わたしを一番にしてよ

まき さとる

一幕

プロローグ

第1話 わたしを一番にしてよ

 6月に入り、日本は夏へとシフトしていく。

 徐々に変化していく気温と一緒で、俺もあの頃の俺とは変わっている。

 それは今も尚変わり続けていて、良い変化もあれば悪い変化もある。


 今の俺は体には良い変化で、俺自身は悪い変化をしている。

 うまいことを言ったようになっているが、実のところまったくうまいことを言っていない。

 むしろ、気持ちが悪い。


 ――――


 前川さんの部屋でのことだ。



「月島くん……きて……」

 とても生々しい声で前川さんはいう。


 言葉と連動して前川さんは俺の腕を取り、ゆっくり引っ張りながらベットへ倒れていく。

 つられて前のめりになる俺。

 どんどん前川さんの顔が近づいていくるのがわかった。


「言われなくてもいくよ」

 話しながらも俺の目線は、前川さんのトロンッとした目やみずみずしい唇に釘付けだ。


 次に起こる前川さんとのアクションに俺は今か今かと待ち侘びている。


「言葉が欲しいんじゃない」

 月島くんが欲しいの、と前川さんは待つこともせず体を倒しながらも顔だけを上げてきた。


 先程よりも近づくスピードが速くなる。

 前川さんの髪の毛からいい匂いがして、熱くて甘い吐息が俺にかかった。


 ――と同時に俺は前川さんとキスをする。


「ンッ……」

 と前川さんは色っぽい音を出しながら、俺の首筋に腕を回しながら背中をベットにつけた。


 体制が良くなったからか、前川さんは湿った舌を俺の中へと入れてくる。


 その頃には俺の理性も吹き飛び、迎えい入れるように俺の舌を前川さんの舌に重ねた。


 舌を重ねるごとに2人の行為は加速していく。


 前川さんは俺の背中を撫でる様に両手で触る。俺は前川さんの乱れたシャツのボタンを真ん中あたりまで外すと高校生とは思えないほど発達した山に布越しで触っていく。


「イヤ……ソコ……ダメ、」

 変になる、と前川さんはいう。


 だが、言葉とは裏腹に先程よりも前川さんの呼吸は激しくなり、前川さんの熱が上がる。

 前川さんから伝わる熱さを感じながら、俺は俺で前川さんの立派な山を直に触れていく。

 触っているだけだというのに、クッションの様に俺の手は沈んでいく。まるで、羽毛の中に飛び込んだ様な感覚に襲われた。


「もっと……もっとわたしをさわって……」

 お願い、と前川さんは俺の膨らみへと手を伸ばす。

 反応していることに嬉しくなっているのか、前川さんは微笑んだ。

 その微笑みを見て俺はもっといじめたくなる。


「まだダメ、」

 俺は前川さんの手をどかし前川さんの下を布越しに触る。


 少し濡れている前川さんの布に俺は興奮を覚えた。俺と一緒にいることに前川さんが興奮してくれていると思うと嬉しくもなる。


「ンッ……月島くん……月島くん……月島くん……」

 大好き、大好き、大好きと前川さんは抱きつきながら何度もいう。


 前川さんの愛情に対して、俺は熱いキスにて返事をする。

 そんな俺にとうとう我慢できなくなったのか、前川さんは俺のことを押し倒し、俺のお腹に座る様に乗っかった。


 目の焦点は合わず、息は上がり、顔を真っ赤にしている前川さん。

 そんな前川さんを見て、俺はとても魅力的だと感じた。


「月島くん……いい?」

 と甘えるように前川さんは聞いてくる。


 許可したいところだが、


「だめ、約束は守って!」

 と俺はいい前川さんは落ち込む。

「いいところなのに……わかった約束は守る」

 月島くんを感じたかったと前川さんは文句を言いながら頬を抜くらます。



 その後、俺は抵抗することなく前川さんを受け入れた。




 ――――――――


「月島くん、気持ちよかった?」

 同じベットで寝っ転がりながら前川さんはいう。

 とても可愛らしい笑顔で言うもんだから、つい気持ちよかったと言いそうになるが俺はあえて別の言葉を前川さんにかける。


「しっかり反省してる?」

 まぁ、気持ちよかったけどさ、と結局俺は言ってしまった。つくづく自分に甘いやつだ。


 実は先ほどの行為で前川さんは嘘をついて俺との約束を破ろうとしてきた。


 そんなのすぐにバレるとわかっているのに……。


 反省したのか、前川さんは涙目になりながら「ごめんなさい」と言っていた――にも関わらず5分後にはもうこのようなあっけらかんとした態度になっている。


「よかった。大好きだよ月島くん!」

 えへへ、と前川さんは笑いながらいう。


 反省していないだろうな……と思いながらもこれ以上前川さんにとやかくいう気にはなれなかった。




「みんなびっくりするんだろうな、わたしがこんなことしてる女の子だって知ったら」

 ね、月島くん!、と俺に抱きつきながら前川さんはいう。


「そうだな、俺も最初は驚いたよ」

「えへへ、わたしみんなが思ってるようないい子じゃないもん」

 俺の背中に顔をすりすりしながら前川さんはいう。


 確かに、いい子ではないなと思った。


 前川さんが男女の関係を持っている――そんなことが周りに知れたら前川さんは周りから幻滅されるだろう。

 別に、前川さん本人が選んだことなのだから幻滅を受ける必要はないのだが、高校生活から見て取れる前川さんの姿からは確かにそう言った想像はできない。


 髪は短め、背も低め、スカートは短く、男子のおかずナンバーワンと言っても過言ではない見事なスタイル――特に胸。

 加えて、頭もよく先生からは優等生として扱われる前川さんは、誰にでも愛想が良く、いつもクラスの中心、話の中心にいて、いつもみんなの話を聞いて微笑んでいる。


 そんな彼女をみんなはいい子だと褒める。

 自分たちにとってのいい子を前川さんに押し付けるのだ。



「わたしは月島くんだけに見てもらえたらそれでいいの」

 唐突に前川さんはいう。


「何でそんな俺に……」

「月島くんは本当のわたしを見てくれるから」

 月島くんだけが、と俺の言葉を遮りながら前川さんはいう。


「月島くんのためならわたし、どんな子にだってなれるよ。どんなことだってするし、だから絶対わたしのことを見捨てたりしないでね。それだけで他は何もいらないから」

 月島くん、月島くん、と前川さんの俺の背中に顔を擦り付ける。


 日に日に俺は前川さんにハマっていく。

 みんなが知らない前川さんを俺だけが知っているというこの状況に興奮を覚える。


 俺はゆっくり向きを変え、正面から前川さんを抱きしめる。


「えへへ、嬉しい」

 と前川さんは俺の唇へと唇を重ねてくる。

 先ほどの本能に任せたような行為とは違い、ゆっくりと、ゆっくりと俺はキスをする。

 舌をいれ、ピチャピチャと音を鳴らしながらキスをする。


 2回戦目に突入か……と思った時だった。


 机の上に置いてある、俺のスマホの着信がなる。

 俺に電話をかけてくる人なんて、俺が知る限り数人しかいない。

 無視してそのまま続けようと思った。後でかけ直せばいいと……。


「出ていいよ月島くん」

 と前川さんはいう。

「いいのか?だって相手は……」

「それ以上は言わないで。大丈夫だから」

 俺の言葉を遮り前川さんはいう。


「わかった」と俺は渋々電話をとった。



「電話に出るのが遅いわね、咲人さくとくん」

 まぁ……気にしてないけど、と電話の相手くすのきさんはいう。


「悪い。電話をかけてくるなんて珍しいなと思っていたら出るのが遅れた」


「そう、それで次はいつ会えるのかしら」

 もう1週間も会ってないわよ、と楠さんは俺に圧をかける。


 今日は梅雨が明けた6月のとある金曜日。

 この間、楠さんと会ったのは先週の土曜日――まだ1週間は経っていなかった。


「1週間経ってなくても今日会えないのだから1週間経ったのと同じでしょ?」

 細かいわよ咲人くん、と楠さんはいう。


 俺はまだ何も言っていない。

「想像で俺を細かい人にしないでくれ」

「でも事実でしょ。そんなことはいいから早く次会う日を決めましょう。ちなみに私は明日暇だわ。逆に明日以外暇じゃないのだけれど、」

 咲人くんはいつ頃が空いてる?とあえて楠さんは聞いてくる。


 ここまで言われると、土曜日空いてないんだと言ってやりたいと思った。


「わかった、明日、土曜日に会おう」

 俺は場をわきまえて発言できる能力を持っていたようだ。


「よかった。なら待っているわね」

 じゃあ、と楠さんは電話を切る。


 切れた電話の音を聞きながら、なんて一方通行の電話なのだろうと俺は思った。




「終わった?」

 明日会うんだ、いいなーと前川さんは掛け布団を顎の下まで被りいう。


「う、うん。終わった」

 一つ一つの動作が全て可愛くてつい見惚れてしまったことを俺は誤魔化しながら返事をする。

「そっかそっか、わたしに見惚れてくれるんだね」

 月島くん、と耳元で前川さんは囁く。


 この一瞬で気付かれ、おちょくられてしまった。

「と、とりあえず、前川さんがいるのに電話したことはごめん」

 と話を戻す。


「うんん、気にしてないから大丈夫だよ」

 と前川さんは静かに首を振る。

 そして、言い聞かせるように前川さんはいう。


「だって、楠さんが月島くんの彼女だもんね」


 前川さんがどんな思い出、俺にこの言葉をかけてきたのかはわからない。

 だが楠さんが俺の彼女で、前川さんは俺の彼女ではないこと、そのだけは変えられない真実だった。


 そう、俺は先程電話してきた楠さんと恋人関係にあるのだ。


「でもいいの、月島くんの初めてをわたしがもらえたこと、わたしの初めてを月島くんにあげられたこと、その事実さえあればわたしは満足してるから」

 うへへ〜言っちゃった〜、と前川さんはモジモジしながらいう。


「だからね、月島くんはもっともっとわたしに甘えていいんだよ?もっともっとも〜とわたしを求めていいんだからね!!大好きだよ月島くん!」

 と俺の胸に顔を当ててすりすりしてくる前川さん。


 こんなことダメだというのはわかっている。

 世間的にも、倫理的にも、俺自身もダメだというのはわかっている。

 だが、俺の覚悟レベルでは今のこの関係をやめることなんてできなく、どこまでもどこまでもこの関係に浸っていってしまうのだ。


「別に、楠さんと別れてわたし1人を見てくれてもいいんだよ?」

 そしたらいっぱいいいことあるよ、と前川さんは続ける。

「月島くんだけを見てくれる彼女ができる。月島くんのためなら何だってやる彼女ができる。こんな1週間も会えないなんてありえないよ。どう?どう?わたしを彼女にしてみる?」

 少し動けば唇が当たるくらい顔を近づけながら、前川さんはいう。


 返答に困っている俺に一度キスをした後、でも、と前川さんはいう。


「月島くんの彼女は楠さんで、一番好きなのも楠さんだよね。わかってるよ、わかってる……。だからやっぱりわたしはこのままでいいの。月島くんが楠さんと別れるまでわたしはこの関係を続けるつもりだから。それってもう月島くんと付き合うことが決まっているみたいなもんだよね。いや、結婚すら決まってるみたいなもんだよ!」

 やった!やった!、と俺に抱きついてくる前川さん。


 毎回前川さんはこう言った話になると俺の返答を待たない。

 それは否定され突き放されるのが嫌だから、なのか、俺の意見を求めていないだけ、なのかはわからない。

 ただ、決してそれを重いと思うことはなかった。

 素直にこんな中途半端でクソみたいなことをしている俺にこう言ってくれて嬉しいとそう思った。


「そろそろ帰るよ、」

 と俺は帰りの支度をする。


「わかった。次はいつ会えるかな?とりあえず明日は無理だね、」

 じゃ〜日曜日あっちゃう?流石にばれちゃうかな?、と1人でワイワイし始める前川さん。


 こんな一途で可愛いくてエロいことに積極的な前川さんを、俺しか知らないと言う優越感はすごくある。

 すごくあるが、この姿を俺ではなくいつかくる将来の相手に向けて欲しいなと思ってしまう俺もいた。



「じゃ、またね」

「うん、LINEするから1人の時は返してね」

 待ってるから、と手を広げて前川さんはいう。


 お別れの時は必ずハグをしたい――前川さんが俺と初めて関係を持った時にお願いしてきたこと。

 それからは毎回ハグをするようにしている。


 前川さん曰く、次に会える時がすぐなのか、何ヶ月後なのかわからないから、ギリギリまでくっついていたいらしい。


 2人で潰れるように強く抱き合う。

 俺と前川さんの間に、前川さんの柔らかいものが形を変えているのがわかった。


 最後に前川さんは俺の耳元で囁く。


 これも毎回、必ず前川さんが行うことである。

 それがどんな思いで、どんな気持ちで言っているのかはわからない。

 それでも、どんな言葉よりも、どんな行為よりも、この一言に前川さんの想いが詰まっているように俺は感じる。



『わたしを一番にしてよ』


 ……ね!と今日一番の笑顔で前川さんは笑った。

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