一章
第2話 きっかけはとある提案
これは俺と前川さんが関係を持つきっかけになった話。
高校2年の5月、俺しか所属していない文芸部の部室でのことだ。
「月島くんってさ、楠さんと付き合ってない?」
と部室に突然入ってきた前川さんはいう。
なぜ前川さんがこの部室に来たのかはわからない。
部室に備え付けられている大型ソファーに寝転がって居眠りをしていたら、急に入ってきた。
だが、それよりも問題なのは、なぜ秘密にしているはずの俺と楠さんの関係が前川さんにバレたのかということだった。
ちなみに、文芸部の部室はH型をしている校舎の2階の一番端っこにある。
Hを書く順番で一画目の縦が新校舎。三画目の縦が旧校舎となっていて、一番端っことは三画目の書き終わりのことを言っている。
二画目の横は渡り廊下で新・旧校舎共に3階建てとなっている。
「え、なんで?」
「ふ〜ん否定しないんだ」
えへへ、やっぱりそうなんだ〜、と俺の質問から答えを勝手に出し、ニヤつく前川さん。
急に入ってきて、急に俺のことを振り回し始めたんだけど……と俺は思いながら、俺の知っているいつもの前川さんとは全く違った雰囲気だと冷静に分析する俺。
そんな俺を気に求めず、前川さんは俺に言い放った。
「とりあえず、わたしこの部活に入部する!!」
「勘弁してください」
対して、俺は全力で拒否をした。
え、と前川さんは驚きの声を上げる。
誰しも前川さんと2人で部活ができると聞いたら今すぐにでも入部してくれ、と逆に頼み込むだろう。
この文芸部なら尚のこと、部員が俺1人のためあまり先生と生徒会からよく思われていないことから部員は必要。
だが、俺は部員を必要とはしていなかった。
ここの部員が俺1人でなくてはならない理由が、俺自身にあるためであった。
「どうしてそんなに嫌がるの……」
と涙ぐみながら前川さんはいう。
俺がどう説明しようかと悩んでいると、隣の部屋から俺が断る答えが聞こえてきた。
『どうして……どうして、私はこんなにも努力してきたのに……』
隣の部屋から聞こえてきたのは、努力しても努力しても、うまくいかず他との差を感じてしまう――という場面を連想させるセリフだった。
「あれ、この声って」
と先程とは表情を変え、ニヤつきながら前川さんはいう。
前川さんの言いたいことは大体あっていて、隣の教室でセリフを言っているのは俺の彼女である楠さん。
彼女は中学2年生の頃から女優を目指し日々努力している。
そんな楠さんが、なぜ俺の部室の横の空き教室で練習をしているのかというと、単純の恋人として2人の時間を作るためである。
週に3回、文芸部の部室の隣にある空き教室を借りて楠さんは演技の練習をしていた。
そして練習が終わると必ず……。
「あ、やばいよ。前川さんはちょっとここに隠れて」
と慌てて俺は前川さんを部室に備え付けられているロッカーへと押し込む。
「え、え、そんな急に?」
今日いっぱい汗かいたよ……、とよくわからないことを言いながらロッカーへと押し込まれる前川さん。
慌ててもといたソファーへと戻る――と同時に楠さんは入ってきた。
「あら、女の匂いがするわね……」
私は感が鋭いの、と入ってきて早々楠さんはいう。
今日の楠さんもとても美人だ……と俺は思う。
「俺がどうして?と聞く前提で話をするのやめてもらっていいかな?」
「私は咲人くんのことならなんでもお見通しよ?」
どうせ、と楠さんは続ける。
「私でエッチな想像でもしてたんでしょ」
と控えめな胸を張りながら楠さんはいった。
いつものことなのだが、このなんとも会話になっていない感じ……よくこれで一年も付き合っているなと俺は思う。
「愛し合っているわけだし当然よ」
当たった?、と楠さんは俺に微笑む。
当たってるけど怖いよ、とは言わなかった。
どうせ言わなくても楠さんはわかっているから。
それから、楠さんは俺の反対側にあるソファーに座る。
少しだけ会話がしたいらしい。
「演技の方は順調?」
「ええ、まぁ。私才能はあるから」
とベテランの女優さんが聞いたら怒りそうなことを口にする楠さん。
「そっか。今日はこっち来れそう?」
と俺は俺の隣の空いているスペースをトントンと叩きいう。
「ごめんなさい……この距離が限界だわ」
本当にごめんなさい……、と楠さんはいう。
そして、私家帰って練習しなきゃ行けないから帰るね。
そう言って部室を出て行ってしまった。
毎回俺たちはこのくだりを行う。それは、こう見えても楠さんが俺との距離を縮めようと努力しているからで、それを俺が汲み取っている形だ。
足音が離れていくと、ロッカーの中から前川さんが出てくる。
少しだけ前川さんは気まずそうにしていた。
「あ、あれ?楠さんと付き合ってるんだよね?」
と首をかしげる前川さん。
「あぁ、付き合っているよ。もう一年になるかな」
今度は隠さず俺は答える。
「でも、この距離が限界って……」
「詳しくは言えないけど、楠さんは家族以外の人とさわれないんだ」
「え、そうなの……」
と驚いた顔をする前川さんは、確かに別のクラスだけど見たことないかも……呟く。
このことを知っている人は学校でも俺の他に先生と他1人しかいない。
なぜ前川さんに俺が教えたのかはわからなかった。
「そっか、そっか……学校一美人の楠さんはそんな悩みを抱えていたんだね」
そっか〜と呟く前川さん。
あ、そうだと!と前川さんは続ける。
「それなら部活に入るのは諦めるから、楠さんが来ない時にわたしがここに来ることを許してよ!」
と前川さんはいう。
まだその話引っ張ってくるんだと思いながらなぜそこまでこの部活にこだわるのか俺は気になった。
「先に言っておくけど、部活が目当てじゃないからね?わたしの目当ては君、月島くんだよ」
えへへ、言っちゃった〜と前川さんはいう。
「は?」
と俺は顔を顰める――前川さんの言っている意味がよくわからなかったのだ。
「だから、わたしは月島くんのことが好きなの!」
と先程楠さんを誘った際に俺が叩いた場所へと前川さんは座る。
「彼女がいるのはわかった。だけど月島くんは楠さんにさわれない。それって絶対辛いことだよ。想像するだけでわたし辛いもん」
だからさ、と前川さんは続ける。
「わたしは月島くんに振られたくないし、一緒にいたい。月島くんは楠さんに触れられない代わりにわたしを触れる。この関係はそんな関係なんだよ!とてもウィンウィンな関係なんだよ!」
ウィン!ウィン!と笑顔で前川さんはいう。
笑顔でとんでもないことを軽々しく口にする前川さんに俺の理解は追いつかない。
「え、どういう……」
やっとの思いで出した言葉は、最後まで言わせてもらえない――なぜなら、
「こういうことだよ」
と前川さんは俺にキスをしてきたから。
突然のことで何も反応できない俺。
対して前川さんは、「ついにわたしも悪い子になっちゃった……」と両手で頬を押さえて体を揺らしている。
そして、「わたしかえるから、明日は楠さん来ない?」
と質問され「うん……」とだけ答えるおれ。
「わかった、なら明日また来るね!明日から、いや、今日からよろしくね!月島くん」
それだけいった前川さんは颯爽と部室から出て行った。
1人残された部室で、俺はこれからのことを見据えて頭を抱える。
だが、前川さんに提案され、キスもされ、明日も来るねと言われ反対できなかったのは、心の奥底では楠さんとの関係に俺も不満があるからなのだろう。
そうして俺と前川さんは、人には言えない関係を始めることとなった。
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