第7話 全てを知るもの(2)

 その後、前川さんには帰ってもらった。

 ここで菅原を帰してもいい方向に進みそうにないし、すぐにでも俺は菅原と話がしたかった。


 部室を出て行く時、

「金曜日、月島くん部活休んでね。あと夜も電話しようね」

 と前川さんは菅原に聞こえないよういう。


 楠さんには電話できないと伝えておこう、と思った。


 ――――


 今、俺は菅原と向かい合っている。

 俺も菅原も無言だ。

 いざ向かい合うと、何から話せばいいのかわからなくなった。


 怒っているのだろうか、幻滅しているのだろうか、菅原との関係がこれまで通りにいけるのだろか、と様々な心配が頭をよぎる。


 どうしよう――と思っていると菅原が口を開いた。


「それで、説明はしてくれないのか?」

 と菅原はいう。


 その質問で俺は菅原に話そうと決めた。

 菅原は俺を問いただす訳でもなく、俺から話すのを待つスタンスをとってくれたから。


 どんな反応をされようとやっぱり親友である菅原には全てのことを打ち明けたい、と思った。


 俺は菅原に前川さんと何があったのか、初めて前川さんと関係を持った5月の時から順に話す。


 俺が楠さんに対して、前川さんに対して、どう思っているのかを話す。


 最近は楠さんだけではなく、前川さんも魅力的に見えてしまっていることを話す。


 そんな自分が本当に許せなくて、でもやめられなくて、どうしたらいいのかもわからないことを話す。


 そうして、俺は菅原に全て話した。


 もちろん菅原は俺に話せと言ったわけではない。

 これは俺の意思で、俺が菅原に聞いてもらいたかったから話した。


 俺が全てを話し終わったあと、菅原は沈黙したままだった。

 どれほどの時間沈黙しているのかはわからない。

 実際は5分も経っていないのかもしれない。

 だが、俺には菅原の沈黙が1時間以上続いているのではないかと思うぐらい長く感じた。


 さらに時間が経過したのち、ゆっくりと菅原は口を開く。


「なんだそれ……めっちゃ羨ましい話じゃねーかよ」

 と菅原はいう。

「はぁ?」

 俺の口から漏れたのは、何言ってるんだこいつと言わんばかりの大きなため息だった。


 だが、冗談ではなく本気で羨ましいと言っていることは付き合いの長さから伝わって来た。


 だってだよ?と菅原はいう。

「羨ましくないわけないじゃねーかよ。確かに最初は、こいつついにやりやがったかと1発殴るつもりでいたけどよ、聞いてみたら悪くないわけではないけどほぼほぼ前川さんからだろ。それに、前川さんに誘われて手が出ない男なんてそれはもう男ではないだろ。俺だって、杏奈ちゃんがいるとしても、前川さんなら手を出してしまうって」

 だけど、と菅原は続ける。


「咲人の言う通り、この関係を続けても絶対良い方向にはいかないわな。でも、咲人はこの関係やめることできるのか?やめなくてはいけないのはわかるけど実際辞められるのか?こんなの一度でも知ってしまったら、いくら自分ではだめだとわかっていてもそう簡単に辞められるものではないだろ。それこそ、楠さんにバレて強制的にこの関係が終わらない限り……」

 と菅原はいう。


 この短時間でよくここまで頭が回るものだ。

 本心から羨ましいと言ってる割に、かなり的を得てることを言ってくる。


 実際、俺も辞められるとは思えない――今は。

 だって、この関係はウィンウィンと前川さんは言うが、俺の利益が殆どの関係なのだ。


 だからこそ俺は聞く。


「俺はどうすればいいと思う」

「それは、咲人自身が決める問題なんじゃないのか?これを言って欲しくて俺に聞いて来たんだろ?」

 全てお見通しだよ、と菅原は笑う。


 俺も笑いながら、

「なんか気持ち悪いな、お見通しだよって。でも、俺も自分で決めるべきだと思ってた。どんな答えを俺が出したとしても、菅原は側にいてくれると思ってるから」

 と俺はいう。


「さぁ〜どうだろうな。羨ましすぎて友達やめるかもしれねぇ〜」

 と言い、俺たちは2人で笑い合った。








 菅原にご飯食べに行こうと誘われた為、俺たちは高校の最寄駅にあるファーストフード店へと来た。


 俺は徒歩通学なので帰り道は逆だったが、今日くらいは菅原に付き合わないと流石に親友失格である。


「しかし、咲人も隅に置けないな」

 続けて、

「学校一美人な楠さんを彼女にして、学校一可愛い前川さんとはR18の関係だもんな」

 とニヤニヤしながら菅原はいう。


「まだその話引っ張るのかよ。隠し事をしていたことは悪かったって言ってるじゃんか」

 と俺はいう。


 先程学校を出てから菅原は隠し事をされていたことに対して俺に文句を言っている。

 本気で言っているわけではないことは伝わっているので

 俺も本気にしているわけではないが、揶揄うにしても場所と声の大きさを考えて欲しいものだ。


 ここには同じ学校の生徒もよく利用するのだ、もしも聞かれてしまったら只事では済まない。


 それすらもわかってて菅原は俺を揶揄う――もしかしたら、ふざけてわからないようにしているだけで、内心では隠し事をされたことにだいぶ腹を立てているのかもしれない。


 これ以上の隠し事は一生のうちに一度来るか来ないか。

 だから俺はこれから先、菅原に隠し事をするつもりはなかった。

 逆に、この複雑な関係ですら相談できるようになったことに俺はとても嬉しさを覚える。



 その後俺たちは1時間弱、ファーストフードで話をして家に帰った。



 ――――



 夜のことの話である。

 約束通り、俺は前川さんと電話をしていた。



 電話開始直後、「今日は寝落ち電話しようね」と前川さんは言ってきた。

 可愛いお願いだなと俺は思う。


 少したわいのない話をしたあと、前川さんは俺に聞く。

「菅原くんにどこまで話したの?」


「全部話したよ。元々楠さんのことは知ってからね」

 と俺は答える。

「そっか」

 と元気なく前川さんはいう。


 なんとなく前川さんが考えていることはわかった。

 だから俺はいう。


「別に前川さんがあの場にいなくても、いずれ菅原には話していたと思うから気にしなくていいよ」


 俺の言葉に「本当?」と聞いてくる前川さん。

「本当だよ」と俺が答えると、


「やっぱり月島くん優しいね。こんなわたしのこと見捨てないで居てくれる」

 本当に優しい……と前川さんは呟く。


 それはいつもの元気な前川さんからは想像できない落ち着いた声だった。


 いや、いつもの前川さんと前川さんを決めつけるのはやめよう。

 今の前川さんだって、本当の前川さんなのだから。


 最初は前川さんのことを可愛い女の子としか思っていなかった。だが、今は違う。特殊な関係の中ではあるけど彼女のことを間近で見て、感じて、彼女が愛想のいい可愛いだけの女の子ではないことを知った。

 よく喋り、よく笑い、よく甘えてくれる一途な女の子だということを知ったのだ。

 そして今は、今日のことを後悔して落ち込んむ前川さんを知れた。


「そんな気にしなくていいからな。菅原にバレたらこの関係を解消するという約束は、俺たちが交わした約束には入ってないんだし」

 と俺はボソッという。

「え?」

 それって、と前川さんは確かめるように聞いてきた。


「今このタイミングで言っても説得力全然ないけどさ、こんな前川さんに尽くしてもらってて何も思わないはずないんだよ。それにこの関係を解消できるかと言われたら情けないけどできないよ」

 と少し早口で俺はいう。


 もう既に前川さんは俺の中の大切な人になってしまっているのだ。


 今更、他人にバレたからバイバイなんて、どんなに脅されても言わらない自身があった。


「そっか、そっか」

 という前川さんからは啜り泣く音が聞こえた。

「え、ごめんごめん。なんか嫌なこと言った?」


 俺は心配になり、前川さんに聞くが


「なんでこういう時の気持ちはわからないのかな〜」

 やっぱり月島くんは月島くんだよね、と笑われてしまった。

 続けて前川さんはいう。

「わたしね月島くんのこと大好きなんだ。それこそ楠さんに負けないぐらい好き、大好き。だからやっぱり最後にはわたしを選んで欲しいと思うの。楠さんには悪いと思うけどさ、月島くん、ちゃんとわたしを一番にしてよ」


 スマホ越しに初めて言われた前川さんのいつもの言葉。

 それは今まで聴いてきた中で一番色っぽく、一番心がこもっているように感じた。



 ――――


 ◇◇


 これは私、楠渚の部屋でのことだ。

 私はベットの上に座り、スマホのメモを見ている。



 今日は咲人くんに電話を断られた。

 付き合って一年経つがそんな事は初めてで、私は少し驚いている。


 私たちはそれなりにカップルらしい事をしようとしている。

 その中で唯一と言っていいほどカップルらしいことと言えば、毎日の寝落ち電話。


 だから、別にいいと返信してしまった自分が少し嫌になる。

 本当はしたいのだから、したいと言えばよかった。

 私はいつも本当のことを言わない。

 咲人くんならわかってくれると勝手に甘えてしまっている。


 それが今の私と咲人くんの関係を悪くしている事はわかっていた。

 だけど、もし本音を言って拒絶されたら私は立ち直ることができない気がして、いつも私は私の気持ちに蓋をしてしまう。

 それに対して、咲人くんが悪いことなんて一つもなくて、私のこの体質、性格のせい。

 だから、うまくいっていないのも全て私のせい。


 私だって本当は手を繋ぎたいし、ハグもしたいし、キスもしたい。

 土日は外に出かけたい。

 映画館、遊園地、私には行ったことがないところがたくさんある。小さい頃に行った事はあるらしいのだが、そんなの覚えてないのだから行ってないのと同じ。


 私にはまだまだ経験してないことがたくさんある。

 それを全部咲人くんとやりたい。


 咲人くんならそれに答えてくれると信じてる。

 だって、私はこんなに咲人くんのことを思っているのだから。

 誰よりも咲人くんのことを考えて、誰よりも咲人くんとしたいことを妄想してる。


 隣の部屋で稽古の練習をしている時、咲人くんに聞かせるセリフは、いつも咲人くんに言えないでいることばかり。


 それに咲人くんは気が付いてくれているかな?


 私の行動原理は全て咲人くんでできている。

 本当に私は咲人くんが大好きなのだ。


 私は咲人くんのためなら夢だって諦めるつもり。

 だから、だから、咲人くんも、咲人くんも……


「私の一番になってよ」

 と私は呟く。


 私の経験の一番に私は咲人くんを選ぶのだから、咲人くんだって私を一番にしてほしい。


 私はスマホをベットの上に置き、仰向けで寝転がる。

 そして、これからどうしたらうまく行くのか考えた。


「やっぱり、慣れるしかないのかもしれないわね」


「咲人くんには迷惑をかけるかもしれないけど、拒絶反応が出ても続けるしかない」


「今度しっかり話し合おう」

 と私はいい、目を閉じる。



 気が付いたら朝だった。


 開いたままのスマホから咲人くんとやりたいことリストが表示されていた。

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