第11話 回帰
イリウ達は走る。結界の境界線が目視で分かる程に近づいても…
イリウ達は走る。終わらない爆発音と破壊音、更に援護として現れた王国騎士団。そしてユースティティアの両名を相手取るエトランゼ。その身体は更に武器に包まれ破壊の化身と化して尚、千切れ飛んでゆく手足がその戦闘の困難さを思わせる。
イリウ達は走る。ただ見ていることしか出来ない己を恥じ。恥じて、恥じてソレでも足りず…だから、私を護るエトランゼから。その背中から。目だけは逸らさまいと自分を律し、声を発した。
「エト!」
その声が聞こえたのかどうか分かりはしない。激化していく後方の戦闘はもう…イリウの目には見えない…
***
無差別な殺気をばら撒くユースティティアのカーテナが宙に浮いたエトランゼの光剣に阻まれ顔の側面へ火花を散らしながら逸れる。返す刀でエトランゼが振るった巨大な剣が分離し、パーツとパーツの間にはプラズマを伴いながらユースティティアに迫った。
だがユースティティアに当たると行ったところで一つ一つが不自然に静止しエトランゼの剛力でさえピクリとも動かなくなった。そんな兵器など不要とばかりに手を離し後ろから光剣がエトランゼの手へ収まる。直後、恐るべき速度の斬撃が叩き込まれる。
しかし先程手放したエトランゼの大剣、そのプラズマがその性質さえも無視して縦横無尽に駆け、斬撃の一切をユースティティアから逸らす。
更には大剣が変質を開始。ユースティティアの持つカーテナと寸分違わぬ物へと。男が見てきた能力の中でも一等特異な能力。
カーテナが彼女の手に収まり二刀の構えを見せた。それは、男が教えた見覚えのある…
「天剣…
反射的にエトランゼは特殊装甲板を何重にも折り重ね前に展開した。
だが、その斬撃は余りにも鋭すぎ、速すぎた…
一つは止めた、しかしニつ目がエトランゼを斜めに両断する。
勢いそのままに後方のイリウ達へ向かう凶刃…
「ナスティーユッ!!」
即座に傷口にホッチキスの様な何かを放つ器具が空中に出現、エトランゼの傷口を強制的に縫合する。
口から漏れる血液、その一切を無視して叫んだエトランゼの声が響く。
―――届いた。
振り向いたナスティーユは、その声に、そして迫りくる斬撃に。
いつか見た結界の最奥。
生涯を賭して再現を試みしかし、秘奥とは比べることすら烏滸がましい不出来な自分の奥義を展開した。
不完全な自分の結界では正面に展開しただけではあの斬撃は止められない…ならば。
その判断は200年以上結界術に向き合い続けた努力と、不完全ながらも奥義に指をかけた己が才能の賜物であった。
「
詠唱の元展開された結界は斬撃に沿う様に前に。触れ合った瞬間、斬撃の切断という結果と結界の不断の概念がせめぎ合い火花を散らす。
「ぐぅッッッッ!!」
ナスティーユの口から苦悶が漏れる。その拮抗は1秒ほどだったかもしれない。しかし、ナスティーユにとっては永遠に感じる時間の中、押し勝ったのは結界だった。
結界を這うように上に逸れていく斬撃。その行方は今まさに街を覆いかぶさる様に降りてきていた結界に衝突、なんの抵抗もなく切り裂いた。
―――――ギィィイィイ!!
結界から聞くに耐えない音が鳴り響く、それは人の悲鳴に様に。そして結界は切られた。その箇所を修復するためか、結界の降りるスピードが著しく落ち始める。
「あの結界術…」
予想とは違う光景にその技にユースティティアは目を見開いた。
「すごいぞ!ナスティーユ!」
あの剣聖からの斬撃を逸らすという偉業に喜色を隠せない声色で後ろを振り向いたヌアザの目にはしかし、血塗れになったナスティーユの膝から崩れ落ちる姿が写っていた。
それも当然の事、なんせ剣聖の斬撃を弾くのだ。魔力の通り道とも言われる血管が余りの負荷によりズタズタに引き裂かれようともそれは代償としては安い方であった。
「ああっ…なんで!」
ヌアザは背負ったイリウの存在も忘れてナスティーユに駆け寄ろうとした。もう、何百年の付き合いになる。
彼奴のあんな血濡れた姿など初めて見たのだ。
「駄目!ヌアザ!」
「とめ――ッ!?」
しかし、手を掴みそれを止めたのはヌアザよりもずっと…それこそ子供の頃からナスティーユと共に居た
ティアは目を合わせた。背中で何かを喋っているイリウの言葉も届いていない様子のヌアザと…
声はもう出ない…何かが詰まった様に。ただティアにそんな目をさせたナスティーユをもう一度見た。自分達を守るために闘ったその血塗れの背中を。だから…。
ヌアザはもう、後ろを振り向きはしなかった。
自分が何を選択し何を取りこぼしたのかその責任と向き合う。今、何を優先すべきなのか自分の中で再認識させる。仲間の献身に報いる為に。
たが気持ちとは裏腹に溢れる涙が、走るのに邪魔だと思っただけ。
その行進を阻む人影が墜ちる。
まるでそれは断罪の刃が如く。正しくそれは人の形をした国家の意思、その代弁者。
”王国騎士団団長セインスシュヴァルツァー“
最早言葉は無かった。あるのは追う者と追われる者の深く埋まらない溝だけが両者の間に横たわっている。
「邪魔」
ティアがセインスの前、ヌアザを庇うように躍り出ると共に極度に圧縮された水がセインスに襲いかかる。反撃を許さない速攻。その水流はセインスを貫いた…
様に見えた。
セインスを貫いたと思われた水流は景色の歪みに捉えられその方向を狂わし地面を引き裂いて終わる。
事実、奴は空間を捻じ曲げている。
話には聞いたことがある。しかし、目の前の現象に理解が追いつかないティアは一瞬、ほんの一瞬だけ捻れて後方へ流れる水撃を目で追っていた。
追ってしまった。
その隙をこの男は逃すものか。
セインスの手を払う様に空を切る、それだけでティアは横にずれ込んで行く。
横の民家に出来た捻れた歪みの中心点。それは引力を発生させるかの様にティアを引きずり込む。
「 あ 」
伸びたゴムが縮むように驚異的なスピードで引き込まれたティアは中心点に辿り着いたその先で歪みが弾ける。空間の戻ろうとする力がティアを砲弾に変えた。
大きな衝突音。それが連続する度にティアの生存を絶望的にさせる。
「セインスゥゥゥウ!!」
咆哮と共にヌアザの足に風が集う。その攻撃にセインスは迷う事なく宝剣を抜いた。
その
ヌアザの纏う風とセインスの
ヌアザの纏った風は錐揉み状に回転し触れる物全てを削ぎ落とす。それは技とさえ呼ばない程にヌアザにとっての基本的な運用方法。
止められることなど百も承知。撃った右足そのままに左の軸足に風が踊る。そのまま回転するように右足を振り抜き…
「
それはセインスを両断する不可視の斬撃…。しかし迎え撃つは現代まで異能を受け継いできた英雄の末裔。その、真空による物体断裂は空間の歪み…固定に囚われた。
止められた事など留意しないヌアザの更に早い振り上げによる風切の踏み込み"より"速くシュバルツァーの斬撃は空間の固定を切り払う。
空間が割れる、指向性を持って前に、ヌアザの風切を伴って。ヌアザの動物的勘が攻撃から防御への転換を間に合わせた。
「くっ…!」
纏う風の渦。重要器官を守るために前に、それですら防ぎきれずに切れる末端。苦悶に声をあげるヌアザを前に聞こえる足を踏み込む音。
見ればそれは後ろのイリウ諸共貫通させる避けきれぬ刺突を放とうと剣を引き絞る奴の姿が…。
最早避けられぬ絶殺の刺突。それを止めたのはヌアザでもイリウでも無い。それは、ある乙女の壮絶な覚悟。
大地は割れる…"水を伴って"…
まるで手足の用に自由を得た水に死角は無く、ソレ其の物が意思を持つかの如く襲い掛かる水の圧線。シュバルツァーは宝剣に魔力を這わせた…当然の権利の様に。
複数現れる鏡の板、その一つ一つに移る凄惨たるこの街の風景。その一つ、自分の足場と吹き上がり迫る水撃の間を彼は"曲げた"。
途端に現実もその現象通りに"曲がった"。
曲がり暴れ晴れる水撃…その先に、干渉するためか地面に手をついたエルフが一人。その四つん這いの姿は手負いの獣の最期の攻撃を敢行するかの様に。そして左手は水が象って…
「捧げたのか!自分を!?」
驚愕を以て迎え撃つシュバルツァーの目には敵との直線上以外から吹き上がる水…見渡す限りの水しか見えない。これ程の水を奴は支配下に置いている!
―――――――エルフの精霊化
この世界の自然に余りにも深く根ざした精霊達。ソレと同一になると言う事はこの世界の自然と同義と言う事。古いエルフはソレを回帰と呼び、若いエルフはソレを自己の喪失と吐き捨てた。
「ガァァァァァァァァァ嗚呼!!」
自己を繋ぎ止めんとしたティアの雄叫びが迫り上がる水を津波に変えた。
孤独なエトランゼ 渚 雄咲 @mamadon
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