第9話 劫火

 ギルドハウス内は鐘の音が鳴ってからと言うもの冒険者が出口へと我先にと雪崩込んでいる。


 そんな冒険者とは対象的に全く動揺する様子の無い騎士団達はひどく冷たい印象を受ける。


 そして向かい合う二人もこの喧騒からは余りにも切り離されている。


 そんなエトランゼが体はユースティティアに向けたまま目線を後ろに…ヌアザに向けられる。


 しかし一瞬イリウを見たように感じられて…


…?」


「ヌアザ、このままガイスト通りを真っ直ぐ進んで結界を超えろ。そしてあんた達の皇女がやってる商会までイリウを送って欲しい」


不安からか、口から言葉が漏れるイリウにエトランゼは反応せずヌアザに向けて口を開いた。


「皇女殿下に…」

「頼む」


 困惑したヌアザ、頭の中に浮かんでは消える疑問にしかしエトランゼの視線に何も言えなくなる。


 そもそもイリウ様を渡せと一方的に言っている騎士団から守れるように此方に来たのだ今更だなと決心が固まるヌアザ。

 そして自分のパーティーメンバーに目配せを送れば仕方ないと言わんばかりの苦笑。


しかし既にその手にはしっかりと自分の得物が握られている。


「分かった…引き受ける」

「すまん」


 そしてその謝罪はイリウにも向けられて言っている様に感じられた。


―――瞬間、エトランゼの手がブレた。


 気づけばイリウの前に庇うように大きな背中が…


「本当は適当にやるつもりだったが気が変わった。」


 優雅な足取りで此方に歩を進めるユースティティア、その目線はイリウに向けられている。


 そして突如としてギルドハウスの横壁がズレる。


 そこで初めてこの場に居る全員がユースティティアが斬撃を飛ばしたのだろう事が分かった。


 反応出来たのはセインスとモナーク、そしてエトランゼだけ…


「まだ、ガキだぞ…」


?私には関係ない」


 その言葉と同時に騎士団の軽歩兵がイリウを守るヌアザに駆ける。


 しかしエトランゼの手が横に振るわれる、たったそれだけで空中に砲が現れ騎士の何人かを吹き飛ばし更にはギルドの横壁を破壊する。


「行け俺が援護する!!!」


「分かった!イリウ様、失礼します!」

「エト!!」


 ヌアザに体を強制的に持ち上げられ連れられるイリウはエトランゼの遠く離れていく背中に声をかけることしか出来ない。


 そしてエトランゼからまろび出る…そしてソレはひどく致命的であった。


 


―――――――――――――――――――――――




「全員!兎に角、全力でオドを強化魔法に回しなさい!余裕のあるものは負傷者に手を!必ず皆でここを生きて抜けるのよ!」


 "はい"と復唱の返事があり即座にシンディの指示を反映させ自分たちができる全力の身体強化を足に流す明らかに武術の心得を体得しているであろう一つの団体。


 多少は人が歩けるようになった通りで未だに避難が遅れている住人と共に結界の外に避難しているのは北区ギルドハウスの職員団体だった。


シンディが先頭にて、一刻も速くこの結界の外に出るために指揮を取っているようであった。


「へぶぅ!!」


 そんな中、さっきまでシンディの隣で苦手な身体強化で必死に付いて来ていたメリィが瓦礫に足を取られたのか盛大に転ける。


「全員、止まるな!このまま直進!」


「「「了解」」」


 "メリィ!"と叫ぶシンディにギルド職員の団体も静止しようとする素振りを見せようとしたため指示を出しながらメリィに駆け寄るシンディ。



 「シンディさん、ごめんなさいぃぃ。私、限界ですぅ。私の事は放って置いて先に行って下さいぃぃ」

「バカっそんな事する訳無いでしょ!ほら立って、しっかり走るの!皆で生きて帰るんでしょ」

「ふぇぇ〜シィンディざぁん、すみばぁぜん!ズビマゼン!」

そんな涙と鼻水でグチャグチャになったメリィに"ほら、謝るのは後"と起き上がらせようとするそれをギルド職員の一団から抜け出て来た男性ギルド職員も"手を貸しますっシンディさん"とメリィを一緒に起こそうとしている。


「ありが…」

「危ない!」


 しかし礼を言おうとして、いきなり男性職員に突き飛ばされる。そして防御結界魔法陣を展開。


 そして、眼の前にて轟音と衝撃波がシンディ達を襲う。


「キャァァァ!!」

「何だ!?一体、何が落ちてきた!?」


 そんな住人の怒号と悲鳴の混乱の中、土煙と揺れが収まった頃。メリィを抱きかかえながら周りを見れば、眼の前の民家に巨大な瓦礫突っ込み、丁度避難していた住人をも巻き込みながら倒壊していた。

 

 その眼の前の光景に自然と戦禍の中心であるギルドハウスのあった方向へ目を向ければ…




     そこはもう火の海であった。





 そんな中で巨大な武器のような影と縦横無尽に飛び回る光点がこの世の物とは呼べぬ戦闘を繰り広げている。


         その光景に…


    火の海に浮かぶ怪物の様な影に… 


   シンディは化け物の唸り声を幻視にした…


「くっ……」 


知らず震える体を押さえつける。


 何時までもこんな所で止まっている訳には行かないと己を奮い立たせ、さっきから自分の腕の中で震えっぱなしのメリィを起こし、無事であった男性職員と共にまた避難を開始する。


 先に見える結界は未だ遠く…そしてそれは既に半分まで帳を降ろそうとしている。


「メリィ舌噛まない様にね」

「ふぇ!?」

 "急がなければ"そう思いメリィを抱え走る。

「メリィ、私の足に常時回復魔術をかけなさい!」

「わかりましたぁぁ!」


 メリィに自分の足に回復魔術をかけさせながら限界以上の速さで駆けるシンディに男性職員もその速度に何とか食らいついている。


 最初からこうすれば良かったわねと反省しながら更に後方の破壊音は激しさを増していく。


"会長、私達も結界の外に避難を!"

"すまねぇな…俺は行けねぇ…"


 その音にシンディは先程のギルドハウスでの出来事が反芻はんすうされる。


 あのギルドハウスにてユースティティアと騎士団、そしてエトランゼの戦闘が開始された時…


 既に騎士団はエトランゼと遠目に離れていくイリウにしか眼中に無く此方には少しも関心を寄せていなかった。

 

だからシンディは会長にここからの避難を勧めたのだ…しかし会長は動かなかった。


「奴が荒れてた頃、ギルドに誘ったのは俺だ…そして俺はエトランゼを息子の様に思っちまってる。だからアイツの助けに少しでもなりてぇ…」


 そう言って会長から渡されるカードの様な物、シンディにはそれがなんであるか理解できてしまった。


「俺のバンクキーだ。そこには俺の全財産が入ってる…半分はシンディちゃんに使い方は任せる。もう半分は孤児院の皆に使ってやってくれねぇか…」


「そんなの自分でやって下さいっ…!こんな遺言めいた事、私にされても迷惑です!あなたが自分でっ……」


 そしてモナークの服を縋るように掴む。


「お願い、私達を…置いて…行かないでっ……」


 その手首には…モナークが運営する孤児院にて仕事に就けた子供を祝福する手作りの腕輪が揺れている。


「久々に…シンディの涙を見れたな。昔は泣き虫だったのに、何時の間にか誰よりもしっかり者になってよぉ」


 そうして昔と全く変わらない大きく暖かい手でシンディの頭を不器用に撫でた。


「シンディだから俺も安心して任せられる

「あっ…」


 優しく絆される手は虚空に漂い、ただ空気が指の間を通っては抜けて行く…


 そしてモナークはもう振り返りはしなかった。


戦鬼と呼ばれた男はただ二つの拳を握り戦火の中心へ真っ直ぐに… 






 「会長……」


「シンディさん、会長なら必ず生きて戻って来ますよぉ」


 そんな回想を思い出し漏れたシンディの言葉にメリィがフニャっと笑いかける様に反応する。


 そんな笑顔に毒気を抜かれて"それもそうね帰って来たら一発ぐらいぶん殴ろうかしら"っと口にしメリィも"そうです、その意気です!"と元気よく返す。


 それからシンディは過去に向いていた気持ちを切り替え結界の外へ避難することに集中させ更に速度を上げた。




 結界が降りるまで、あと8分と少し…

















 

 








 


 




 

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