第6話 鉢合わせ
楠さんと前川さんの対面から一日が経ち、火曜の放課後を迎えた。
そして、今日の前川さんは少しだけおかしかった。
「月島くん!月島くん!月島くん!」
と先程から前川さんは俺の名前を連呼しながら、俺の胸に顔をすりすりとしている。
どうしてこうなったのかはわからない――いや、それは嘘だ。
「月島くんがわたしのことを助けてくれた!月島くんがわたしのためだけにいつもしないことをしてくれた!」
えへへ、嬉しいよ〜と前川さんはいう。
別に俺は助けたつもりはなかった。
気が付いたら体が勝手に動いていた。
――――
これは、放課後になり俺が部室に向かうとした時のことである。
「え〜今日も用事があるの?最近前川さんノリ悪くない?」
とクラスの垢抜けた女子がいう。
「ごめんね、わたしも用事がなかったら行きたかったんだけど……」
えへへ、と困ったように前川さんは笑う。
遠目から見た俺ですら、前川さんがこの状況に困っていることはわかった。
だが、話しかけた本人も、これから出かけるところへ一緒に行くのだろう周りの男女も一向に前川さんの表情や気持ちに気が付かない。
そもそも、予定があるって言っている相手にノリ悪いとはなんだ?
高校生にもなって、会話というものもろくに出来ないのか?
前川さんのことを少しでも思いやることができれば絶対そんな言葉は出ないはずなのでは?
頭の中が理解できない彼らでいっぱいになる。
そしてとても苛立った。
そんな俺をよそに、周りも前川さんに色々言い始める。
「やっぱり前川さんの私たちのこと避けてない?」
「え、なんで私たちが避けられなきゃ行けないのよ」
「てか、そんな予定どうでもいいから、俺たちと楽しもうぜ」
「俺も最近2人で出かけようって言ったら断られたわ、」
「いや、それは断られて当然だわ。キモすぎ」
「うぅっ……ごめん、」
好き放題、言いたい放題であった。
彼らが話す間、前川さんは一言も話さない。
先程よりも一層困った顔をしているというのに、誰も気が付かない。
それは、前川さんが今もなお笑顔を作っているというのも原因の一つだとは思うが、そんなことは少しの問題にしかならないほど、前川さんの周りにいる彼らが、自分たちにとっての前川さんはこうであるべきだという理想を前川さんに押し付けるのだ。
それを見て俺は悲しくなった。
一層の事、前川さんを庇い俺が悪者になった方が悲しくないとまだ思ってしまった。
そして、行動に移すまではとても早かった。
わざと、周りに聞こえるよう音を立てながら席を立つ。
荷物を持ち、前川さんがいるところへと足を進めた。
何事かと俺の方を見る前川さんと前川さん以外のその他。
俺が近づいてくるのを見て、前川さんの顔が明るくなるのがわかった。
そう、これが俺の見たかった前川さん。
「みんなには申し訳ないんだが、前川さんは文芸部の体験入部を今日受ける予定なんだ。だからまた今度に予定をずらして欲しい。よろしく頼む」
と俺はいう。
もちろん嘘だ。逆に俺は前川さんの入部を断った側ですらある。
それでも俺は嘘を突き通し、座っていた前川さんの手を引くように教室を出る。
教室からは「予定って本当だったんだね」と聞こえてくる。
何人かの男子からは「あいつ、前川さんの手を触ってたぞ……」と言っていたが、気にする必要もないだろう。
――――
そんなこんなで色々あり、前川さんはこんな風になっていた。
「えへへ、大好きだよ月島くん!大好き!大好き!」
と同じようなことばかり前川さんは口にする。
どうしたものかと俺は考える。
これでは部活動ができない。
部活動?と思う人も多いと思うが、これでもしっかり文芸部として活動をしている。
主な内容は本を読むこと。
……落ち着いてくれ、何がしっかり活動だよと思ったかもしれないが、最後まで聞いてほしい。
本を読むこと自体が活動だと言ったのは、俺が読みたい本をただただ読んでいるわけではないから。
俺は、学校側から読んでほしいと依頼され本を読むことがあるのだ。それは今後図書室に入れたい本を俺が先に読み、この本を読んで何を学べるのか、これが生徒にためになるのかどうかを調査するという内容だったりする。
現に、今も2冊ほど依頼が来てたりする――期限付きで。
「そろそろ、活動しなくちゃいけないんだけど」
と俺がいう。
「月島くん大好きだよ〜」
えいっ!と可愛い声を出し前川さんの俺の膝の上に乗っかって来た。
「完全に俺の話は無視なんだよなぁ〜」
「ね、今からキスしようよ」
と前川さんはいう。
俺の言葉は前川さんには届かないようだ。
「無理だよ、そんなの。ここって割と外から見えるからな」
「そんなの大丈夫に決まってるじゃん。放課後だし、こんなところ誰も見に来たりしないから」
と前川さんはいう。続けて、
「それに、まだ今週一回もイチャイチャしてないよ?そろそろ月島くんも溜まって来たでしょ?」
わたしもだよ、と前川さんは耳元で囁く。
実際たまってはいた。
だが、それはそれこれはこれだ。
「だからってだめだ。せめて学校じゃなければ……」
と俺はいう。
流石の俺でも場所を選ぶぐらいの判断はできる。
「なんで……なんでわたしとしてくれないの?ねーなんで?」
と前川さんは俺の胸に自分の胸を当てながらいう。
やはり今日は、前川さんの様子がおかしい。
「別にしたくないわけではないよ。場所は選ぼうって話でしょ?」
こんなことを前川さんが来るたびしてたら俺自身も自分を抑えられるかわからない。
それこそ俺と前川さんの関係、さらには楠さんとの関係まで壊れかねないのだ。
それだけならまだしも、前川さんが周りから色々思われるようになったり、楠さんの夢に影響が出てしまうのだけはどうしても俺は嫌だった。
「じゃ〜今日は早めに切り上げて、わたしの家に行こ」
と前川さんはいう。
今日はしっかり部活動がやりたかった。
だが、ここで断ってしまうと前川さんが暴走しかねない。
「わかった、あと1時間ぐらいは集中させてくれ、」
と俺がいう。
「やったー、邪魔しないようにするね」
と俺の上で跳ねて喜ぶ前川さん。
「え、何この状況、」
と菅原はいう。
――――――え……菅原?
俺と前川さんの会話に入って来た人物に目をやると、そこには表情が引き攣る菅原が立っていた。
「え、え、菅原くん?」
と前川さんも気が付いたのか俺の上で慌てふためく。
どうしよう、見られちゃった……と見るからに前川さんは動揺している。
そして、なぜか前川さんは俺に抱きついた。
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