第4話 全てを知るもの(1)

 週が明けた月曜日の昼休み。

 部室でのことだ。


がいるお前に聞くことじゃないのかもしれないけどさ、前川さんと楠さんについてどう思う?」

 と菅原はいう。


「どう思うとは?」

 と質問の意味が理解できず俺は聞き返す。


 容姿のことを聞いているのであれば、楠さんは誰もが認める美人だし、前川さんは誰もが認める可愛いらしい女の子。

 答えが決まっているのだから、特に質問をする内容ではない。


「いや〜世の中にはさ、恋人に向いている人。婚約者に向いている人の2種類に別れる気がするんだよな」

 わかりづらいと思うけど、と菅原はいう。


 要は、将来を共にできる相手なのか相手じゃないのかの違いということなのだろう。

 菅原は2種類に分けているが、別に将来を共にできないと思った相手とも結婚して、結果的に将来を共にするものだっている。


「その2種類で分けた時に一番わかりやすい身近な例が、楠さんと前川さんということだろ」

 俺の返答に、菅原は「そうそう」と答えた。


 確かにと俺は思う。

 客観的に彼女にするのならどっちだと聞かれたら、想像するのは楠さんで、結婚したいならどっちだと聞かれると前川さんを想像してしまう。


 その理由として学校生活だけでもよくわかる。



 ――楠さんはあまり周りとコミュニケーションを取らない。

 それは楠さん自身が抱える体質も問題の一つではあるが、単に彼女が周りと距離を置いているのも原因として大きい。

 さらには、容姿が良く、育ちも良く、洗礼された無駄のない動き、その全てが彼女を高嶺の花だと思わせ、周りに近寄りがたい存在だと認識させる。

 そして、スノッブ効果を引き起こすのだ。


 スノッブ効果とは入手困難なものほど興味を惹かれる心理であり、あまり恋愛要素として使われているものではない。だが、楠さんに限って言えば自分から引き起こそうとしているわけではない。

 だからこそ、スノッブ効果は起きるのだ。


 そんな高嶺の花である楠さんはある意味歩くブランドみたいなもので、隣にいるだけで価値を見出せる人と周りには映るだろう。


 だから周りは彼女を恋人にしたいと思うのだ。


 だが、結婚をしたいかと言われたらそうはならないだろう。

 結婚というのは少なからず支え合って生きていくもの。

 楠さんと支え合えるかと聞かれるとわからないだろう。

 なんせ彼女は高嶺の花であり、彼女がどのような人なのか、支え合っていける人なのかというの想像ができないから。



 ――では、前川さんはどうだろうか。

 愛想はよく、誰にでも話しかけられたら笑顔で答える。その為周りとの距離はとても近い。

 さらには、しっかりしていて、先生からも信頼をされている為、周りは彼女のことを自分に近しい存在だと認識する。


 それは一種のバンドワゴン効果を引き起こす。


 少しニュアンスは違うが、恋愛的に言い換えるとその他大勢が前川さんのことを慕い自分のものにしたいと考えると、自分も前川さんのことを慕うようになり自分のものにしたいと思い始めるというもの。


 そんな前川さんを周りは恋人を通り越して結婚したいと感じる。


 前川さんとの結婚を想像してみてくれ、いつも笑顔でいることから毎日が楽しいのだろうなと思うだろう。しっかりしていることから日々の生活もしっかりしていると思うだろう。何より、みんなから慕われているのだから無条件に前川さんはいい子なだと思い込む。そして、結婚したら自分に尽くしてくれるのだろうなと思うのだ。



 とここで俺は菅原の質問に答える。


「楠さんが一番だな」

「今までの沈黙はなんだったんだよ、」

 と菅原から盛大に呆れられてしまった。


 だが、俺が今の今までしてきた思考はあくまで客観的に見てという事。

 楠さんの彼氏であることを踏まえると、そんな客観的思考なんてものは存在しない。


 単純に楠さんを幸せにすればいいだけの話なのだから。


「相変わらずぞっこんなのな」

 と菅原はいう。


 どうやら、俺がこの質問に答えるつもりがないことを彼は理解してくれたらしい。


 さすがは俺の親友だ。


「話変わるけど、楠さんとはどうなの?」

 と菅原は俺に聞く。


「まだ無理だな」

 と俺も何がとは言わず答える。


 それだけで伝わるのは菅原が俺と楠さんとの関係をしっているから。

 この学校で前川さん以外に唯一俺と楠さんの関係を知っている人物がこの菅原であった。


 菅原京介――小学校からずっと同じ学校、同じクラス。

 要は菅原も俺の幼馴染だ。


 そんな菅原は俺のことならなんでも知っていて、菅原曰く、「俺は、咲人の全てを知るものだ」だそうだ。


 確かにその表現は間違ってなくて、俺が相談できるのは全てを知っている菅原だけ。

 逆に俺も菅原のことは全て知っているのだから、相談を受けるのも菅原だけだった。


 菅原との関係を思い出し、俺は少しばかり心が痛む。


 親友に初めて隠し事をしている。

 俺は前川さんとの関係について、菅原に話しをしていなかった。


 俺が前川さんとのことを菅原に話したら、幻滅され、菅原との関係がなくなってしまうのではないかと思ってしまったからである。


 ここでも俺は俺自身がグズなのだと思い知らされる。

 それでもこうやって菅原に指摘されない程度には普通に生きている生活をしている俺は、だいぶ強いメンタルを持ち合わせているのだな、と感じる。

 同時に楠さんとの演技の成果がここで発揮されてしまっているのだろうな、とも感じた。


「菅原、どうやったら普通に楠さんのことを触れるようになると思う」

 と俺は菅原に聞く。


「そんなこと聞かれても、俺は普通の恋愛しかしたことがないからな……」

 と菅原は答えた。


 何が普通の恋愛だよ、と俺は思う。

 菅原は2歳年上の大学生である義理の姉と付き合っている。

 最初に聞いた時は、なんてラブコメをしてやがるのだと思っていたが、割と本気で付き合っているらしく今はしっかり応援しているし、相談に乗ったりしている。


 たまに、「家で親がいる時に、イチャイチャするとめっちゃ興奮するんだよね」と気持ち悪いことを言ってくることはあるが、まだ見逃せる範囲であった。



「逆に咲人から取り組んでいることとかあるのか?」

 と菅原は聞いてきた。


 俺から取り組んでいること――楠さんが触れるようになるのを手伝うぐらいだろうか。


「楠さんが努力しているところを頑張ってサポートするぐらいかな」

 と俺は答えた。


 実際、俺ができることはそれぐらいだと思っている。

 楠さん自身が俺に触れないのが一番の問題であり、唯一無二の問題だ。

 俺は楠さんに触ることができるのだから、その唯一の問題さえ解決できれば俺たちも普通の恋人としてやっていけると思っている。


「そっか、咲人も苦労しているだろうけど、楠さんはもっと苦労しそうだな……」

 と何かわかったのか菅原は難しそうな顔でいう。


「どういうことだよ」

「いや、これは俺から咲人に言うことではない。楠さんと咲人が2人だけで解決しなくてはならないことだ。だから俺からアドバイスできることとすれば、咲人はもう少し楠さんの気持ちを考えた方がいいのかもな」

 じゃあ俺は戻る、とそのまま菅原は部室を出ていく。


 俺が楠さんのことを考えてないっていうのかよ……と言おうとしたが、菅原が言うのであればと俺は言葉を飲み込んだ。

 菅原のアドバイスに文句を言うのは簡単だが、文句を言うのはしっかり言葉を受け止め考えてからでもできる。


 俺はもう一度、楠さんとのことで間違っていることはないか考えてみる事にした。



 そして、考えていたら授業に遅れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る