きてる!タイミングいいな〜わたし」

 と前川さんは手にお粥を持って部屋に入ってきた。


 そこでまたもや疑問に思う。

 部屋の机の上にはすでに湯気が出ているお粥が置いてあるのだ。


「え〜と俺そんなに食べれる気がしないよ?」

 と俺は前川さんにいう。


「それは、これがわたしの作ったお粥で、そっちが楠さんの作ったお粥でも?」

「是非、食べさせてください」

 と、俺に断る選択肢というのは存在しなかった。



 結果的にどちらのお粥も美味しかった。

 楠さんはおかかを入れたお粥で前川さんは塩で味付けしたシンプルなお粥。


 楠さんが選んだおかかは、俺が一番好きなおにぎりの具で、前川さんが選んだ塩はお粥の中で一番好きな味付けだった。


 俺はここでも、堂々と楠さんを選ぶことができないでいるのだ。


「どっちが美味しいかった?」

 と案の定、前川さんは聞いてくる。

 どちらもと言おうとしたが、無言の圧を前川さんから感じたため……

「もちろん、前川さんです!」

 と答えておいた。



 食べ終わり、俺と前川さんは何をするでもなく、並んでベットのサイドフレームに寄りかかっていた。

 ただ会話をするでもなく、肩が触れるか触れないかの距離にいる俺たち。

 それは、側から見たらとても仲のいいカップルのように見えるだろう。

 実際、俺の思い描くカップルというのもこういったことをしているイメージがあった。


 だが、それを楠さんとできないことに改めて俺は悲しくなった。そして、どんなに時間がかかってもいいからいつかはこうして楠さんと何もせず、話さずとも一緒にいられるようになりたいなと心から思った。


「いま、楠さんのこと考えてるでしょ」


 前川さんからの急な指摘に、俺は思わず前川さんの顔を見る。


「月島くんの考えてることなんて全部わかるんだからね?」

 と前川さんは頬を膨らませる。


「今日は仕方がないよ。楠さんが来ちゃったから楠さんのことを考えるのは。だけどわたしと一緒にいる時はわたしのことを見てくれないとやだからね」

 と前川さんはいう。


 真面目に前川さんは俺に嫌だと伝えてきた。

 こんな中途半端なことを俺はしているのだ、せめてこう言ったお願いだけは聞いてあげたいなと思う。


「今日ね楠さんのことを見てて思ったんだ。わたしがやってることって本当に酷いことなんだって。今までは楠さんは月島くんのことをそんなに好きじゃないと思ってた。でも、月島くんと少しの間だけでも話しているところを見て、楠さんも月島くんのこと好きなんだ、大好きなんだって感じたの。だから改めてわたしがやっている事は酷い事なんだって実感した……」

 でもね、と前川さんは続ける。

「わたし、月島くんのことどんどん好きになっちゃってる。最初は楠さんと一緒にいない時にだけでも一緒に居られたらそれでいいって思ってたのに、最近は毎日一緒にいたくなっちゃって、気持ちが抑えられない」


 いつもの行き過ぎている前川さんとは違って、今の前川さんは至って真面目に話している。

 だからこそ、前川さんの気持ちが真っ直ぐ俺へと伝わってくる。


 先程まで俺の部屋の入り口を見ていた前川さんが俺の方へと体ごと向けた。


「わたしね、ずっと、ずっと、月島くんのこと好きなの、それこそ今日の楠さんを直接見たとしても、わたしの方が月島くんのことを好きだって言える」

 と前川さんはいう。


 ずっという言葉を使ったことに俺は違和感を覚えた。

 だがそれよりも、こんなに前川さんが気持ちを伝えてくれているのに答えることはできないと思った。

 やはり俺の中の楠さんという存在はそれだけ大きい存在だった。






「楠さんとあまりうまく行ってないでしょ?」

 と前川さんは唐突に聞いてくる。


「なんでそう思うんだ、」

 と俺はあえて前川さんに質問を返した。


「そんなのわからないわけないじゃん」

 だって、と前川さんは続ける。

「あの楠さんの前で眠りについた時、月島くん演技だったもん」

 と前川さんはそれが事実だとわかっているかのようにいう。


「すごいな……」

 と俺は言葉を漏らした。


「やっぱり月島くんって優しいよね」

 と前川さんは俺の太ももに頭をつけた。


 その後は特に質問も話しかけることされず、ただただ静かな時間を過ごした。




 あの時俺は、頭が痛いからと言う理由で寝てしまう演技をしていた。

 前川さんが気付いているのだから、もしかしたら楠さんだって気が付いているかもしれない。


 実際気が付かれても問題はないと思っていた。

 楠さんと前川さん、それぞれに気が付かれてはいけないことがあったのだから。

 逆を言えば、その気が付かれてはいけないことさえ気が付かれなければそれでいいのだ。


 まず前提として、あの空間の中で楠さんが演技をして俺のことを看病することが一番問題だと踏んでいた。


 なぜなら、前川さんに伝えている楠さんは俺に触れないという事実が覆されてしまうから。

 それが覆されてしまうと前川さんとの関係がウィンウィンの関係ではなく、本当の意味で俺にしか利益がない関係となってしまうのだ。


 だが、俺はそれを恐れていたわけではない。

 俺が恐れていた事は、事実が違うことを目にした前川さんがクローゼットから出てきてしまい、楠さんと会ってしまうことだった。



 逆に、楠さんに対してはシンプルなもので、単に俺の部屋でいつも見たいな拒絶反応を起こさせたくなかった。

 別に俺の部屋が汚れる事は全く気にしていない。

 だけど、俺の部屋を汚してしまったと気にしてしまう楠さんのことを俺は見たくなかったのだ。


 この中で俺が盛大にやらかした事と言えば、本当に寝てしまったということだけだった。




 少しして、前川さんが帰るといって支度を始めた。

 もう帰るのかと……と俺は思ってしまった。


 帰り際玄関にて前川さんを見送る。

 いつも見たいに、あの言葉を俺に言ってくれるのだと思っていた。

 だが、


「月島くん、わたし月島くんのこと大好きだからね」

 金曜日はやっぱりわたしが部室に行くから、とそれだけ言って前川さんは帰ろうとした。


 そして、「あ、」と何かを思い出したかのようにこちらを振り返り、


「月島くんはわたしに嘘とかつかないよね?」

 うんん、着くわけないよ、とだけ1人でに言い前川さんは俺の家から出て行った。

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